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 おれは倒れ込むモリミツを見下ろしていた。

 仰向けで倒れるモリミツは、空をじっと見つめている。

「ざまあねぇ。こんな姿になっても、俺は何も変われやしない」

 暴れて少しすっきりしたのか、穏やかな表情をしていた。

「当たり前だろ。どんな姿になったって、お前は変われねぇよ」

「……なんでだよ」

「だってお前は。いつだって、俺らのモリミツだから」

「はっ、なんだよそれ……笑えねぇよ」

 モリミツは腕で目元を覆った。

「帰ろうぜ」

 俺は、モリミツに手を差し出す。

 モリミツは、何も言わず俺に手を伸ばした。

 

 ようやくこれで、ひと段落かな。

 そう思った矢先だった。

 

「こんな結末になるとは予想外でしたな」

 すぐ近くで、知らない男の声がした。

 声のする方に目をやると、いつの間にかスーツ姿のおっさんが近くに立っていた。

「誰だよてめぇ」

「私ですか?そうですね……モリミツくんのスポンサーと言ったところでしょうか」

「ジェンティーレ、どうしてここに……」

 ジェンティーレと呼ばれたおっさんは、杖を片手に優雅にお辞儀をする。

「ジェンティーレ・V・アルノルフィーニと申します。以後、お見知りおきを」

 

 スポンサーと、こいつは言った。

 ということは、こいつはモリミツに何かを提供していたのだろう。

 何を。

 こんな状況で、そんなの決まってる。

 つまりこいつは、モリミツをこんなにした元凶ってわけだ!


「いやはや、素晴らしいものを見せてもらいました」

 パチパチと、おっさんは手を叩く。

「力を我が物として使えるほどの理性を残し、なおかつ魔獣の力を引き出して操ることさえできるとは。特に増殖を制御できていることが素晴らしい。いまだに、興奮冷めやらぬ気持ちですぞ」

「見てたのかよ」

 モリミツがそういうと、おっさんは口の端を歪める。

「出資をしたものの性能を確認するのは、当然の事でしょう。それにしても、そこのあなたも珍しい力をお使いだ。精霊を使役できる術師はいくらかいるが、自身に力を投影させる(すべ)を持つ者など、久しく見ない」

 

 おっさんは光たちのことを精霊と呼んだ。

 確かに自然の力を宿している実態のない生き物など、妖精や精霊の類だと考えても可笑しくはない。


 光たちのことは、今はいい。それよりも、このおっさんだ。 

 見ているだけなら、わざわざ出張ってくる必要はないはずなのに、なぜ現れた。

 モリミツを回収しに来たのか。それとも……。

 俺が訝し気に見てることに気付いたのか、おっさんは肩をすくめた。

「そんなに睨まないでくれたまえ」 

「要件を言えよ」

「おお怖い。最近の若い者はすぐ結論を急ぎたがる。もう少し会話を楽しもうじゃありませんか」

 俺が何も言わずに睨んでいると、おっさんは肩をすくめた。 

「初めての人型だからね。ミチカくんにはいい素材を提供していたのですよ。形而自在猩の(かいな)、空亡蟲の血、どちらも素材に見合った良い結果を見せてくれた。だが、足りない。足りないのですよ。手に入れるのに一番苦労したものを、私はまだ見せてもらっていない!」

 おっさんは興奮した様子で俺らに近づいてくる。

 

「それ以上近づくな!」

「近づいたら、どうするというのかね」

「ぶっ殺——」

 

 俺が拳に力を籠めた途端、俺の中の光が霧散していった。

「な!」

 急に力が入らなくなり、俺は地面に手を付いた。

「なんで……」

「その精霊たち、随分消耗しているようですねぇ。そんな状態で何かできるとお思いで?」

 そう言われて、光たちの輝きが弱弱しいことに気づく。

 こいつらも、もう限界だったんだ。

 くそ、こんな時に。

 

 おっさんは、俺にずいと顔を近づける。

「そこで黙ってみていなさい」

 瞳の奥に重なり合う星型の多角形が見えた。

 不覚にも、俺はその不気味な輝きに魅入られてしまった。

 体が動かない。

 体どころか、声すら出すことができない。


「さあ、見せてくれたまえ。太古の遺跡から発掘された、神秘なる獣の力を」

 おっさんは、手に持っていた杖に力を宿す。

「棺の中にありて一切の渇きを覚えず、鮮血さえ滴る汚れなき臓腑」

 黒々とした力を宿す杖を、おっさんは躊躇うことなくモリミツの腹に——

分かたれし翼獣(ドゥ・ウェルワーゼス)よ」

 ——突き刺した。

 

 やめろぉぉぉ!!

 

 ズン!


 モリミツの体が大きく跳ね、脈打った。

「あ……あ、あああぁぁぁぁぁああああああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!!!」


 激しい叫び声と共に、モリミツの体は急激な増殖を始めた。

 肉体が内側からめくれ上がるように新たな肉体が押し出されていく。

 それは、何かの姿を象ろうとするように形を変えていく。

 しかし、肉体の増殖速度に間に合っていないのか、増殖し続ける肉体に押され、いびつな形のままさらに巨大化していく。


「駄目だな。これでは、失敗作と同じではないか」

 おっさんは、ため息交じりにそう言う。

 お前がやったくせに、勝手に失敗作呼ばわりしやがって!

 叫びたいのに声が出せない。

「そら、もっと理性を働かせたまえ」

 おっさんは杖に込めた力でモリミツを悪戯に切り裂き始める。

「グヲオオオオォォォォ」

 歪に変形しているモリミツは、獣のような声で叫び声をあげる。

 やめろ!こんなことしとしやがって!ただじゃ置かねぇぞ!

 くっそ!

 動けさえすれば、八つ裂きにしてやるのに!

 

「駄目か。だが……ふむ。そうだな、ここらで少し刺激が欲しいところ」

 おっさんは俺を見やる。

 何、考えてやがる。

 

「無限に増殖できると言っても、エネルギーは外部から取り入れなくては行けないのですよ。必要なエネルギーはやはり魔力だが、魔獣は獲物を捕食することでも、体内で魔力を作り出すことができるのですよ」

 何が言いたい。

「これだけの増殖スピードだ。そろそろ魔力が不足してきてもおかしくはない。……おや、ここに新鮮な肉の塊がありますねぇ」

 こいつ!俺をモリミツに食わせる気か!

「食事を終え、不意に理性を取り戻した彼が、君を殺してしまったと知った時、どう思うだろう。肉体はどう変質して行くだろう。……実に見ものじゃありませんか」

 てめぇ!

「さあ、抗ってみたまえ。第二ラウンドの始まりだ」

 おっさんは、スッと消えるように俺の前から姿を消した。

 とたん、俺の体が動くようになった。

「クソ野郎ォ!」

 

「ゴオォォォォォォ!!」

 それまで増殖を繰り返していただけのモリミツが動き出した。

 目……のような器官は肉に埋もれて見えないが、確実に、俺をターゲットにしているのが分かる。

 足のような形を作り、俺を追いかけ始めた。


「チクショォォ!」

 俺はモリミツを背に、走った。

 体が重い。

 光たちは、俺に力を貸す余力は残っていないようで、消えかけの体で俺の周りを飛んでいた。

 疲労の蓄積した、ただの足で走るしかなかった。

 

 逃げ出してすぐ、俺は最悪の現状にいることに気づかされた。

 俺の作った土のドームがあたりをくまなく覆っているんだ。

 無駄に高くしてしまったから、今の俺の力じゃとても登り切れない。


 ドン、ドン、とモリミツが動くたびに地面が揺れる。

 そのたびに転びそうになりながら、それでも俺は走った。

 

 壁際まで逃げると、俺は壁に手を触れた。

 わずかな取っ掛かりしかない壁は、今の俺には到底登り切れるとは思えなかった。

 振り返ると、モリミツの巨体が目に映る。

 モリミツの体は大きく、どこへ逃げても、すぐに追いつかれてしまうだろ。

 

 そんな現状を突きつけられ、俺はもう、立っていることさえできず、座り込んでしまった。


 さっきまで、丸く収まりかけてたじゃねぇか。

 なんでこんなことになってんだよ。

 こんな、こんな終わり方って、ないだろ。


 諦めに満ちた顔で、俺はモリミツが近づいてくるのを見つめていた。

 

 もしも……神様ってやつがいるならよぉ。

 

「どうか、あいつを助けてやってくれよ」

 頼むよ。

 

 


 



 

 空から何かが落ちてくるのが見えた。

 

「……なんだ」

 それは光で出来た巨大な剣だった。

 一本だけじゃない。幾本も、空から桜色に光る剣が降り注ぎ、モリミツに突き刺さっていった。

 まるで地面に縫い付けるように、モリミツは身動きを封じられていく。

 

 剣に次いで、俺の目の前に、空から誰かが降りてきた。

 騎士甲冑をつけた、桜色の髪の少女。

 背中には剣と盾を背負い、白磁のような輝きを見せる鎧には傷一つない。

 腰には無骨な鎧の代わりに柔らかなスカートを身に着け、髪には綺麗な花の髪飾りをつけていた。

 鎧姿であるはずなのに、どこか嫋やかで優しい印象を抱かせる。




「間に合ってよかった」

 

 少女は俺に背を向け、真っ直ぐにモリミツを見据えていた。

 後ろ姿しか見えなかった。

 だけど、聞き覚えのある声。

 見知った背中。

 俺は、この少女が誰なのか、知っている。


「蒲生……なのか」


 振り返った蒲生は、優しげな笑みを浮かべていた。



「グオォォォォォ!」

 激しく暴れるモリミツが、光の剣を一本砕き折った。


 砕けた欠片は風に乗って、俺らの方へと流れてくる。

 それはまるで桜吹雪のようで、俺はその姿に、声に、笑顔に、場違いにも見惚れてしまっていた。

 

「危ないことしてないって、言ってたのに」

「っ!し、しょうがないだろう。だって、こんな……状況なんだから……」

 キョドる俺に、蒲生は歩み寄ってくる。

「顔中傷だらけ。見せて」

 蒲生は俺の顔に、手を伸ばした。

 

 蒲生の顔が目の前にある。

 白くやわらかそうな肌。輝くような桜色の髪。俺を見つめる小さな瞳。

 蒲生の顔から、俺は目が離せなかった。

 

 俺が蒲生に見とれていると、顔の痛みが消えていくことに気が付いた。

 傷に手をやると、痛みどころか傷自体が消えていた。

「これは……どうなって」

 いつの間にか、蒲生は手に塗り薬のようなものを持っていた。

「これ?」

 蒲生は俺の視線に気づくと、悪戯めかして笑った。

「試作品」


 試作品?そういえば、この前なんか聞いたような……。

 

「ちょっと、何がどうなってるのよ~!」

 また、空から見知った声がした。

 見上げると、光る剣にペタンと座り込む幸がいた。

「あぁ!?幸!なんでこんなところに!」

「それはこっちのセリフよ!何なのよこの状況!松岡が襲ってきたかと思ったら、蒲生くんは女の子になっちゃうし、こっちに来たら今度は凪たちまで襲われてて!もうわけわかんな~い!!」

「ごめんね。後でちゃんと説明するから」

 蒲生は幸をなだめるように苦笑いを浮かべる。


 光の剣が下まで降りてくると、幸の横に、イトが寝かされていることを知った。

「イト!無事なのか」

「大丈夫。江畑くんに使った薬を、イトにも使ってるから」

「伊藤に使ったのは、飲み薬みたいなやつだったけどね」

 幸の手には試験管のような瓶が握られていた。

 

「そうか、よかった」

 安心したら、急に眼に涙が浮かんできた。

 なんだかわからないけど、こいつらの声を聴いてると、すげえほっとしてくる。

 ずっと張りつめてたから。ずっと必死だったから。

 こいつらの言葉が、今はすげぇ染みてくる。

 

「あんた、泣いてるの」

「ぐずっ、うるせぇよ」

 こんな軽口も、今はすげぇありがたい。

 

「ちょっと待ってて。まず、あの巨体を何とかしてくるから」

 蒲生は剣を鞘から抜き、モリミツに向ける。

 やばい。モリミツが殺されちまう。

「ま、待ってくれ!あいつは殺さないでくれ!あの巨大なのは——」

「大丈夫。ちゃんと見えてるから」

 蒲生は振り返り、まっすぐ俺を見つめる。

「ちゃんと助けるから」

 

 あぁ、そうか。

 こいつに任せておけば、もう大丈夫なんだな。


「頼む。あいつを……モリミツを、助けてやってくれ」

 蒲生は俺に背を向けると、励ますような大きな声で、

「任せろ!」

 と言ってくれた。

 

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