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2-24

 目が覚めると、知らない部屋にいた。


 僕は、何をしていたっけ。

 ベッドの上に横になっていた僕は、身じろぎして周りの様子を伺いながら、どうしてこんな所にいるのかをゆっくり考えた。

 消毒液のような、どこかツンとした臭いのする清潔そうな部屋だった。

 白い漆喰の壁、窓の多く明るい室内は少し広く、物はあまり置かれていない。

 周りにはベッドがいくつか置かれていたが、使われている様子はなく、ここには僕一人だけだった。

 

 開いたままの窓からは日の光が入り、穏やかな風がカーテンを揺らす。

 僕はベッドに横たわったまま、しばらく天井を眺めていた。

 

 すると静かに扉の開く音が聞こえ、誰かが入って来た。

 首を扉側に向けると、僕の腰ほどの大きさのアナグマに似た生き物が、白衣姿でトレーを押しているのが見えた。

「おや、起きましたね」

 当然のように言葉を話すアナグマに驚きを覚えるが、アナグマはそんなこと知らぬとばかりに持ってきたトレーを押しながら僕へと近づいてくる。

「ひどい怪我でしたが、治療が間に合ってよかった」

 トレーをベッドの端に停めると、アナグマは椅子によじ登り僕の目線の高さに来た。

 アナグマは、見れば見るほどアナグマだった。

「アナグマ……」

「なんですかそれは。貴方の恋人?っと、失礼」

 アナグマは、不思議な円筒状のリングを取り出すと、僕の服の上から押しあてた。

 格好とやっていることを見るに、アナグマは医者のようだ。

 けれど、小さい動物が一生懸命におもちゃのような器具を当てているのを見ると、どうにもお医者さんごっこをしているようにしか見えない。

「むむ、ふぅ~ん、なるほど……」

 かわいい。

「ふぅ。体調はよさそうですね。足の痛みはどうですか」

「あし?」

 ……そうだ、僕の足は。

 掛布団を剥がすと、包帯の巻かれた足が見えた。

 太ももから先は、やっぱりなかった。

 

 ガッカリした僕を見て、アナグマは申し訳なさそうな顔をした。

「すいません。私の力不足で付けることができませんでした」

「そうですか……」

「あなたの足の再生が驚くほどに早ものですから、切れた足をつける前に傷口が安定してしまったんです。そうなってしまうと、私ではどうしようもなくて」

 傷の治りが早い。か。

 きっと転がっていた回復薬のせいだろう。

「あの……謝らないでください。傷を治してくれただけでもありがたいですから」

「そうは言っても、私の技量不足で足をつけられなかったわけですし」

「……あなたが治療してくれたから、こうして痛みもなくいられるんです。感謝することはあっても、恨んだりはしませんよ」

 

 そう言ってはみたが、僕の心境は複雑だった。

 治るなら治してほしかったし、足のない虚脱感を僕は未だ受け入れられずにいる。

 でも、それを責めるのはお門違いなことぐらい分かってる。だから無理に取り繕うことしかできない。

 やるせない気持ちでいっぱいだった。

 

「そう言っていただけると助かります」

 アナグマは、静かな声でそう答えた。

 きっとアナグマは、僕が何を考えているのか分かったうえでそう言ってくれたんだと思う。

「代わりと言っては何ですが、義足を用意しています。出来るまで数日、ここでゆっくりしていってください」

 治療をしてもらったばかりか、アナグマは義肢を作り、さらに宿まで貸してくれるという。

 アナグマの優しい言葉に、僕は少し目じりが暖かくなった。

 

 状況のつかめない今の自分には、周りの環境を把握する時間が必要だ。

 ここは、アナグマの言葉に甘えることにする。

「ありがとうございます。そうさせてもらいます」

「はい。では使っていない個室があるので後で使えるようにしておきます」

「ありがとうございます。……それで、なんですけど」

「はい」

「ここはダンジョンの中、なんですよね」

「ダンジョン?あぁ、あなたの種族はそう言っているのですね。えぇ、間違いなく、ここはダンジョンの中です」

 起きてから何度も考えていた疑念の一つは、あっさりと解消される。

「ここは第十層 迷宮街クレオストルフォです」

 

 迷宮街……倒れる前に見たあの街に、僕は今いるのか。

「街、どうしてダン――迷宮内に街があるんですか、それにあなた方は一体……ここは、迷宮とはいったい何なんですか!」

 僕の口から、疑問が次々と堰を切ったようにあふれてくる。

 だがアナグマは、僕の質問に答えるでもなく静かに目を閉じた。

「あなたは、何も知らずにここまで来たようですね。先導するものもなく、事前知識もなく、たった一人で。さぞや大変だったことでしょう」

 それからアナグマは、少し考えるようなそぶりを見せた。

「私に聞くより、自分の目で見てきたらどうですか」

「……どういうことですか?」

「そのままの意味です。あなたの外傷の治療は終わっています。外出も問題ありません。ちょっと失礼」

 そういうと、アナグマは僕の足に簡素な木の義足をつけてくれた。

「松葉杖もありますので自由に使ってください」

 アナグマは、僕に街を散策してくるよう言っているのだ。

「ここに来たばかりですよね。ダンジョンコインは持ってますか」

「ダンジョンコイン?」

「こういうものです」

 アナグマは、ポケットからコインを取り出す。

 それは、ダンジョンの宝箱から出てきた、木のマークが彫刻されたコインだった。

「それなら持ってます」

 錬術師の工房から硬貨を一掴み取り出す。

 それを見て、アナグマは目をぱちくりさせる。

「どこから出てきたのやら知りませんが、それがここでの通貨です。それだけあればたいていの物は買えるでしょう。私は用事があるので付き添えませんが、それを使って外で何か食べてくるといい」

 

 アナグマに勧められるまま、僕は出かける支度をした。

 病院着のような恰好に着替えさせられていたようだが、アナグマは僕のことをどう思っただろう。

 男だとか、女だとか、……僕とは違う姿をしているので、そういうのはわからないかな。

 工房から替えの服を出して着替えた。

 そしていざ出かける段になって、失礼なことにまだ名前も聞いていないことを思い出した。

「お名前を、まだお聞きしていませんでした」

「そういえば名乗っていませんでした。私はベングヤーデの*#デョです」

「え、と……すいません。ちょっと聞き取れなくて」

「*#デョです」

「あの……すみません」

「いいんです。私たちの言葉はどうにも他種族には聞き取りづらいようですから」

「では、何と呼べばいいですか」

「ベンと。皆そう呼んでいます」

「そうですか。ベンさん、改めてありがとうございます。僕は、蒲生樹です。数日ですが、お世話になります」

「覚えました。ではイツキさん、いってらっしゃい」

 手を振るベンさんに会釈をして、僕は街へと繰り出した。



 松葉杖をつきながら、街をあるいて少し。僕は目に入ってくる様々な物事に圧倒されていた。

 石畳の道、カラフルな木組みの家、煉瓦造りの噴水。

 家々には至る所に花が飾られ、道端では露天が軒を連ねる。

 中世の街並みを思わせるその景観も素晴らしいが、それ以上に僕の目をくぎ付けにするのは、道行く()達だ。

 最初に出会ったフクロウや、アナグマのベンさんのようなしゃべる動物が沢山住んでいる場所なのかと思っていたがとんでもない。

 二足で歩くトカゲに、足の生えたヘビ、どんな生き物かもわからない巨大なモフモフが歩いていたりする。

 明らかに動物といった見た目の者以外にも、人間の体に耳やしっぽが生えているような者、生き物を擬人化しさらにデフォルメしたようなゆるキャラじみた見た目の者もいる。

 それらが混然一体となって街を歩いているのだ。

 あまりにも常識はずれなその光景に、僕は夢の国にでも来たようだと思考を放棄した。


 見知らぬ文字で書かれた看板がそこかしこに見られるが、なぜか僕はそれを読むことができた。

 ベンさんやフクロウくんのしゃべる言葉も、どこか見知らぬ響きをしていたことを思い出す。

 真性異言、という奴だろうか。

 ……いや、きっとこれもお姉さんの仕業だろう。

 あとでベンさんに聞いてみることにしよう。

「ふぅ」

 驚くのも少し疲れてしまった。

 

 街ではレストランも多く見かけたが、慣れない義足での歩行は難しく、店の中に入るのはあきらめた。

 露店で何か買おうかと思うのだが、見慣れない食べ物ばかりが並んでいてどれを注文するべきか判断に困った。


 それから少し歩いて、橋の上を渡った。

 橋の下は綺麗な澄んだ川が流れていて、荷物を積んだボートが下流へと進んでいた。

 橋の真ん中は建物もなく空がよく見える。

 景色がいいので、僕は欄干に腰を下ろして一息付いた。 

「いたた……」

 少し長く歩いたからか、義肢をつけた足が痛くなってきた。

 ありものの義肢だから僕に合っていないのかもしれない。

 露店で買った青い不気味な食べ物も食べる気にはなれず、ため息ばかりが漏れる。

「……これからどうしよう」

 

 木の棒をくっ付けただけの足をぶらぶらと遊ばせる。

 ……こんな足見たら母さん、なんて言うだろう。

 学校に、なんていえばいいんだ。

 そもそも、ここから出られるかどうかも僕は知らないのだ。

 先行きの見えない不安に、またため息が出る。

 

 そうしていると、ぶらつかせていた足から義肢がすっぽ抜けてしまった。

「……はぁ」

 また、ため息。

 僕はそれを取るため、欄干から飛び降りた。

 いつも通り着地をしようとして、足がないことを思い出す。

「あ」

 僕はバランスを崩して石の床に頭をぶつけてしまった。

「いっつ……」

 僕が痛がっている間に、義肢は橋の下へと転がり落ちていく。

 そのうち、チャポンと音が聞こえてきた。

 

 ついてない。

 どうしてこうも、上手くいかないんだ。

 

 道の真ん中に倒れ込んだ僕を、通行人は避けるように移動していく。

 邪魔になってる。

 早く起き上がらないと。

 そう思うのに、後ろ向きの気持ちが邪魔をして、力が入らない。

 立ち上がる気力が湧かなかった。


 いっそこのまま、僕も橋から落ちてしまおうか。

 露店で買った食べ物が横でつぶれているのを見て、そんな気持ちになった。

 

 

「だいじょうぶ?」

 不意に言葉を掛けられ、僕は顔を上げた。

 そこには柔らかそうな白い毛をしたウサギが立っていた。

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