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 §〈松岡 三千華〉


 

「男爵~。聞いてないよ~」

 私は不貞腐れたように寝転がりながら、電話をかけていた。

 周りには壊れた器具や、ゆがんだ鉄格子が散乱し、足の踏み場もないほど酷いありさまだった。

 こんなの、愚痴らないとやってられない。

 

『聞いてないって、どうしたんだね』

 電話越しの男爵の声はくぐもっていたけれど、どこか楽し気な響きに聞こえた。

「蒲生くんがこんなに強いなんて聞いてないよぉ」

『あぁ、なるほど。それはすまないねぇ、私のリサーチ不足だったよ。確かに彼、随分強そうだ』

「でしょ~。もう基地の中めちゃくちゃで大変……って、そっちに行ってるの?」

『来てるとも。私の張った結界をいとも容易く破壊して、今はモリミツくんを串刺しにしているよ』

「モリミツ串刺しになってるの。ウケる~。写真ちょうだい写真」

「写真はいいが、結界が壊されてしまったからね。面倒なのが来る前に、引き上げる準備をしていてくれたまえ」

「引き上げるって、この基地はどうするのぉ」

「破棄するしかない。もったいないがね」

「ほんと!ラッキィ~、片付けしなくていいんだ」

 私は通路に目を向ける。

「これを片付けるの、いやだなぁって思ってたんだぁ」

 

 そこには、敷き詰められた肉の通路が、どこまでも続いていた。





 ◇◆◇◆





 いつだったか、モリミツと二人で話す機会があった。

 その日はイトが部活、江畑くんは家の用事で、二人ともすぐに教室を後にしていた。

 江畑くんに限っては、ほとんど飛び出すような勢いで教室を出ていくので、僕らはそれを見て笑っていた。

 

「あいつもホント、忙しないやつだよな」

「うん。でも、そこが良いところでもあるんじゃないかな」

「そうか?」

「ああやって、江畑くんが話しかけてくれたから、僕はすぐクラスに馴染めたんだと思うから」

「なんも考えてないだけだと思うけどな」

 そう軽口を言った後、モリミツは思い出したかのように僕に質問する。

 

「なあ、なんであいつの事、いまだに江畑くん呼びなんだ?」

「え」

「俺やイトは、あだ名で呼ぶだろ」

「だって、江畑くんはあだ名がないでしょ」

「名前で呼べばいいだろ。凪ってさ」

「……う~ん」

 僕は少し考えたが、それらしい答えは出てこなかった。

「そう呼んでもいいんだけど……でも、江畑くんは江畑くんって感じなんだよな~」

「なんだそりゃ」

 モリミツは呆れたような顔をした。


「ところでなんだけど」

「ん?」

「モリミツってあだ名、どういう意味なの?」

 僕の質問に、モリミツは唇をへの字曲げた。

「別に、大した意味はねぇよ」

 あまり言いたくないことなのだろうか。

 なら、聞くのはやめておいた方がいいかな。

「そう……」

 僕が名残惜しそうに相槌を打つと、モリミツは困ったように眉を寄せた。

「ホントにくだらねぇぞ」

 短くため息をついた後、モリミツは昔話を始めた。

「小学校の低学年ぐらいの頃だったかな、誰が一番給食を食えるかって勝負したことがあったんだよ。その時、俺はクラスのリーダー的な立ち位置だったからさ、負けられねぇって張り切っててよ。腹がはち切れそうになりながら、飯を大盛で三杯も食っちまったんだ」

「随分食べたね」

「おう。だから、クラスで一番になったはいいけど、そのあと気持ち悪くって授業どころじゃなかったんだよなぁ」

 モリミツはどこか楽し気に、昔のことを話す。 

「そしたら、凪が言ったんだ。大盛三つ食ったから、モリミツって」

「……え、それだけ?」

「な、くだらないだろ」

 

 そう言って優しそうに笑うモリミツの顔を、僕は今でも鮮明に思い出すことができる。


 きっと助けるから。

 少しだけ、我慢しててね。

 

 僕は膨張を続けるモリミツと対峙し、改めてモリミツをじっと注視した。






 Name:餅田 信次郎  Level:38

 

 Species:混成魔人 Distinction:♂ Age:16


 Status: 体力:573→3751   魔力:599→9719

      筋力:823→17000  防御:197→38

      俊敏:440→92   器用:116→28


 Skill: 身体 増殖 崩壊

     感覚 感覚鈍感 痛覚遮断

     魔技 魔力爆発 魔力吸収 魔力分解


     分霊 形而自在猩 

        ┣肉体変質  

        ┣分離

        ┗自律


        空亡蟲 

        ┣虚空烈破  

        ┣土流隔遠破

        ┗空喰ミ

 

        天翼獣グラガントス(Dominant)

        ┣破滅ノ吐息

        ┣No information

        ┣No information

        ┗No information

 


 

 僕のステータスと随分違う。

 スピーシーズが混成魔人になっているのは、魔獣の因子と混じってしまっているからだろう。

 数字が変化しているのは、今の状態を表していそうだ。あれだけ肉体があれば、筋力が一万を超えていてもおかしくはない。

 分霊というのも初めて見る。

 松岡さんの話を元に考えてみると、モリミツに取り込まれた魔獣の因子だと思うが……三種類も混ぜたのか。酷いことをする。


 助けるとは言ったものの、策があると言うわけでは無かった。ても、出来ないとも思っていない。今の僕には錬金術という神秘の力があるのだから。


 僕がモリミツを助ける策を考えている少しの間に、モリミツは暴れ、次々と光剣を砕いて行った。

 全ての剣が砕け散るまで、もう少し考えていようと思っていたが、モリミツは完全に光剣が砕け散る前に、自由になった部分を膨張させて伸ばし、攻撃してきた。

「おっと!」

 細長く伸ばした体を鞭のようにしならせた攻撃をかわすと、地面は破裂したように破壊された。

 躱す時ちらと見えたそれは、関節の多い人の腕のような見た目をしていた。

 さすが筋力17000は伊達じゃない。なんて思っていると、モリミツはそれを大量に作り出し始めた。

「これは……一筋縄じゃ行かなさそうだ」


 大量の腕が生える光景を唖然として見ていると、モリミツはそれを一斉に動かし始めた。

 

 〈見切り〉のスキルを意識しながら飛んでくる腕を正確に最小限の動きで躱す。

 取り合えずは、あれかな。

 虚空を蹴り、多節腕の間を縫うように跳躍しながら、僕は〈錬術師の工房〉から師匠の本を取り出し、それを上空に投げた。

 投げ出された本は、空中で静止すると、ふよふよと浮かび始めた。

「お姉さん、物質同定お願いします」

 僕がそういうと、本がパラパラとめくられる。

【読み上げ機能です。物質同定のシークエンスを始めます】

 ……まだ言ってるよ。

【サンプルを提供してください】

「はいはい」

 僕は空中で剣を抜き、飛んでくる腕の先を切り落とした。

 切り落とされた指先を、躱す動作の邪魔にならないよう、流れるような動きで蹴り上げる。

 指先が本に当たると、そのまますっと本の中へ消えていった。

【解析中……解析完了 クリアエルテリブターム53.88%ラジアートレスレム37.13%カオセラスホルムレピド5.80%パナケラストラクターゼ2.54%etc.すべて魔獣由来の成分です】

「了解」

 全て魔獣由来の成分ということは、モリミツの……人の成分は表面には出てきていないということ。

 つまり、本体は中にいる。

 なら本体が見えるまで——


「そぎ落とす」 


〈青鎧剣術 四之剣 アムソニア〉

 剣身を伸ばし、輝く剣を一閃。


 多節腕の大半が一刀のもとに切り落とされる。

 モリミツは短くなった腕でなおも攻撃を続け、腕は少しずつ再生していく。

 だが、そんなもの待つわけがない。

 

〈蒼月歩法 マーリン〉

 一瞬のうちにモリミツへ接近。剣に力を籠め、剣身を最大まで伸ばすと、俺は思い切りモリミツの体を切り上げた。


 ズアァァァァァ

「ゴアアァアァァァァァアアア」

 モリミツの体の三分の一が切断され、体を離れた。

 モリミツの体は、切り離された体を元に戻そうと切断された部分から触腕が伸びていく。

「させると思うか」

 

〈青鎧剣術 八之剣 ジャカランダ〉

 剣先から光の粒が舞い始め、僕の周りを細かな剣が飛び回る。

 剣を振る動作に合わせて、小さな剣は触腕に向けて放たれる。

 放たれた剣は、僕の意志で大きさを変え、ロングソード大の光剣となり無数の触腕を切り裂き続ける。

「そっちに掛り切りになってはいられないぞ」

 僕はまた剣身を伸ばし、モリミツの巨体を切断する。

「ゴォォォアアアァァァァァアアア」


 切断したモリミツの体を、今度は盾で思い切り叩きつける。

 僕の本気のシールドバッシュは、モリミツの体を吹き飛ばし、土壁を破壊して止まる。

 

 この異様な体の膨張は、増殖のスキルだと思うが、無限に増殖できるとは思えない。

 このまま、再生できなくなるまでそぎ落とし続ける。

 それから——


「お姉さん、魔物の因子を人の体から分離させる薬とか、その本の中に書いてある?」

【照合中……該当なし】

「ダメか……なら、魔物由来の成分だけを破壊する薬は」

【照合中……該当なし】

「これもダメか」

 このまま再生できなくなるまで切り続けたとして、それだけではモリミツの状態が好転するとは思えない。

 再生できなくなったことで、生命活動が脅かされる可能性だってある。

 どうにかして、魔獣の因子を抑え込む方法を探す必要があるんだ。

 どうするか。

 僕の思考が、袋小路から抜け出せないでいると、珍しくお姉さんが話しかけてきた。

 

【魔獣誘引剤の錬成を提案します】

「誘引剤って?」

【魔獣の好む匂いや成分で特定のターゲットをおびき寄せるための薬剤です】

「それを、どうして今?」

【魔獣の因子のみが外へ出ている状況を見るに 因子は被験体と完全に融合してはいないと推察されます】

「……被験体っていうのは、やめてくれる?」

【失礼しました 個体名餅田は魔獣が活動するための触媒になっている状態と言えます この状態であれば 活性中の魔獣の因子を外へと誘導することで 因子自らが餅田から離れていく状況を作り出すことができる可能性があります】

「可能性ってどれぐらい?」

【完璧な錬成物による成功率は 70%以上】

「なるほど……それで、材料は工房の中のもので作れそう?」

【作れなければ 提案はしません】

 

 随分言うじゃないか。お姉さんのくせに。

 ……他に選択肢はなさそうか。

 それなら——

「わかった、それでやってみよう」

 僕はお姉さんを信じてみることにした。

 

「お姉さん、簡易錬金!」

【読み上げ機能です】

 

 さあ、行こうか。

 楽しい楽しい錬金術タイムの始まりだ!


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