2-25
「大丈夫?」
ウサギは心配そうな顔で手を差し伸べてくれる。
「立てないようだけど、どこか具合悪いの」
「……」
僕の目線に合わせるように屈んでくれるウサギは優しそうで、僕は少し卑屈な気持ちになった。
足のある人は良いよな、と。
だから、僕は差し出された手をつかもうか、少し迷った。
「なぁ、こんなの放っといて行こうぜ」
「そんなわけにもいかないよ」
ウサギは迷っている僕の手をつかむと引っ張り上げてくれた。
「よいしょ、っと。立ってられる?わたしに凭れてても大丈夫だから」
「……もう、大丈夫ですから」
僕はウサギから離れ、欄干に手を付いた。
それから、目の前にいるウサギを見やる。
ウサギは独特な模様の描かれたフォークロアなポンチョを着ていて、その内側には革鎧が見える。靴は履いておらず、腰には細身の剣がつるされていた。
そして、ウサギの後ろには頭に犬耳をつけた女性が立っていた。
「愛想悪。なんなんコイツ」
「ジザ、そんなこと言わないの」
ジザと呼ばれた少女は機嫌悪そうにこちらを睨む。
「頭を打ったように見えたけど、痛みはない」
倒れたところを見られていたのか。
「……なんとも無いですから」
羞恥心と劣等感から、僕は川の方へと視線を逸らした。
すると今度は、僕の頭上でバサリ、バサリと羽ばたく音が聞こえた。
空を見上げると、巨大な鳥が空から降りてきた。
「あったよ。これでしょ、落としちゃった足は」
鳥かと思ったその人は、手が翼になっている、羽毛の生えた女の子だった。
手の先にある爪に引っ掛けるようにして、その子は僕に義肢を手渡す。
「ハイこれ」
「あ、ありがとう」
「ってアグリ、びしょぬれのまま渡しちゃ可哀そうよ」
「そうだね。ちょっと持っててくれる、今乾かすから」
「乾かすって、どうやって……」
僕が疑問に思っていると、アグリと呼ばれたその子は翼の生えた腕をこちらに向けた。
「大丈夫。風は私の味方だから」
そう言って何かを唱え始めた。
『風よ、私の友よ。私の思いを組み、彼の物に渇きを与えたまえ』
羽の先から、一陣の風が吹き始めた。
輝く緑の風は、僕の持つ義肢に優しくあたり、吹き抜けていった。
「どう?」
「……あれ、もう乾いてる」
びしょぬれで木にしみ込んでいたはずの水分が、風と共に消え去ってしまった。
魔法だ。
紛う片なき、本物の魔法だ。
僕は、乾いた義肢を見つめて静かに興奮していた。
「あなた、ここに来たばかりでしょ」
「……どうして」
僕は見透かされたような気になって、少し険のある表情になった。
「だってそんなに悲壮的なんだもの。見てればわかるわ。ここは楽しいところよ」
ウサギのその物言いに、どこか引っ掛かりを覚える。
まるでここには、悲壮的な人はいないとでも言うかのようだ。
「よかったら、街を案内しましょうか。私たち、午後は暇なのよ」
「あ、それいいね。おいしいテュルペーの店教えてあげるよ」
「あなたはそればっかりね」
「だって、おいしいんだもん」
ガイドのお誘い。
それは渡りに船だった。
何も知らない僕としては、ダンジョンを、この街のことを、一から教えてくれる人を心から欲していたから。
「良ければ、お願いしたいです」
僕が了承すると、ウサギは笑って頷いた。
「私はリル・フェ。砂漠の民、フェ族の戦士よ」
「僕はアグリ。ただのアグリ。風の魔法が得意だよ」
「僕は、蒲生 樹です」
僕らは順番に挨拶をしていく。
「下らねぇ。私はパスだ。勝手にしなよ」
犬耳の少女はぷいとそっぽを向いて、雑踏の中に消えていった。
「気を悪くしないでね。あの子はジザって言うんだけど、ちょっと気難しくて。でも優しい子なのよ」
リルはジザをフォローするようにそう話す。
せっかく街を案内してくれることになったのだ。
さっきまでの態度は改めないといけない。
そうでなくても、ただ自分の感情を抑えられずに当たってしまったのだ。
謝るのが、せめてもの誠意だ。
「いえ、僕がひどい態度をとったのが悪いんです。助けてもらったのに、こんな態度で……すみませんでした」
頭を下げると、リルはきょとんとした顔をする。
「ひどい?あれが?」
アグリがくすくす笑う。
「ジザはもっとひどいよ」
「そう、なんですか」
「あの子の罵詈雑言はひどいものです。それと比べると、あなた――イツキは優しい方ですよ」
リルもそう言って笑った。
お腹が空いていた僕らはまずレストランに入った。
鷲に似た姿の獣人、アグリがおすすめする店にはテラス席があり、慣れない義肢で店内を歩く必要もないのでありがたかった。
アグリおすすめのテュルペーという食べ物は麺料理で、青色の不気味な饅頭よりはずっと取っ付きやすくてありがたかった。
口に入れると、香辛料がしっかり効いていて、あっさりしているのにとても奥深い。お腹の空いていた僕は夢中で食べてしまった。
料理にがっつく僕を、アグリは満足げに見ていた。
リルも微笑んでいて、僕は少し恥ずかしくなった。
ちなみに彼女らは、ここでは獣人と呼ばれる部類に入るのだという。
獣人は獣と人の特徴が混ざり合った姿をしつつも獣寄りの見た目の者を言う。
逆にジザなどの人よりの見た目の者は人獣と呼ばれ区別されるのだとか。
「イツキのような完全な人の姿はここでは珍しいのよ」
「そうなんだ」
僕は軽い口調で相槌を打つ。
敬語はやめて、お互いフラットにいきましょう。そうリルに言われ、僕は敬語をやめていた。
「なら逆に、完全に動物の姿をしている人は何て呼ばれているの」
「完全に人の姿と異なる人は此処にはいないの。四足歩行の人もね。ここはそういう街なのよ」
「そういう?」
爪の先で器用に食器を掴んで食べていたアグリが、手を止め話に入ってくる。
「僕の友達にね、六足で歩く子がいるんだけど、その子結構強くって、僕と一緒に迷宮探索してたんだ。だけど、ここに来る時その子は別の街に飛ばされちゃったんだよね」
「それは……ここみたいな街が、いくつもあるってこと」
「そうみたい。その子はその街で、別の街に飛ばされたっていう人の話も聞いたみたいだし」
迷宮は、街へ来る者たちをカテゴライズしているのか?
随分壮大な話になってきたな。
「というか。アグリさんやリルさんは、この街に元から住んでいる訳じゃないんだね」
リルさんはやめてよ、と言いながら彼女は当然のことのように話す。
「当り前よ。ここにいる人たちはほとんどが皆、迷宮探索者よ」
ということは、彼女らは僕とは別の世界から来た、ということになる。
異世界。やっぱり異世界はあったんだ。
「イツキって何も知らないんだね」
アグリの言葉に、僕は心底頷く。
「うん……ほんと、何も知らないんだ。迷宮のことも、この街のことも、何もかも」
ずっと何も知らずに、一人で探索していたんだ。
迷宮のことを、知りたくて知りたくて、仕方なかったから。
「教えてほしいんだ!ここは、迷宮っていったい何なんですか!」
僕の質問に、リルとアグリは驚いたような、間の抜けたような顔をする。
「何って聞かれても、最初に説明されたことが全てじゃない」
「だよね」
最初、ってどういうことだ。
「最初の説明って、何ですか」
二人はお互い視線を合わせ、訝し気に眉を寄せる。
「迷宮に入った時に、一番最初にメッセージが届いたじゃない。『これより音声ガイダンスを実行します』って」
音声ガイダンス?
お姉さんが迷宮について説明してくれたってこと。
「そんなの無かったです」
……いや、あったのかもしれない。
あの時は気が動転していて、お姉さんの話に耳を傾けることが出来なかっただけかもしれない。
それだけ、あの時は余裕がなかったから。
「ちゃんと聞いてなかっただけじゃない?」
「……そうかもしれない」
俯き気味に話す僕を見て、アグリはにこりと笑う。
「なら教えてあげるよ」
アグリは少し声のトーンを下げ、詩を諳んじるように話し出す。
「ここは迷宮。太古からの、あの……なんだっけ」
「太古からなる世の基、よ」
アグリの説明を引き継ぐように、リルは言葉を紡ぐ。
数多の魂が眠る安息の地、あるいは闘争の坩堝、悲嘆の牢獄。
此の世ならざるモノにして、常世すべてを内包す。
失われたる過ちも。忸怩たる悔恨も。思い焦がれる羨望も。寿がれたる当来も。万象一切、ここにあり。
汝、糧を欲するものよ。心のままに進むものよ。
果てなき闘争の果て、迷宮の最奥へと至りし時、汝の望みは叶えられよう。
望みが叶う。
まるで、よくある御伽噺のようだ。
みんなそれを求めてダンジョンに来ているんだろうか。
……にわかには信じがたい。迷宮は、そんなものなのだろうか。
「――と、最初に管理者が説明してくれるんです」
「管理者?」
「たまに聞こえる声のことよ。私たちはそう呼んでいるの」
誰が言い出したか知らないけどね。とリルは肩をすくめる。
声ということは、お姉さんのことか。
「本当に聞いたことないの?」
「全く、聞いた覚えもない」
おかしいわね。とリルは首をかしげる。
「何も知らないなら、自分の持っているスキルも把握できてないんじゃない」
「スキル?もしかして、知る方法があるんですか!」
僕の反応を見て、二人はまた顔を見合わせて笑った。
「じゃ、食べ終わったら行きましょうか」
スキルとは、迷宮独自の特殊な力らしく、リルやアグリも迷宮に入ったことでスキルを手に入れたらしい。
スキルは使えば体に馴染んでいき、魔獣を倒すことで成長していくのだそう。
「本当に何も知らないのね」
ダンジョンに潜っている人なら当たり前に知っている知識らしく、リルはあきれたように話す。
レストランから少し歩くと、街の中心にある広場に出た。
大きな円形の広場には、その中央に家よりも大きな碑石が置かれていた。
僕がその碑石を見上げていると、横からアグリが自慢げにいう。
「大きいでしょ。この碑石にはこの街に来た人すべての名前が書かれてるんだよ」
「ほら、ここにイツキの名前もあるわ」
リルが指差す場所を見ると、一番下の端っこに小さく僕の名前が書かれていた。
「この石には、来た順番にすべての探索者の名前が記録されるんだって」
「でもね、ここに記録されているのは名前だけじゃないのよ」
「それは、スキルもってこと?」
「そういうこと。っということで、はい」
リルは僕に一枚の紙をくれた。
「それを碑石に押し当ててみて。そしたら、その紙にあなたのスキルが浮かび上がってくるわ」
これでようやくスキルが把握できるんだ。
僕は少しワクワクしながら、掌で紙を碑石に押し当てた。
碑石に触れると、日の光のせいか、紙を通して少し熱を感じた。
ズッ
「っ!?」
何かが入ってきたような感覚があり、とっさに石から手を放す。
押し当てていた紙が、ひらりと地面に舞い落ちる。
【ピロリ】
【システムがのロックが解除されました propertyおよびattributeの閲覧が可能となりました】
お姉さんの言葉と共に、目の前の空中に透明なディスプレイが現れた。
Name:蒲生 樹 Level:27
Species:混沌人 Distinction:��܂♀ Age:15
Status: 体力:1310 魔力:0 (Special)闘気:4708
筋力:947 防御:838
俊敏:913 器用:229
Skill: 刻印 勇
武技 剣術 守 無常螺旋大法
身体 熱耐性 中 痛覚耐性 中 電気耐性 中 溶解耐性 中 錯乱耐性 大 衝撃耐性 小 飢餓耐性 小 自己再生 小
感覚 見切り 気配察知 体性感覚 可変思考野
闘技 闘気操作 身体強化 纏い
拡張 錬術師の工房
装備 アルガリアの青い花(Non-active)
┣騎士の心得
┣青鎧剣術
┗蒼月歩法
EX 魂の聖域
これが、アグリの言っていたスキルか。
身体強化や、見切りなど、お姉さんが言っていたスキルがちゃんと載っている。
スキル以外にも、色々項目があるようだ。
スピーシーズ、種族の欄には混沌人と書いてあるけど、ここでの人の名前だろうか。
文字化けしてるところもあるし、ところどころ見慣れないスキルも多く、どこか怪しい印象を抱く。
それに、リルは紙に浮かび上がるって言っていたのに。
【管理者スキルを取得していることを確認しました 条件を満たしたため 他explorerへのpropertyおよびattributeの開示権限を得ました】
「どうやら上手く行ったようね」
リルは地面に落ちた紙を拾いながら、そう呟く。
「どれどれ、私にも見せて、って……見てもいいかな」
アグリは上目遣いに僕を見る。
そんな二人の前にも、同じディスプレイが現れていた。
Name:リル・フェ Level:30
Species:砂漠兎 Distinction:♀ Age:17
Status: 体力:721 魔力:260
筋力:199 防御:203
俊敏:570 器用:270
Skill: 武技 細剣術 初 イグナット流体術 中
身体 痛覚耐性 小 脚力増大 砂塵無効
感覚 気配察知 聴覚強化 集中
魔技 土魔法 初
Name:アグリ Level:31
Species:斬魔夜鷹 Distinction:♀ Age:14
Status: 体力:283 魔力:1501
筋力:230 防御:140
俊敏:411 器用:549
Skill: 武技 滞空爪技 初
身体 魔法耐性 小
感覚 風感知 平衡感覚
魔技 魔力操作 中 風魔法 中
どういうことだ。
二人は紙を注視しているようだが、この画面は見えていないのか。
「どうしたの?」
……なら、今は言わないほうがいいかもしれない。
二人は親切にしてくれているけど、まだ出会って間もない。
言うにしても、もう少し様子見が必要だと思う。
「……ううん。そうだね、一緒に見てほしいかな」
「そう来なくっちゃね」
アグリはリルの持っていた紙を取り、僕へ渡してくれる。
「……ん?」
渡してくれた紙に視線を落とした僕は、書かれていることに少し首を傾げた。
「ん?どんな感じ?」
「わたしも失礼するわね」
左右から紙をのぞき込む二人。
二人の視線の中心にある紙。そこには、ディスプレイで見た表示が、幾つか抜けているようだった。
Name:蒲生 樹 ♀ Level:27
Skill: 刻印 勇
武技 剣術 守 無常螺旋大法
身体 熱耐性 中 痛覚耐性 中 電気耐性 中 溶解耐性 中 錯乱耐性 大 衝撃耐性 小 飢餓耐性 小 自己再生 小
感覚 見切り 気配察知 体性感覚 可変思考野
闘技 闘気操作 身体強化 纏い
装備 アルガリアの青い花(Non-active)




