2-35
「お前をぶん殴って、正気に戻してやる!」
俺は拳を握りしめ、そう叫んだ。
正直、ぶん殴った所で何かが解決するとは思えなかった。
現状は何もわからないことだらけだし、これだけ騒ぎになっている状況を拳一つで解決できるわけがない。そんなことはわかってる。それに、あいつは……人を殺してしまった。
ただ、こんな俺でも性根の曲がったあいつの根性を叩き直してやることぐらいは、できるんじゃねえかと思ってる。
今のあいつはナイフを手に入れた子供と何も変わらない。
大きな力に浮かれて、して良いことと悪いことの区別がついてないんだ。
俺が、止めなくちゃいけない。
俺の宣言をどうとらえたのか、モリミツは不敵に笑った。
「やってみろよ」
モリミツは巨大な腕を持ち上げる。
振りかぶる左腕はその様相を変え、鋭利な突起が無数に生え出した。
「できるもんならなぁ!」
叫びながら叩きつける左腕は、虹色の壁を一撃で粉砕した。
「マジかよ!」
俺は壁を砕いた腕を回避するように、イトを抱いて一度後方へ飛んだ。
「イトを頼む」
くすくす
飛び回っている光たちにイトを頼むと、光たちはイトの周りに光の壁を作り出した。
「ありがとう」
それを確認すると、俺は全力でモリミツへ駆け出した。
速い。
一足ごとに、景色が目まぐるしく変わっていく。
まるで自身が放たれた矢になったかのようだ。
後方へ飛んだ時も思ったが、自分の体じゃないと思うぐらい体が軽い。
ビュオォォォ
こんな速度で走っているのに、追い風が吹いてる。
ちらと足を見ると、足全体が緑色に光っていた。
色が違う?
……いや、今はどうでもいい。とりあえず、ぶん殴る!
俺はモリミツの顔めがけて全力の拳をお見舞いする。
だが俺の接近をあいつが黙ってみている訳はなかった。
俺の拳が当たる直前、モリミツは異様な模様の入りだした右腕を地面に叩きつけた。
すると、地面がものすごい勢いで隆起しはじめ、めくれ上がったアスファルトと共に爆ぜ、俺へと迫る。
「なめんな!」
俺は下から迫る地面もろとも、全力で殴りつけた。
虹色の拳を振りぬくと、何かを割るような感覚の後、強い衝撃波が発生した。
俺に向かって隆起していた地面は一瞬にして陥没し、飛んでいた小石やアスファルト片はすべて粉々に砕け周囲に飛び散った。
砂埃が舞い、視界が一気に悪くなる。
モリミツは――
「よそ見すんなよ!」
「そっち――ぐふ!」
横っ腹に強い衝撃が走り、俺の体は砂煙の外へと一気に吹き飛ばされた。
地面を転がりながら、何とか受け身を取り体制を立て直す。
体の芯に響くような重い一撃だったはずなのに、あまり痛みはなかった。
横腹を見ると、そこだけ茶色に光っていた。
ククク
まただ。色が違う。
これは……色によって役割が違うのか。
なら、ほかの色は――
「悠長に立ちやがって、随分余裕じゃないか」
モリミツは砂煙の中からゆっくりと姿を現す。
左肩が大きく削られたように抉れ、血が噴き出ていた。
だが、その表情からは有り余る余裕がうかがえた。
「俺の体には、三つの魔獣の血が流れてるんだとさ」
「魔獣って、なんだよ」
「しらねぇ。けど、俺をこんなにした三千華が言うには、俺の体は無限に増殖できるんだとよ。だから、どれだけ削られようと――」
モリミツが話している間に、左肩の傷は見る間に盛り上がり形を成していく。
「――すぐ直っちまう」
左肩は治った後も異様に膨らみ続け、体を浸食していく。それは瞬く間に顔の左側にまで及び、角のようなものが生え始めた。
「お前に勝ち目はねぇよ」
髪をかき上げる右腕には、脈打つように模様が浮き上がっていく。
余裕に満ちた表情で口角を上げるモリミツ。
俺は、その姿が不憫で仕方がなかった。
「……またその目かよ、むかつくぜ」
「モリミツ……」
「イラつく……お前のその目も、その呼び名もだ!」
モリミツは衒いのある表情から一転、激しい怒りを露わにし出しだす。
「呼び名……」
「嫌いだったんだよ。そのモリミツってやつ。小さなころに付けたあだ名を、ずっとバカみたいに使い続けやがってよぉ。イラつく、イラつくイラつくイラつく!」
「落ち着けよ!モリミツ!」
「だから、そのくそみてぇな呼び方をやめろっつってんだよぉ!!」
モリミツは、また右手を地面に叩きつけた。
「それはさっき見た!」
俺は地面が変化しだす前に横に飛んだ。
俺の居た地面がはじけ飛ぶ。
あれはきっと、地面を通して遠距離に爆発する力を飛ばせるのだろう。
ただ、爆発するまで少しタイムラグがある。
今の俺には、そのラグは致命的だ。――と俺は思っていた。
「まだだ!」
「な、連続で!?」
俺の着地地点に逃げ場をなくすように、周囲一帯まとめて隆起しだす。
「緑色!」
咄嗟にそう叫ぶと、俺に宿る光たちは一斉に体を駆け巡り、足に緑色の光が集まる。
俺は爆発と同時に空へと飛びあがった。
地面から吹き上がるかのように強い風が吹き、俺だけを上空へと押し上げる。
ふふふ
緑色の力は風の力だと、光たちは教えてくれた。
あいつが会話をしながら、傷を治す時間を確保していた間、俺も光たちと対話をしていた。
光たちは、それそれの色によって使える力が違うのだという。
緑は風、茶色は土と、光たちは自然の力をその身に宿しているようだった。
空中に飛び上がったが、空を飛べるわけではないらしい。
徐々に落下していく俺を、モリミツは下で待ち構えている。
「水!できるだけ一杯!」
俺は体に溶け込まず、周囲を飛び回っている青い光に指示を出す。
あはは
みみみ~
青い光は笑いながら、瞬く間に直径五メートルほどの水球を作り出す。
「あいつにぶつけてくれ!」
みみみ
みみみ~
水球は自由落下ではとても出せないスピードで加速し始める。
モリミツは左腕を巨大化させ、水球から身を守った。
ズドン
およそ水が当たったとは思えない音が鳴った。
モリミツの腕はまるで砲撃でも当たったかのように大きくへこみ、全身が水浸しになった。
「すげぇ威力……次、雷」
風で落下スピードを速めていた俺は、水球の当たる直後にすでにモリミツの巨腕の数メートル上に迫っていた。
腕に雷を纏い、ガードしている腕の上から思い切り殴りつける。
「がぁっ!」
水が導体となり、モリミツの体に目に見えるほどの電流が流れた。モリミツは全身を電気で焼かれ、焦げた臭いがあたりに充満する。
着地と共に地面をけり、モリミツに接近する。
「はぁ食いしばれや!」
顔面を思いっきり殴りつける。
だが、直前で左肩が異様に膨らんでいることに気づいた。
服の内側からとげ状の突起が飛び出してきて、俺はとっさに拳を引き、横に転がるように回避した。
「やってくれたな!」
「気に入ったなら、何度でもやってやるよ」
力の使い方に慣れてきたからか、少しずつ形成がこちらに傾いてきている。
俺は赤い光たちに指示を出し、モリミツの周囲を炎の壁で覆った。
「あああぁぁぁあぁぁぁ!!ふざけんじゃねぇぞ!!」
全身を焼かれる痛みにのたうち回り、逃れるように何度も炎の壁に体当たりをする。
炎の壁には実体がなく、モリミツはすぐに外へ出てしまう。だが、その炎は移動させることができた。
モリミツが常に炎の中心にいるように俺は炎を操作する。
「何度でも再生するなら、観念するまでそこに居やがれ」
「あぁぁぁぁあああああぁぁあ!!」
モリミツの体は、治ったそばから焼けただれ、焦げ、炭化していく。
痛みに正気を失ったのか、そこからモリミツはただがむしゃらに左腕を変形させてめちゃくちゃに暴れ始めた。
周囲にいる野次馬など気にもしていない。
「やめろ!周りの人を巻き込むな!」
「うぜぇことばっか言ってんじゃねえよォォ!何が危険かもわかってねぇような馬鹿どもが死んだって自業自得だろうが!」
「お前はそんな奴じゃなかっただろ!」
俺はモリミツが周りの人に危害を加えないよう土壁を作りだす。
「ふざけんな!俺は元々こんなんだったんだよ!」
「お前はそんな姿にされて、混乱してんだ。お前のその思想も、お前をそんなにした奴らに植え付けられただけだろ」
「違う!俺は俺だ。どんな姿になったって変わらない!何も知らないくせに!勝手に俺を決めるなよ!!!」
「そんなの知るか!」
俺は炎の外から、土を固めた矢を放つ。
だが、分厚い筋肉に阻まれ、有効打を与えられない。
「俺はずっと正気なんだよ!ずっとめちゃくちゃにしてやりたかった。こんな世界壊れちまえばいいって本気で思ってたんだ!」
モリミツは地面に左腕を突き刺すと、腕をものすごい速さで増殖させた。
左腕はモリミツを宙に押し上げていく。
左腕は地面に根を生やし、まるで巨大な樹木のような形へと変貌していった。
モリミツは、左腕を樹木状の物体から切り離す。
「なんでだよ。おれはこんなに強くなったのに……どうしてこんなにも惨めなんだ」
「守りたかったんだろ。お前が強くなりたかったのは、翔太を守るためだっただろ。だからその力を惨めだと思っちまうんだ」
「違う。おれは、俺を守りたかっただけだ!」
モリミツは、左腕に右腕の力を籠めだした。
左腕が見る間に膨らんでいく。
「違うだろ!お前はいつだって、周りを気遣っていたじゃないか!お前は誰より優しいやつだよ!」
俺の右腕に光たちが集まる。
色は重なり合い、混じり合わずに虹色に輝きだす。
「知った風な口をきくな!!俺はこの力で、変わるんだ!変わるんだよ!!」
「お前は変われねぇよ!」
「お前を殺して、俺は変わるんだ!」
「モリミツ!!」
「その名で俺を呼ぶんじゃねぇぇぇぇ!!!」
モリミツの左腕の力が放たれると同時に、俺の右手からも、虹色の光が放たれた。
その力はぶつかり合い、互いに拮抗しあう。
「おおぉぉぉぉぉぉ!!!」
俺の思いに呼応して、光たちも答えてくれているように力が増しているように感じる。
光たち、もう少しだけ俺に力を貸してくれ。
こいつを止めてやらなきゃいけないんだ。
友達が間違った道に進んでいるなら、引っ張ってでも元の道に連れ戻してやらなくちゃいけない。そのためにも、俺は負けるわけにはいかないんだ。
だから、俺に力を!!
「モリミツゥゥゥゥゥ!!」
「ナギィィィィィィィ!!」
ぶつかり合う中心で、強いひずみが生まれ、大きな爆発が巻き起こった。
激しい爆風と熱気が吹き付け、強い光があたりを包み込んだ。
光が収まった時、俺は倒れ込むモリミツのそばに立っていた。




