2-22
玉座に座っていた骸骨は、やおら立ち上がると僕のほうへと歩きだす。
鷹揚とした動き。しかしその眼窩は確実に僕を捉えていた。
【ピロリ】
【全ての青騎士装備の着装を確認しました 哀哭の赤い骸が一段階強化されます】
強化?鎧を着ていたから?
お姉さんの言葉に呼応するように、骸骨に変化が起こる。
骨の中に独特の模様が浮かび上がってきたのだ。
黒い幾何学模様が、胸の中央にある深紅の魔石から放射状に体に刻まれていく。
それは、まるで樹枝状結晶のようだと思った。
だが骸骨は自身の変化などお構いなしに、こちらへ真っすぐ歩いてくる。
【全ての宝物の収集 および隠し通路の踏破を確認しました 哀哭の赤い骸が一段階強化されます】
体に刻まれていく模様が、骨の外へと突き出してくる。
それは集まり、交差し、互いを埋め合うように形を成していく。
骨の外側にもう一つの体を作るように。
鎧のように体を覆っていった。
【全ての碑像の収集を確認しました 哀哭の赤い骸が一段階強化されます】
魔石の周囲から細長い血管状の管が体中に伸びていく。
それに追随するように、肉が、脂が、皮が、魔石からあふれ出るように飛び出し、肉体を形成していく。
骨に絡みつき、筋線維を作り出し、見る間に皮膚で覆われていく。
まるで生前の姿へ巻き戻すかのように、急速に肉体が作り上げられていった。
しかし――
【error 当該クエストをクリアしていません 強化を中止します】
肉体の変化は途中で途切れてしまった。
中途半端にまつわりつく肉体。切れかけの皮膚。むき出しの骨。それはとても見れるものではなく、さながらゾンビのようだと思った。
しかし骨から突き出た黒い模様は、動きを止めることなく骸骨の肉体を覆い隠していく。
ほどなくして騎士を思わせる漆黒の鎧が出来上がった。
その鎧は、どこか僕の装備に似ているような気がした。
中途半端な強化を終えた黒い騎士は、兜の隙間から眼球の欠落した伽藍洞な眼窩で僕を見つめる。
「……ル゛……テ゛……ィア」
黒騎士は何かを口にしているようだった。
だが未完成の潰れた喉はしわがれた声しか出せないようで、何を言っているのか聞き取ることができなかった。
その表情筋のないむき出しの顔からも、感情をうかがい知ることはできない。
けれど黒騎士とは対照的に、僕の鎧の内側からは深い悲しみと慈しみの感情が伝わって来るようだった。
「……どうして、そんなに悲しいの」
鎧から伝わる感情は、僕の心に深く沁み込んでいくようだった。
「ド……ジデ…………ル゛……ジア……ア……ア、アッアッア゛ッア゛ッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
突然鼓膜が張り裂けるほどの大声を上げた黒騎士は、深くしゃがみ込んだかと思うと、地を蹴り飛び上がった。
何をする気だ。
黒騎士の行方を目で追うと、天井から剣が一本吊り下げられているのが見えた。
黒騎士はそれを掴み、天井から引きちぎる。
ドン!
僕の目の前に着地する黒騎士。
手には両手でも持て余すほどの大剣が握られている。
「アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
彼我の差は四メートル程。
しかし黒騎士から発される圧は計り知れず、まるで目の前に迫っているかのような、心許ない距離だった。
武器を握る手に力がこもる。
こんな相手、倒せるだろうか。
勝手にボスを強化したお姉さんを恨みつつも、不安な気持ちを隠し切れずにいると、今度は鎧から力強い感情が伝わってくる。
討ち倒し、前へ進めと。
すべての装備を揃えたからか、鎧から伝わってくる感情が以前よりもずっと強く、確かなものになっていた。
伝わってくる力強い励ましの感情に、気持ちが暖かくなる。
「ありがとう。一緒に戦ってくれる」
僕は鎧に身をゆだねるように、剣と盾を構えた。
戦いの合図など無く、戦闘は始まった。
先手必勝と剣に闘気を纏わせた途端、黒騎士の剣が僕の目の前まで迫っていた。
速い!
僕は上体を逸らしつつ、盾を剣に対して斜めに当て、相手の剣を逸らそうと試みる。
それは騎士風骸骨との修行で体得した、逸らしの技術だった。
しかし
「逸らしきれ――!」
剣に込められた力が強すぎて力を逸らし切ることができない。
僕は剣に叩きつけられるように壁際まで吹き飛ばされた。
なんて膂力だ。
あれだけ大きな大剣を振り回して僕より速いなんて。
黒騎士の攻撃は絶えず続く。
吹き飛ばされて距離が開いたと思っていたはずが、いつの間にか距離を詰められていた。
また攻撃が来る!
今度はそらせない。
「くっ!」
横薙ぎに振るわれる大剣を、僕は咄嗟に宙へ飛んでよけた。
脚に闘気を集中させた、全力の身体強化で地面を蹴り上げる。
蹴り上げた地面は見る間に遠く離れていく。
天井に着地した僕は、一瞬でも見逃さないように黒騎士を目でとらえ続けていた。――はずだった。
「居ない!どこへ行っ――」
黒騎士は、僕の隣に立っていた。
速すぎる。
強化されすぎている。
「くそ!青鎧け――」
動揺して、無茶な動作から技を繰り出そうとしてしまうが、そんな攻撃を待ってくれるはずもなく、無慈悲に巨大な剣が僕へと迫る。
「ゴオ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
振り抜かれた剣に対応することなどできず、僕は盾も構えられないまま黒騎士の剣を受けてしまった。
胸に強い衝撃を感じたかと思うと、僕は壁まで吹き飛ばされていた。
「ゴボッ!」
壁に打ち付けられた衝撃で、口から血を吐いてしまう。
痛みで思考が散逸する。
一瞬のタイムラグの後、正気に戻った思考で僕は地面へと落下していることを知った。
蒼月歩法を使い、どうにか落下の衝撃を逃がす
だが、呼吸をすることもままならない。
体を見ると、胴鎧がひしゃげていた。
胸部に鈍い痛みが続く。肋骨が折れているかもしれない。
一撃でこのダメージ。
今までの敵の比じゃない。
大技を出すどころか、まともにダメージも与えられない。
弱気な気持ちが芽を出すが、そのたびに鎧から絶えず力強い感情が伝わってくる。
わかってる。大丈夫。
自分に言い聞かせるように返事をする。
痛みはあるが、まだ動けないわけでもない。
まだ前に進める。
考えろ。
ここから奴を倒すためには何が必要だ。
『じっくりと観察し相手の弱点を見つけるんだ』
そうだ。
場の空気に飲まれて、おじいちゃんの教えが頭から抜けてしまっていた。
僕がここまでこれたのは単に運がよかったからではない。
相手を観察する力が、僕をここまで運んできたのだ。
黒騎士が天井からふわりと地面へ降りてくる。
地へ足をつく。そしてまた、剣を構える。淀みのない一連の動作。
その一挙手一投足を、充血するほどに目を凝らして見る。
すると、黒騎士の足の運びにどこか既視感を覚えた。
「ぞ……げづ……ほほ」
そ、蒼月歩法!
この黒騎士、僕と同じ技を!
瞬く間に僕の目の前に現れた黒騎士。
その手に持つ巨大な大剣が振るわれる。
だが、僕はただ観察していたわけではない。
僕は観察中、盾に込め続けていた闘気を開放する。
〈青鎧剣術 弐之剣 エキノプス〉
盾を中心に球状の闘気のシールドが発現し僕を包み込んだ。
例の如く桜色になってしまった闘気のシールドだが、棘状の突起が無数に突き出ており、武器を持っていない敵に対しては攻防一体の技となっている。
ズガン
黒騎士の剣が激しい音を立ててシールドとぶつかる。
エキノプスは何度か使ったことがあるが、高い強度を誇り今まで壊れたことはなかった。
中にいると自分の攻撃も相手に当たらなくなるので使い勝手の悪い技ではあったが、戦闘中これだけ安全な場所はないとも感じていた。
しかし、あろうことか剣と衝突した部分のシールドにひびが入っていた。
なんてバカ力だ。
このまま連続して切りつけられたら持たない。
だが僕の懸念は当たらず、即座に攻撃が来ることはなかった。
剣を振りかぶるのに少し時間がかかっているようだった。
やはりあの大剣は自在に振り回せるわけではないようだ。
ならポイントはあの歩法か。
ズガン!
ビシィィ
先ほどよりも強い衝撃が来る。
激突した場所からヒビが深く全体に入ってきている。
おそらく、次で壊れる。
シールドが壊れる前にあの歩法の弱点を見つけなければいけない。
考えろ、何か、何かないか。
……そうだ!
「あの歩法、鎧さんなら知ってるんでしょ!知ってるなら教えて!早く!」
僕の呼びかけに鎧が強く呼応する。
パリィィィン
シールドを突き破った剣は、勢いそのまま僕へと迫る。
僕はそれを見越してすんでのところで躱すと、一歩踏み込んで黒騎士ヘと切り込んだ。
黒騎士は後方へ飛ぶ。が、腹部に浅く傷が入った。
初めて攻撃が入った。
だが、これじゃだめだ。
もっと深く切り込まないといけない。
鎧はあの歩法を教えてくれたが、残念ながら歩法自体に弱点らしきものを見つけることはできなかった。
だが――
「それを使えるのは、もうお前だけだと思うなよ」
僕は黒騎士に対し、不敵に笑った。
ぶっつけ本番だけど、上手くいってくれ。
技を繰り出すために剣に闘気を纏わせながら、僕は腕に、脚に、全身に闘気を巡らせていく。
「そ……げづ、ほほ」
〈蒼月歩法〉
声が重なる。
同じ歩法。同じ技。
どういう因果かは知らないが、僕はお前を倒して先へ進む!
全身に巡らせていた闘気を一気に圧縮し、体内で爆発させた。
「きょ、ほ」
〈マーリン〉
一瞬ののち、玉座の間から僕らの姿が掻き消えた。




