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 §〈凪〉


 息苦しさに目を覚ますと、外はもう明るかった。

「うっ」

 一瞬どこにいるのかわからなかったが、目の前に横たわる無残な亡骸が目に入り、昨日会ったことがフラッシュバックする。

「そうだモリッ!……つぅ」

 体を起こそうとすると、首が寝違えたようにひどく傷んだ。

 昨日、あいつに掴まれた時の……。

「……どうして、あんなんなっちまったんだ」

 

 モリミツを見つけて、後のことはそれから考えればいいと思っていた。

 だが、あんな状態のモリミツを見てしまって、訳も分からず襲われて……俺は、どうすればいいのかわからなくなった。

 

 あいつなら、何か知ってんのかな。

 首に下げた白い石を指先で遊ばせる。

「こんなん……どうすりゃいいんだよ」

 俺は埃の溜まった床の上で、少しの間途方に暮れていた。

 

 ふと、時間を確認しようとスマホをポケットから取り出すと、イトから連絡が来ていたことに気づいた。

 

 


  駄目だ。学校近くにはどこにもいない。 23:28


  そっちは。 23:29

 

  一度合流しよう。 23:50


  どこにいる? 23:50


  不在着信 23:52


  不在着信 23:55

 

  一度家に戻る 1:41


  見つけた!商店街近くの国道! 11:51



 最後の通知が来たのは、七分前だった。

 

「見つけた、って……うそだろ!!」

 

 今のあいつは正気じゃないんだ。

 イトにだって何をするかわからない。

 

 俺は脇目も振らずイトに電話を掛けた。

 だが、繋がらない。

 電話が留守電に変わったタイミングで即切りし、間髪入れずもう一度電話を掛ける。

「出てくれ……早く出てくれ……出ろよ」

 しかし、今度も留守電に変わる。

「クソッ!」

 スマホを叩きつけたくなる衝動をぐっと抑え、俺は素早くメッセージを打ち込んだ。


   俺が行くまで待ってろ!


 メッセージを送ると俺はすぐ、廃屋から飛び出した。

 商店街なら、ここから走れば十分で着ける。

 いや、五分でぶっちぎってやる!

 

「無事でいろよぉ!」





◇◆◇◆




 

 松岡さんに続いて地下に降りると、そこは狭い部屋だった。

 床は平らだが、丸く削り取られたような壁に天井は三メートルもないかもしれない。

 そんな場所で何をしようというのだろうか。

 

 考えていると、後ろから桐生さんが降りてきた。

 ひどく怖がっている様子で、さっきから一言も口を開いていない。

「桐生さんはもう帰ったほうがいいよ」

 僕の提案に彼女は首を横に振る。

「行く」

「これ以上は危険だよ」

「それは蒲生くんも同じでしょ」

「僕のおじいちゃんが関わってるかもしれない。他人事じゃないんだ。それに僕は自衛できるだけの強さがある」

「なにそれ、空手でもやってたっけ?」

 桐生さんは怖さを隠すようにワザと揶揄うようなことを言う。

 僕が険しい表情のままでいると、彼女は少し俯いた。

「……なら、それで私を守ってよ」

「どうしてそこまで……」

「友達がこんな不気味なことに巻き込まれていると知って、心配しない人なんていない。……それに」

 震える指で僕の袖をつかむ。

「帰ったって、きっと安全じゃない」


 ボッ

 カンテラに明かりが灯る。

「見られちゃったからねぇ」

 揺らめくカンテラの火が、松岡さんの顔を不気味に照らし出す。

 

 口封じ、か。

「……わかった。でも、僕から絶対離れないで」

「うん」

 桐生さんは弱弱しく頷いた。


 カンテラの明かりが壁を照らすと、そこには魔法陣が描かれていた。

 模様は複雑で、一度見ただけでは何の効果が描かれているのか見当もつかない。

 でも、その魔法陣にはどこか見覚えがあった。

「これ、迷宮の」

「ふぅん。そこは知ってるんだ」

 探るような目つきで僕を見つめながら、松岡さんは壁に手を置いた。

 すると、そこから光が現れ、魔法陣全体に広がっていった。

 まばゆい光に、思わず目を背ける。

 

「でも残念。同じものではないのよ」

 光が収まった時、そこには長いトンネルができていた。

 

「迷宮の魔法陣を模したものだっていうのはいい線行ってる。けどあれは難しすぎて模倣できないんだって、男爵が言ってた」

「男爵って」

「この支部の責任者、かなぁ。蒲生くんを呼んでくるように言ったのも男爵なんだぁ」

 言いながら、彼女は先へと歩き出す。

「これは迷宮のみたいに空間を飛び越えたりはできないけど、空間を圧縮できるのよ。だからすぐに支部に着いちゃうよぉ」

 直ぐにと言う割には、この洞窟の先は長そうだ。圧縮率はあまりよくないのかもしれない。

 僕は支部なる場所に着く前に、幾つか質問することにした。

 

「おじいちゃんが始めたって、どういうこと」

「う~ん、そこは詳しくないんだぁ。蒲生くんのことを連れてくるよう言われた時に、ちらっと聞いただけだからねぇ」

「……なんだ」

 何か話が聞けると思っていた分、肩透かしを食らってしまった。

 でもその男爵なる人物が何か知っているという情報は大きいか。

 連れてくるよう言われたということは、後で会えるだろう。

 それまでに聞ける情報を聞き出さないと。


「支部だとか組織だとか言ってるけど、一体何の組織なのよ」

 ここにきて、桐生さんが口を開いた。

 松岡さんは、僕の後ろで震える桐生さんをみて、冷めた目を向ける。

「そのまま静かにしてればいいのに」

「うるさい!いいから答えなさいよ」

 急に不機嫌になった松岡さんは、しばらく桐生さんを睨んでいたが、少しすると視線を前に戻し、話し出した。

「……組織の名前なんて知らない。聞いたことないし、最初からないのかも。若い構成員はニーズヘッグだとか勝手に名前を付けてたけど」

「ニーズヘッグ?」

「うまいこと言ってやったみたいに、鼻高々にね。頭のゆるい連中よ」

 馬鹿にするように鼻を鳴らす。

「組織の目的は?」

「組織の目的は、永遠の解放。魂を集めるのはその手段の一つよ」

「解放って、何からの」

「全てよ。死ぬことからも、生きることからも。それができる思想を持っている。手段を持っている。そして、それを実行に移す狂気もここにはある」

 

 組織を知るうえで目的は大事な要素だと思うのだが、聞いても今一ピンとこない。

 すべてから解放されるとは、どういう状態の事なのだろうか。

 

「松岡さんも、それが目的なの?」

「私は違うわ。そんな変な理由でいるんじゃない。ただ自由だからよ」

「自由?」

「そう。ノルマはあるけど、それ以外は何をしても自由。遊んでいてもいいし、施策に耽っていてもいい。夜更かししても誰も怒らない。私のすることを誰も否定しない。狭い世界のルールにも、くだらない倫理にも縛られることなく、私は私のしたいことができるのよ!」

 

 目を見開いて興奮気味に話す松岡さんを警戒しつつ、少し距離を取ろうとゆっくり歩いていると、気付けば辺りには奇妙な臭いが立ち込めていた。

「……何この臭い」

 

 何の変哲もなく、同じ通路が続いているだけだった道が、いつの間にか金属でできた長方形の廊下に変わっていた。

 廊下の側面には幾つもの扉が見え始める。

 そして、今にも消えてしまいそうな弱弱しい照明が、廊下に並ぶ鉄格子の中を照らし出す。

 

「……なんなのよ、これ」

「この子たち?可愛いでしょう。全部私の作品たちよぉ」

 今日一番の不気味な笑顔で、松岡さんは笑った。

 



 ズズン

 地下室の揺れる音がした。

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