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 §〈凪〉



 国道に着いた時、そこにはすでに人だかりができていた。

 人垣に遮られて、中の様子をうかがうことはできない。だが、きっとここだという確信があった。

「すいません。通してください!」

 俺は息を切らしながら、人波をかき分け、中心部へと向かった。

 

「危ないですから離れてください!」

 中心部に近づくと、警官が両手を広げて野次馬を現場から遠ざけようとしていた。

 その奥には広い空間ができており、数人の警官が拳銃を構えている姿が見えた。

「動くな!」

 中腰の姿勢で警官が銃を向ける。その方向には、フードを目深に被った男が腕をだらりと下げたまま立っていた。

 俯き気味でわかりづらいが、うっすらとモリミツの顔が見える。

 そして、その足元には、倒れ込むイトの姿があった。

「イト!」

 俺は体をぶつけるように無理やり前に出ていく。

 最前列近くまで進むと、モリミツの声が聞こえ始めた。

「どうしてだよ……」

「武器を捨てて腹ばいになれ!早くしろ!」 

 警官は焦っているのか、早口で怒鳴りつけるように命令している。

 モリミツはそれを気にも留めず、ゆっくりと警官の方へと歩いていく。

「どうして、放っておいてくれないんだ」

「止まれ!止まらんと撃つぞ!」

 警官と十メートルほど離れたところで、モリミツは止まった。と思うと、肥大化した左腕を持ち上げ、構えた。

「俺に……関わるなぁぁぁ!」


「う、撃てぇぇぇ!!」

 警官が銃を放つ。

 モリミツは放たれた銃弾を目にもとまらぬ速さでよけ、駆け抜ける。

 瞬く間に警官の目の前まで来ると、構えていた左腕を横に振りぬいた。

 肥大化した左腕は、振りぬきざま、さらに巨大化し、警官数人をいっぺんになぎ倒した。


「きゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 周りで見ていた野次馬たちは、警官が吹き飛ばされたことで一斉に逃げ始める。

 俺はその気に走り出し、イトへと駆け寄った。

「イト!大丈夫か!」

 呼びかけに対して、返事はなかった。

 イトはぐったりと体の力が抜けていたが、鼻先に手を当てると、呼吸はしているようだった。

「よかった」

 だが、倒れた原因が分からない。どこか怪我をしているなら、無理に動かせば状態を悪化させかねない。

 こんな状況だ、放っておいても救急車は来るだろう。

 なら今は――

 

 バチィ!

 

 そこまで考えたところで、強烈な破裂音が辺りに響き渡った。

 何事かと顔を上げると、俺は光る球体の中にいて、モリミツが目の前に立っていた。

「なんだ……これ」

 光る球体は、半径二メートルほどの大きさがあり、俺を中心に――いや、強く発光している白い石を中心に展開されていた。

 モリミツの腕はしびれたように痙攣しているようだった。

「モリミツ」

 俺を、攻撃しようとしたのか。 

 

「凪」

 モリミツは俺を見つめていた。その瞳には、廃屋であった時とは違う、理性の光が宿っているように見えた。

 まだ、俺の言葉は届くだろうか。

 

「もうこんなこと止めろ!こんな事して、何の意味があるんだよ!」

 俺の問いに、モリミツは一瞬苦々しい顔をしたが、それからすぐ、作ったような笑みを浮かべた。


「凪……俺、気づいちまったんだ。どうしてこんなにも、世界は俺を否定するのかって」

「何を……」

「昔あった事件は、俺の楽しかった幼少期を暗い色で染め上げた。そこからようやく立ち直って、周りと同じように学校に通いだせたかと思っても、あの事件は俺の心の奥に巣くって離れなかった。そのせいで新しくできた友達もなくし、お前らとも疎遠になり、生活もままならない。それから解放されたくて、変わりたくて、差し伸べられた手を取った。……必死にもがいたよ。薬にも頼った。毎日毎日苦しんで、足掻いて、俺、頑張った!頑張ったんだよ!……そうして、がむしゃらに前に進んでいる気になっている内……気づけば、こんなんになっちまった」

 変質した左腕から浸食してくるように、首筋から顔にかけて、皮膚の内側から異質に膨れ上がる。

「今も昔も、俺は不幸なままだ」

「そんなことねぇ!」

「だっておかしいじゃないか!俺がこんなにも辛くて、苦しくて、嘆き呻いて転げまわっているのに、外の世界は素知らぬ顔で回ってる。俺のことなんて見向きもしない!」

「違う!みんなお前を心配してんだ。だれもお前を否定したりなんてしてない!」

「今だって!あいつらは俺に銃を向けてるじゃないか!」

 倒れ込む警官を介抱しながらも、残っていた警官は震えながらモリミツに銃を向けていた。

「ちが……」

 俺が言葉に詰まると、あいつは笑ってかぶりを振る。

「分かったんだ。俺が可笑しかったんじゃない――世界が間違ってるんだって」

 

 ドンッ

 モリミツは腕で地面を叩きつけた。

「間違ってるなら、壊しちまえばいいんだ」

 振り上げた拳を、モリミツは地面に叩きつける。

「壊して、壊して壊して壊してこわしてこわしてこわして」

 ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドゴォ!ドゴォォ!

 叩きつけるたび、地面が大きく揺れる。

 地面に敷かれたアスファルトは粉々になり、敷き詰められた小石や砂が巻き上がり飛び散る。

 

「壊してこわしてこわしてこわして、そして――新しく作り直すんだ」

 

 ゆらりと、モリミツは立ち上がった。かと思うと、一瞬にしてその場から消えた。

 どこに行った。と、あたりを見渡す間もなく、モリミツは俺の前に姿を見せる。

 モリミツは左腕を前に突き出すと、手に持っていたモノを幾つも目の前に転がした。

 それはさっきまで銃を向けていた、警官の生首だった。


「だから、世界と一緒に壊れてくれよ。ナギ!!」

「やめろぉぉ!」


 バチィィィ!

 激しい音を立てて、モリミツの拳と光の球体は衝突した。

「こわれろこわれろこわれろこわれろ」

 何度も何度も、モリミツは球体を殴りつけ続ける。

 バチィ!バチィィ!

 殴りつける腕は、砕け、内側から骨が突き出てくるが、その度ぼこぼこと内側から盛り上がるように新たな肉体が形成されていく。

「やめろ!こんなことしたって、お前は救われねよ!こんなことに、意味なんかねぇんだ!」

 俺は必至で、モリミツに叫び続けた。

 だが、モリミツは俺の言葉に見向きもしない。

「こわれろこわれろこわれろこわれろ」

 壊れたように同じ言葉を繰り返し、殴りつけることも止めない。

 俺の声は届かない。

 

 バチィィ! ピシッ

 殴りつける音に、ガラスの割れるような音が混ざり始めた。

 見ると、球体にひびが入り始めていた。

 そして球体と繋がっているかのように、白い石にもひびが入り始める。

 このままじゃ、いずれ壊れちまう。

「もうやめろ!」

 どうすればいい。

 俺はあいつに、何を言ってやれる。

 

 ピシッ!

「お前はこんなことがしたかったのかよ!」

 違う。

 こんな言葉じゃない。

「翔太を助けられるぐらい、強くなるんじゃなかったのかよ!」

 違う!

 こんなんじゃだめだ!

 本当にないのか。

 あいつに伝わる言葉が。

 俺の心からの言葉が。


「……こんな結末しかないのかよ」

 ビキッ

「お前にとって俺らは、壊れたほうがいいものなのかよ……新しくしないといけないものなのかよ」

 パリッ

「お前がつらいのは、ずっと知ってた。ずっとお前が無理して笑ってたのも、俺らに気を使わせないようにってことだったんだろ。けどな、お前が笑うたびに、俺らも苦しかったんだ!」

 ピシッ!

「お前のために、イトは寝る間も惜しんで事件を追ってた。口には出さねぇけどよ。イトはずっと、お前に、昔みたいに笑ってほしがってた」

 ピシピシッ!

「お前のことを大事に思うやつらは、ちゃんと居るんだ!壊さなくたって、お前の居場所はちゃんとあるんだ!俺だって!」

 ピシピシピシッバリッ!

 

「黙ってねぇで何とか言えよ!!もりみつーーーーーー!!!!」

 

 

パリィィィン

 

 

 球体と一緒に、白い小石も砕け散った。


 

 球体が割れる瞬間、俺は目を閉じた。

 それは激しい後悔と、失望、そして恐怖。それらがない交ぜになって訳が分からなくなったからだった。


 あの巨大な拳に叩き潰されて、俺は死ぬんだ。 

 ……でも、あいつに殺されるのなら、それでいいのかもしれない。それであいつが救われるなら。

 死の瞬間に考えることが、殺しに来た奴への許しだなんて笑っちまう。

 あ~あ、くだらない人生だったな。

 俺は最後に、そんなことを考えた。








 










         ふふふ


 











 

 


 ……

 だが、来るはずの衝撃は、来なかった。

 なぜだ。

 何があった。

 

 閉じていた目を開けると――――目の前には、色とりどりの光が瞬いていた。

「これ、は……」

 一瞬、死後の国にでも来たのかと錯覚するほど、きれいな光だった。

 赤、青、緑、紫、橙……七色に輝く光の粒が幾つも飛び回り、俺らの周囲を明るく照らしていた。


   くすくす

           あはは

      ふふふ


 笑っているような声が聞こえる。

 光は、まるで明りに誘われる虫のように俺の周りを飛び回っている。

 お祭りでもしているかのように、陽気に、楽し気に。

 そして、光たちはモリミツとの間に、不思議な模様の入った壁を作り出していた。


「なんだよこれは……壊せないじゃないか!」


 モリミツが拳を振るう。

 しかし、七色に光る壁は鈍い音を立てるばかりで、びくともしない。


        ふふ

   シシシ

 光には実態がないように見える。透明で、形もない、ただの光。

 だが俺は、それらにハッキリとした意志を感じた。

「お前らが……助けてくれたのか」

 なぜだか、この光たちの心が分かる気がした。


  ははは

 光の一部は、俺の体に集まり、溶けて消えていく。

 すると、光の消えた部分から体が淡い光を発し始め、そこからとてつもない力が湧いてくる。

「これは……」

         くすくす

「力を、貸してくれるんだな」

へへへ

     うんうん

 光たちは、答えるように耳元で笑う。


 そうか、なら、少しだけ手伝ってくれ。

 俺はそう心で念じ、ゆっくりと立ち上がった。

 

「このまえから、訳の分からねぇことばかりでよぉ。訳分かんねぇまま振り回されてばかりだった。けどよ……ふ、少し単純になってきやがったぜ」

 七色に光る拳を強く握りしめる。

 

「とりあえずお前をぶん殴って!正気に戻してやる!」


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