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2-30

 §〈凪〉

 


 紫月と名乗る人物に会った後、俺らは一度家に帰った。

 夜も遅かったし、それに……俺もイトも、一度気持ちを落ち着かせる必要があった。


 翌日、朝一番にイトと合流して、モリミツの家に行った。

 一晩立つと、イトも冷静さを取り戻したようで、俺らは冷静に昨日遭ったことを分析した。

 キメラ、とアイツが言っていた、人の服を着ていた生き物の事。

 俺たちの追っている事件とのつながり。

 そこにモリミツが関わっているか。

 だがどれだけ考えていても、結論は出なかった。情報が少なすぎるんだ。

 昨日会った人物だって、蒲生かどうか、俺らは判断付きかねていた。

 だって見た目は蒲生そのままの姿だったから。

 男にしては少し低めの身長も、伸びたままの少し長い髪の毛も、首元にあるほくろの位置でさえ一緒だった。

 うきの(あのとき)と同じように。

 

 夢中で話しているうち、いつの間にかモリミツの家の前に着いていた。

 

 モリミツには事前にRhineはしたが、既読にはならなかった。

 なら、家に押し入るしかないだろう。

 店の準備をしていたモリミツの母さんに一言声をかける。

「あの子、また昨日から引きこもってるのよ。部屋に鍵までかけて。……ガツンと言って外へ連れ出してやってくれない」

 モリミツの母さんはいつも通り溌剌とした声でそう話す。

 だがその裏に、どこか心配しているような雰囲気を感じた。

 

 全く、皆心配してんだぞ。

 

 二階へ上がって、モリミツの部屋のドアを叩く。

「モリミツ、いるんだろ。出て来いよ」

「話があるんだ。聞いてくれないか」

 俺らはドアの前で返事を待った。

 だが、部屋の中から反応は返ってこない。

 だが俺は構わず続ける。

 

「お前の見たこと、あながち間違ってなかった。俺らも見たんだ。蒲生みたいなやつが、人間みたいのを殺しているところを」

 俺の言葉にイトも続く。

「ずっと悩んでたんでしょ。あの時だって、僕ら何もしてあげられなくて、……だから、力になりたいんだ」

 

 モリミツからの言葉は、何も返ってこない。

 俺はもう一度強くドアを叩こうとして、ドアの隙間から風が吹いていることに気が付いた。


「……おい。開けるぞモリミツ」

 俺は不穏なものを感じて、無理やりにでもドアをこじ開けようとした。

 だが、ドアにカギはかかっていなかったようで、拍子抜けするほど簡単にドアは開いた。

 

 ぎぃと音を立てて、ドアは内側に開いていく。

「居ねぇ」

 薄暗い部屋の中に、モリミツの姿はなかった。

 窓が開け放たれたまま、カーテンだけが派手に揺れている。

 何かが暴れたような跡があるわけでもなく、部屋の中はきれいなものだった。

 だが、俺は妙な胸騒ぎを覚えた。

 それはイトも同じだったようで、神妙な顔をして俺にこう言った。

「探さなきゃ」

 

 家の中を探し回った後、俺らは外へ飛び出した。

 あいつが行きそうな場所を、手分けしてしらみつぶしに探した。

 近所の公園から、商業スーパーの休憩スペース、路地裏から見える協会のステンドグラス、少し小高い場所にある景色の良い下り階段、いつものたまり場。

 そのうち日も暮れて、夜になった。

 モリミツの家に連絡を入れたが、まだ帰っていないという。

 警察に連絡を入れるか迷っているというので、少し待ってほしいと言っておいた。

 必ず見つけるとは言えなかったが、それでも出来ることなら俺らで見つけたかった。見つけてやりたかった。

 

 

 夜中探し回って、疲れ果てたころ、一軒の廃屋に目が留まった。

 

 ……居ないだろうと思った。

 だが、俺の思考とは裏腹に、足はその廃屋へと歩き出していた。

 モリミツ……。

 俺はネックレスを握りしめ、廃屋の中に入っていった。

 

 廃屋は、酷い荒れようだった。

 家財が散乱し、所々床が抜けている。

 はがれた障子に、ささくれ立つ黄ばんだ畳。

 壁に手を付くと、土壁がぼろりと崩れ落ちる。

 割れたガラス窓から吹き抜ける風の音が耳障りだった。


 だが、スマホのライトで床を照らすと、ホコリ被った床に、真新しい足跡が付いているのを見つけた。

 足跡は、家の奥へと続いている。

 俺は足跡を頼りに、慎重に家の奥へ進んでいった。

 

 ものが散乱しているからか、足跡はすぐに分からなくなった。

 倒壊した本棚や散乱する衣服、雑誌の束に段ボール。それらを避け、足の踏み場を探すように、そろりそろりと歩を進めた。

 歩くたび、床の木材は腐ったような鈍い音を立て続けた。

 

 だが、少し進むとそれとは別に、なにか物音が聞こえてくることに気がづいた。


 何かを砕く音と、床のひどくきしむ音。

 獣のような荒い息遣い。

 

 何かがいる。


 あの部屋だ。

 奥の、畳の敷かれた部屋の中から、その音は聞こえる。

 俺はその音の正体を確かめるように、慎重に、その部屋へ向かっていった。

 

 

 奥の畳の部屋へ着いた時、音の正体が人であることに気づいた。


 うずくまったまま、無心で何かをしているようだった。

 だが、その後ろ姿は、見間違えようもない。

 いつも見ている、あいつの背中だ。

 

「モリミツ……モリミツだろ。探したぞ」

 声をかけても、モリミツは振り返らない。

「心配したんだぞ。家にいないから、どこに行ったんだって、俺らめっちゃ探しててさ」

 モリミツは俺のことに気付いていないように、一心不乱に何かをしている。

 薄暗い部屋の中では、ライトの明かりだけでは何をしているのかわからない。

 

「なぁそんなところで何して――」

 

 グチャ

 近づいたとき、何かを踏みつけた。

 俺は足元をライトで照らした。

 そこには、人間の死体があった。

 今の音は、腹から飛び出た臓物を、踏みつけた音だった。


「な、んだ……これ」


 ゴキッ!

 ひときわ大きな音がして、俺はとっさにライトをモリミツに向けた。

 モリミツは、俺の方を振り向いていた。

 血だらけの顔で、三日月のように裂けた口から人の指が飛び出ていた。


「あ……」

 急に足に力が入らなくなって、俺はその場で尻餅をついた。

 

「ナギ、ナギだ。何してんの」


 首を九十度に傾け、目を見開いて俺を見つめていた。

 狂気に走ったその表情は、まるで知らない誰かを見ているようだった。

 ゆらりと立ち上がると、モリミツは俺の方へ歩いてくる。

「なんで……おまえ、なんでっ、何やって」

「何?何って…………何やってんだろう、俺」

 目を見開いたまま、モリミツは虚ろな表情をする。

「俺は……俺は、強くなりたくて、アルノルフィーニに、ついて、それで……あれ」

 混乱しているのか、モリミツは頭を抱えてうずくまる。

「薬を……」


「お前が……やったのかよ」

 

 俺のこの言葉に、モリミツは異常な反応を見せた。

「なんだよそれ……ナギ、ダメだろ、お前もなのかよ!!」

 両手で顔を覆いながら、モリミツは俺を睨みつける。

「そんな……俺を……俺をそんな目で見るなあぁぁぁ!!」

 急に激高したモリミツは俺の首を締め上げる。

 ゴリラのような、巨大な、人ならざる腕。

 人外の膂力に締め上げられ、俺の呼吸は一瞬にして止まる。

 宙釣りになりながら、俺は足をばたつかせることしかできなかった。

「ぐるし……どうして……」

「どうして?……わかんねぇ……わかんねぇよ!」

 モリミツは一層腕に力を籠める。

「どうして俺はこんなことしてるんだ!どうして俺はお前の首を絞めてるんだよ!なぁ!教えてくれよ!ナギ‼」

 モリミツが何かを喚き散らしている。

 だが、俺にはそれを聞いている余裕もない。

 血が止まりうっ血している脳は思考を止め、外からの情報をまともに拾い上げることさえできない。

 もう……限界。

 

 意識を失いかけた、その時。胸のあたりから強い光が迸った。

「ウガアァァァァァ!!!」

 はじかれるように腕を放すモリミツ。

 俺は腕から解放され、倒れ込むように壁にもたれ掛かる。

 

「ゴボッ……ゲホッゲホッ」

 胸をかきむしるように、必死に呼吸をした。

 血が行き渡り始め、視界からの情報が脳へと届き始める。

 俺は、重たい意識の中、無理やり顔を上げた。

 視界に映ったモリミツは、意味の取れない言葉を叫びながらどこかへと逃げてくところだった。

 

「ハァ……ハァ……どうし、て……モ、り――」

 抑えた胸の中で、ネックレスの白い玉が静かに光る。

 それを最後に、俺は意識を手放した。

 その玉に、ひびが入っていることにも気づかずに。


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