2-29
月曜日。僕は普段通り学校に行った。
左足に義肢をつけての登校だったが、制服の長ズボンをはいているので足が見られる心配はない。
万一に備えて、義肢をすべて覆える長さのハイソックスもつけている。
闘気を纏っていれば自分の足のように動かせるので、そこだけ意識していれば普段の生活と何ら変わらない。
足を失くしてどうしようかと不安だったけど、何事もなく日常生活を送れていることに不思議な感慨を覚えた。
死にかけたはずなのに、数日もすればいつもと変わらず学校に通っている。
そしてまた、性懲りもなくダンジョンに潜っていくのだ。
僕はどういう神経をしているのだろうか。
自分で自分が分からなかった。
学校に付くと、モリミツは来ていなかった。
先生に聞くと、休む連絡があったと教えてくれた。
学校に来れるようになったと言っても、毎日通えるわけでもないらしい。
それを聞いて、僕は少しホッとしてしまった。
そんな感情を抱いたことが恥ずかしくて、僕は自分自身を蹴り飛ばしてやりたくなった。
どうしてこんなに、心が弱いのだろう。
家に会いに行くという手もあるのに、次学校に来た時に、とヒヨッてしまう自分に嫌気がさした。
その日の放課後、僕は珍しく江畑くんと肩を並べて下校していた。
月曜なので部活もなく、放課後遊ぼうぜという話になったのだ。
僕はてっきりモリミツの様子を見に行くものだと思っていたが、もうあまり心配はしていないようで、Rhineを入れておいたから大丈夫だと話していた。
僕の家へ続く山の裏道を歩きながら、僕は江畑くんを見ていた。
また、絆創膏が張られている。
最近、江畑くんは怪我をしていることが多いのだ。
今日は右手の指に絆創膏が張られていて、血の滲んだ黒い跡が痛々しく見えた。
こんな時に、回復薬があれば使ってあげられるのにな。
あれからも錬金術の勉強は続いていた。
基礎的な部分は大分理解できるようになっていて、今はそれを踏まえて、回復薬を使いやすくする実験をやっていた。
だが、それがどうにも進展しないでいた。
あの回復薬は、どうやら作用させる物質に優先順位があるようなので、それを利用して目当ての細胞へ作用のベクトルを合わせられないか、過剰活性を抑制して安定させられないかと考えていた。だが、そこから思うように進んでいない。
あれはキアミ師匠の本に情報のないアイテムなので、手探りで実験を続けていくほかない。
別のアプローチが必要だろうか。
「う~ん」
「なに唸ってんだ」
頭の中で考えを巡らせていただけだったが、思わず口から洩れていたらしい。
「ん……ちょっと最近実験をしてるんだけど、それが上手くいかなくって」
「実験ってなんだよ。なんか面白そうなことやってんのか」
「まぁ、面白いといえば面白いかな」
「なんだそりゃ」
人助けに役立つかと思って続けているけど、錬金術を勉強するのはそれだけでも楽しい。
そういった動機がなくても、僕は錬金術の研究は続けていくだろうと思う。
「何やってるか教えろよ」
うりうり、と肘でつついて来る江畑くん。
「えぇ、どうしようかな」
「なんで隠すんだよ。あれか、またエッチなやつか!」
「またって何さ……そんなことした覚えないよ」
「じゃあいいじゃねぇか」
「ん~……じゃあ、試作品が出来たらね」
「試作品ねぇ。なんかわかんねぇけど、出来たら一番に使わせろよな」
「はいはい」
江畑くんの能天気さに、思わず笑みがこぼれた。
「それよりも、その指どうしたの?大丈夫?」
「ん、ああこれ?ちょっと転んじゃってな」
指をさすりながら話す江畑くんだが、その腕にも絆創膏が張られていた。
どうしてこんなに傷だらけなんだろう。
「なにか危ないことでもしてるんじゃない?」
江畑くんは一瞬、ぎくりと体を強張らせた。
「そ、そんなことねぇよ」
「ほんとにぃ?」
「ホントホント、わっと!」
僕の追及に気を取られて、江畑くんは木の階段を踏み外した。
転びはしなかったものの、近くの枝に服をひっかけていた。
「大丈夫?」
「平気ヘイキ」
江畑くんは手をひらひらさせる。
あぶなっかしい。
「……しょうがないなぁ」
僕は〈錬術師の工房〉からネックレスを取り出した。
「ちょ、なんだよ。おい」
首に手を回そうとすると、江畑くんは恥ずかしがって体を引こうとする。
「ち、近いって」
「なに恥ずかしがってるのさ」
僕は少し強引に迫ると、江畑くんの首にネックレスを回し後ろで紐を縛る。
「はい、できた」
江畑くんに付けたのは、ボス部屋で出た白い玉のついたネックレスだ。
ダンジョンから帰ってくる前、僕は一度ネックレスの効果を確認しようと浅い階層で検証をしてみた。
だが、わざと攻撃を受けてみても、特に効果は発揮されなかった。
弱い攻撃だからかと思い、八階層を根城とする鉱石ゴーレムのパンチを食らってみた。
体長一メートルほどの体格から放たれる一撃はヘビー級ボクサーもかくやといった威力を誇るのだが、それでも何も起こらず、壁まで吹き飛ばされて危うくげろを吐きかけた。
これは、本当に強い守護の力が込められているのだろうかと疑問に思うが、もしかすると、本当に危機的な状況に陥らないと守ってくれないのかもしれない。
それなら、僕以外の人に持っていてもらうほうがいいのかもしれない、と思っていたのだ。
「これは?」
「お守り、かな」
見ていて危なっかしいし、何かあると無茶をしそうなタイプの人だ。
僕が持っていても反応しなかった物だから、本当にお守り代わりな感はあるが、それでも着けていてくれると少し安心できる。
「大事にしてね」
「お、おう。……ありがとな」
江畑くんはそっぽを向いて、少し顔を赤くさせていた。
大切な友達なんだから、ちゃんと守ってよ。
僕の気持ちに呼応するように、少しネックレスが光った気がした。
その日は、家でデュエアをして遊んだ。
バロンデッキとボルシャクリデッキの夢のバトルは朝まで続くかと思われたが、江畑くんは日が暮れる前に帰って行った。
今日も楽しい一日だった。
翌日学校に行くと、今日もモリミツは休みだった。
それだけでなく、今日はイトと江畑くんも休みだった。
どうしたというのだろうか。
心配になって、Rhineを送ってみたが、放課後まで誰からも連絡はなかった。
不可解に思いながらも、そんな日もあるかと、その日は部活に顔を出し早めに帰った。
次の日になっても、誰も学校へは来なかった。
あれからRhineの返事も来ない。
何かがおかしい。
先生に聞いてみると、どうやら無断欠席らしかった。
何か、事件にでも巻き込まれたんじゃないか。
僕は学校が終わるのももどかしく、途中で学校を抜け出してしまおうかと考えていた。
一時間目の終わり。
僕が帰り支度を済ませていると、メガネ委員長、もとい桐生さんに呼び止められた。
「帰るの」
「ん……ちょっとね」
少し誤魔化すように言うと、桐生さんから鋭い言葉が返ってきた。
「あの三人が欠席している理由、知ってるんでしょ。教えてよ」
「……どうして」
「何となく」
何となく、と言いつつも、桐生さんは確信めいた物言いをしていた。
いつものメンバーで欠席していないのは僕だけだから、何か知っていると考えたって不思議ではないか。
現に僕はこんな時間に帰ろうとしているんだし。
「それとも何、私が心配しちゃダメなの」
「そんなことないけど……」
眉を寄せて少し不機嫌そうな彼女は、僕をまっすぐ見つめてくる。
……誤魔化すのは失礼かな。
僕は桐生さんに向き直る。
「僕も知らないんだ。だから確かめに行こうと思ってる」
「学校が終わってからでもいいじゃない。どうして今なのよ」
「わからないけど……なんだか胸騒ぎがして」
ダンジョンに潜るようになってから、自分の感覚や直感というものに何度か驚かされたことがある。それはレベルアップのおかげか、スキルのおかげか。それとも第六感的なものなのだろうか。
どちらにしても、僕はその感覚をある程度信頼していた。
だから胸騒ぎがするなら、行動するべきなんだ。
僕がそう考えていると、桐生さんは意を決したように僕に言う。
「私も行く」
「どうして?」
「……何度も言わせる気」
桐生産の顔は、真剣そのものだった。
本気で、心配してるんだ。
「……わかったよ」
僕は桐生さんに根負けして、一緒に江畑くん達の家に行くことにした。
僕が桐生さんの支度を待っていると、クラスメイトから声を掛けられた。
「松岡さんが呼んでるよ」
「松岡さん?」
「ほら、隣のクラスの」
そう言って、指を差す方を見ると、教室の前に女子が立っていた。
「あの子、新入生代表の挨拶をしていた子よ」
桐生さんが、横から話しかけてくる。
見ると、帰り支度は済ませたらしく、既にコートまで羽織っていた。
「知り合い?」
「いや、話したこともないよ」
隣のクラスの人がどうして急に……何の用だろう。
「ならさっさと話しを終わらせて行きましょう」
桐生さんに背中を押されながら、僕は教室から出た。
教室から出ると、開口一番、松岡さんが話しかけてくる。
「初めまして、松岡です。あなたが蒲生くんですね」
「そうだけど……なにかありましたか」
「蒲生くんとお話をしたかったんです」
松岡さんは、とても人当たりの良い笑みを浮かべていた。
間近で見ると、色白で、鼻筋が通ったきれいな顔をしていた。
肩まで掛かる黒髪はつやつやしていて、手入れを欠かしていないだろうことが一目でわかる。
僕が何も言わずにいると、しびれを切らした桐生さんが横から割って入ってきた。
「松岡さん。ごめんなさい。私たち、今日は用事があって、早退することにしたの。話はまた今度にしてくれない」
謝るように手のひらを立てながら、急ぎ足で桐生さんは玄関へ歩こうとする。
だが、松岡さんが言った一言で、桐生さんの足が止まった。
「モリミツが学校を休んでいる理由を知っている。と言っても?」
「どういうこと?何か知ってるの」
僕が聞くと、松岡さんはまたにこりと笑う。
「えぇ、最近仲良くさせてもらってますから」
「最近……」
その言葉に、僕は引っ掛かりを覚えた。
モリミツが学校で松岡さんと話をしているところは見たことがなかったし、ひきこもっていた時は江畑くんにさえあまり顔を見せなかったと聞いた。
どう考えても、関係を築く時間なんてないはずなのだ。
「知ってることがあるなら教えてよ」
松岡さんは、桐生さんを一瞥だにせず、つまらなそうに言う。
「私は蒲生さんとお話をしているのだけど」
「は……なによそれ」
にわかに桐生さんの視線が剣呑な雰囲気を帯びる。
「私とは話もしたくないっての」
桐生さんは少し怒ったように言うが、松岡さんはまるで聞こえていないかのように僕に話しかける。
「帰り支度もしているようですし、少し落ち着いた場所まで行きませんか?静かでいい場所があるんです」
「何こいつ……意味わかんないんだけど」
桐生さんは、怒気をはらんだ険しい顔を、困惑の表情へと変えていく。
「完全に無視する気?……いいわよ。あんたなんかに聞くことはないわ。蒲生くん。こんなやつほっといて行きましょ」
呆れたように話す桐生さんは、僕の袖を引っ張り玄関へと歩き出す。
「一刻を争うことかもしれませんよ」
「口先ばっかりなこと言わないでよ」
「手遅れになったら、あなたのせいですよ」
「あんた!いい加減に――!?」
怒鳴り込む勢いで振り向いた桐生さんだったが、松岡さんの顔を見て、彼女は驚いたように二の句が継げなくなった。
「お話、聞いてくれますよね」
松岡さんは、それまでの粛々とした雰囲気とはかけ離れた、不気味な笑みを浮かべていた。




