2-23
硬い金属のぶつかり合う音があたりに響き渡る。
大きな火花が爆ぜ、あたりを明るく瞬かせる。
だが、そこには何もない。
また硬質な音。
ぶつかり合う音は、刹那の合間、火花のみを残して消えていく。
キィィン
ギィィン
「おおおお!!」
「ゴオォォォォォォォ!」
ガキィィィ!
渾身の一撃を放った後、僕は一息つく。
何度も剣を振ったが、攻撃はすべて防がれている。
だが、さっきまでとは明らかに違う。
対等に戦えている。
僕は剣をかまえ、もう一度蒼月歩法の構えを取る。
黒騎士の異常なまでの移動速度を見て、僕はあれを高速で移動する歩法だと思い込んでいた。
だが実際使ってみると、ただ素早く移動するだけの技ではないことを知った。
景色が後ろに流れていくだとか、光の速さで進んでいるとか、そういうものとは根本から考え方が違う。
僕はその場で特定のステップのようなものを踏んだ。
するとそれだけで僕は敵の前まで進んでいた。
そう、僕は歩いていないのだ。
だが進んでいる。
意味が分からなかった。
「はあ!」
黒騎士へ向けて剣を振る。
黒騎士も同様に振りかぶっていた大剣を僕へぶつける。
く、また合わされた。
黒騎士は、僕が移動してくる場所が分かるかのように狙いすまして剣を合わせてくる。
相手のほうが一枚上手か。
いや、まだだ。もう一度!
どれだけ移動したいかを調整すれば、そこまで一瞬で運んでくれる。
まるで瞬間移動のようだが、そうではない。
ただ歩いたように見せる。見せかける。
世界をだます歩法。
それが蒼月歩法 マーリンだった。
何合か剣を重ねていると、相手の剣にひびが入る。
激しい攻防で青鎧剣術を繰り出す暇がなかったが、剣にはずっと闘気を纏わせ続けていた。ヒビの入った黒騎士の剣には何も力が込められていないので、きっとその差だろう。
これは僥倖。
攻撃が当たればよし、当たらずとも何度かぶつかれば武器を破壊できる。
何度かマーリンを使っていると、相手の移動する軌跡が感覚的に分かるようになってきた。気配察知と似たような感覚だった。
自分の行きたい場所と、相手の移動してきそうな場所。そこを調整する。
それは相手もやっているようで、そこにはある種の読み合いのようなものがあった。
そして数合。
「ここだ!」
ズアアァァァァ
僕の剣が過たず鎧を切り裂いた。
「グオアアアァァァァァァ」
初めてまともに攻撃が入った。
内側の肉体へ刃が通ったのが分かる。
鎧は思うほど強度がないようだ。
いける。
このまま押し切ってやる。
「グゥゥゥゥゥゥゥ」
攻撃を食らっったことで、向けられてくる威圧感にどこか変化があった。
何かを企んでいるのか?
だが、やることは変わらない。
歩法を使い、相手の裏に回り込む。
隙だらけの胴体に剣を振りぬく。だが、剣の当たる瞬間、相手が消えた。
くそ、時間差か。
僕はとっさに後ろに回られたと判断して、振り向きざまに盾を構えた。
金属同士のぶつかり合う、高い音が鳴る。
僕はまた途轍もない力で吹き飛ばされる。だが、それに混じってヒビの入る音も聞こえた。
武器が壊れるのももう少し。
壁に激突する前に着地を取る。その時にはすでに黒騎士は僕の目の前にまで迫っていた。
想定内ではあったが、剣を出すのが若干遅れてしまった。
しまった。と思ったが、相手の剣は僕に合わせたかのようにちょうど力が乗り切るポイントに在った。
なぜ。
考える間もなく剣同士がぶつかる。
剣の刃と、剣の腹が。
剣はひび割れたポイントにちょうど当たり、相手の剣を砕いた。
どういうことだ。わざと剣の腹で攻撃するなんて。
黒騎士は、わざと剣を砕かせたのか。
相手の動きを奇妙に思っていると、黒騎士は砕けた刃を手に取り、欠けて小さくなった剣と同時に二刀で構えを取った。
それは、同に入ったきれいな構えだった。
僕はその構えを見て、悪寒が走った。
これは!やばい!
「マーり――」
僕が蒼月歩法を使う前に、黒騎士は僕の目の前にいた。
予備動作がなくなってる!
双剣が同時に振りぬかれる。
僕はそれを感覚だけを頼りに剣と盾で防いだ。
距離を取り蒼月歩法で高速移動をと考えるが、黒騎士はさらに踏み込んで追い打ちをかけてきた。
攻撃速度が段違いだ。
大剣の時の鈍重な振りとは訳が違う。
まさか双剣が狙いだったとは。
黒騎士はどんどん踏み込んでくるので後退しながら応戦するが、息つく間もない連続攻撃に対処をするので手いっぱいになってしまう。
これじゃ、蒼月歩法を使うどころじゃない。
このままではすぐ壁に追いやられてしまう。
どこかに隙はないか。
必死に攻撃に耐えながら、どんな隙でも見逃さないよう目を凝らす。
どこかにあるはずだ。
剣の癖、思考パターン。致命的な弱点が。
目を凝らして、ひたすら剣をさばいていると、黒騎士の攻撃にパターンのようなものが見え始めた。
右手で突きを放った後、左手が大降りになる。
突きはほかの剣の軌道とは違う、特殊な動きをする。
そういう動きは、次の動きが予想しやすい。
次だ。次に突きの攻撃が来た時、反撃する。
攻撃を耐え忍びながら、突きが来るのをひたすら待つ。
疲労と緊張で、額から汗が滴る。
もうすぐ壁際だ。
頼む。早く来てくれ。
僕の願いが通じたのか、黒騎士が右手で突きの構えを作る。
来た!
僕は右の突きを盾でいなす。
次は――左の大振り!ここだ!
僕は溜めていた闘気を一気に開放し、輝く闘気の刃を放った。
〈青鎧剣術 一ノ剣 シノグロッサム〉
至近距離での闘気の刃だ。
これは避けられるはずがない。
僕は勝利を確信した。
だが、黒騎士の剣が不気味に赤く輝くと、闘刃の軌道が歪に湾曲した。
「ななの゛げん……ねべ、だ」
「そんな……」
歩法だけじゃなく、青鎧剣術まで使えるなんて。
「こんなの、どうやって……」
双剣に赤い闘気を纏わせていた黒騎士は、僕の動揺を見逃さなかった。
一瞬で目の前から消えたかと思うと、僕の後ろで剣が降りぬかれる音がした。
僕はとっさに後ろを振り向こうとして、バランスを崩してしまった。
「わ」
その場で踏ん張ろうと足を出したが、足はまるで空を切るように地面につかない。
僕はその場に倒れ込んでしまった。
「ぐっ!どうなって――」
また僕の知らない技を使ったのか。そう思った。
だが、僕は倒れ込んだ先で信じられないものを見た。
倒れた先に、足が見えたのだ。
僕の装備と同じデザインのブーツをつけた、足だけが、そこにあった。
「な、なんで……なんで、あし……」
僕はとっさに足を確認した。
左足が膝の上から切断されていた。
「あ……あし、あしがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
左足を抑えると、遅れて激しい痛みが襲ってくる。
「あぁぁぁぁ!!痛い痛いいたいいたいいたい!!!!」
想像を絶する痛みと、足を無くしたという恐怖が、喪失感が、絶望感が。全部が僕の感情を塗りつぶしていく。
「ぼくのあしがぁぁぁぁぁ!!!」
僕の泣き叫ぶ声を聴きながら、黒騎士も叫び声をあげていた。
それは勝利の雄たけびか、僕への嘲りか、それとも悲しんでいるのか。
そんなこと、今の僕には考える余裕なんてなかった。
そもそも、聞こえてすら。
わかっていたじゃないか。
ダンジョンに潜っていれば、いつかこうなるってことぐらい。
いつか本当に死んでしまうって。
楽観視していたんだ。
どれだけ潜っても、危険な目に遭っても、僕は死ななかった。
いつも五体満足で、心身ともに健康で、いつもの日常に戻ってこれていたから。
自分は大丈夫。
こんなに強くなったんだから。
どんなことがあっても死ぬことなんてないって。
馬鹿みたいに。
気付けば自分の血で溺れそうなほど、辺りは血で溢れかえっていた。
この出血量じゃ、僕は遠からず死んでしまうだろう。
「……いやだ、しにたくない……しにたく、ない」
こんな終わり方、いやだ。
こんなところで死にたくない。
僕は這いずり回って、落ちている足に手を伸ばす。
足を傷口に付けたところで元通りに付くはずもない。
そんなことわかっていても、いや、そんなこと考えることもできないほど、僕は――
視界が赤く混濁してくる。
耳が遠く、感覚も鈍くなっていく。
「しにたく……」
視界が真っ赤に染まっていく。
痛みも消え、そこにはただ恐怖だけが残されていく。
「……たく」
もう何も見えない。
赤い色。
赤い色だけが……ぼくを……
ケヒッ
変われ
僕の意識はそこで途切れた。
気が付くと僕は横たわっていた。
近くには血だまりと、砕かれた赤い何か。
どうなったんだ、どうして僕は……。
体を起こそうとして、激痛が走る。
「うぐっ……ぅぅぅ」
痛む場所を見ると、足がない。
足がなかった。
夢じゃ、なかった。
ただ切断面は出血が止まっているようだった。
傷口はどす黒いカサブタで覆われている。
それを見て、僕は強い喪失感に襲われた。
こんな足で、今後どうしていけばいいんだ。
……黒騎士は。どうなったんだ。
そこで僕はようやく視線を上げた。
「なんだ、これ……」
壁に巨大な傷跡が刻まれていた。
壊れるはずのない、ダンジョンの壁に。
「ありえない。どうしたら、こんな……」
傷は壁が削れたような、大きく渦巻く跡だった。
壁の近くには、砕かれた赤い骨のようなものが散らばっている。
状況的に見れば、これはあの黒騎士の残骸だ。
どうして、倒されているんだ。
周囲を見回すと、近くには回復薬の瓶が転がっていて、いつの間にか鎧も着ていないことを知った。
気を失うまえ、僕は確かに聞いた。変われ、と。
誰かが僕を助けてくれたのか。
でも周りには誰もいない。
変われ
聞き馴染みのある、男の声だった。
そう、あれは確かに僕の声だった。
「僕の中に……だれかいるの」
わからない。
何もわからない。
でも――もうどうでもいい。
打ち砕かれてしまった。
これ以上、何も知りたくない。何も見たくない。こんな所から、一刻も早く出たい。
転がっている足を右手で持ち上げた。持ったところで、しょうがないのに。
痛む足を堪え、剣を杖代わりに扉の前に進む。
扉は最初に潜ったこの一か所だけ。
けど、扉はびくとも動かない。
あとは、青く光る魔力回路があるだけ。
あそこに行くしかない。
先にしか、進めない。
「……どうしろって言うんだよ」
頽れそうになる体を、心を、一本の剣だけが支えていた。
魔力回路に近づくと、そばに宝箱があるのに気が付いた。
見たこともない銀色の光沢を帯びた箱だった。
だけど、いまは触る気にもなれない。
僕は、これ以上心を動かさないように、淡々と魔力回路に近づいた。
どうすればいいかわからない。
僕は魔力回路の中心に立ってみた。
すると光が強くなり、僕の視界を青く塗りつぶした。
光がやむと、知らない場所に立っていた。
床に先ほど見た物と同様の魔力回路が書かれているだけの狭い部屋だった。
白い壁。それと外へ続く扉が一つ。
扉を押し開け部屋の外へ出ると、広間のような場所に出た。
大きな白い柱が規則的に並び、まるで神殿のような作りだった。
広間の奥には外と思しき景色が見える。
「あれ、あなた初めましてですね。もしかして新人さんですか」
柱のそばに立っていた者が僕に話しかけてきた。
その者をみて、僕は目を疑った。
「随分驚いた顔をされてますね。あ、荷物ですか。持ちますよ」
「……」
子供ほどの大きさのフクロウがしゃべっているのだ。
僕は驚きすぎて、右手に持っていたものを渡してしまった。
「なんでしょう。随分不思議な形の――ってあしーー!!」
「あ」
変なものを渡してしまった。
あたふたと騒がしくするフクロウがあまりに現実離れしていて、僕はただ唖然としていることしかできないでいた。
「こ、これ!あなたの足!今とれたんですか!」
「そう、ですけど」
「大変だ!すぐベンさ――医術師を呼んできますから待っててください!」
フクロウは空を飛ぶわけでもなく、走って神殿を後にした。
一人取り残された僕はしばらく呆けていたが、少しすると外がどうなってるのか気になりだした。
確認するため、広間の奥へと進んだ。
そして外の光景を目の当たりにした僕は、驚きで身動きも取れなくなった。
「夢でも、見てるのかな」
眼下には、広大な街が広がっていた。
スカイツリーの上から見た景色のように民家が小さな小さな粒ほどのサイズに見える。
石畳が敷かれた町並みはどこか古臭く、城や教会、尖塔が数多く立ち並んでいる。
街の奥にはひと際大きな塔がその存在を主張していた。
そして、街の端には――何もない。
街は空に浮かぶ島のようだった。
僕は広大な街を眺めながら、強いめまいを覚え、倒れ込むように気絶した。




