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2-19

 僕はカナちゃんに引きずられるままに屋敷の敷地内を歩いていた。

 敷地内に入った後もカナちゃんは僕の手を離してはくれず、報告するであろう上司の部屋へと一直線に歩いていく。

 僕はもう抵抗する気力もなくなって、顔を伏せながらカナちゃんの後を付いていった。


 屋敷の中は人の出入りが多いようで、厳めしい顔つきの大人たちが引っ切り無しに廊下を往来している。

 様々な人が居る中でもやはりこの髪は目立つのか、すれ違う人達からの不躾な目線をひしひしと感じた。

 だが屋敷の中をしばらく歩いていても、誰も話しかけてくる人はいなかった。

 誰もかれもが遠巻きに見ているだけで、僕が視線を向けてもサッと目を反らされてしまう。

 これは……どっちだ?

 僕が避けられてるのか、それともカナちゃんと関わりたくないのか……。

 なんにしても、この状況はありがたい。

 このまま誰も話しかけてきませんように。


「カナちゃんさん。その方はどちらですか?」

 話しかけてこないでと願った途端に話しかけられ、心臓が止まりそうになった。

 視線を上げると、これまですれ違ってきた人たちの中では比較的年若い、二十代と思わしき男性が柔和な笑みを浮かべていた。

 白い羽織が印象的な清潔そうな人だった。

 優しそうな人だなぁ……じゃない!

 カナちゃんに説明させては駄目だ。先んじて何か話さなければ!

「は、初めまして!ぼk「イナギさまだよ」……おうふ」

 終わった。 

 絶対稲置さんじゃないってバレた。

 しかも、よりにもよってこんな人の多い場所でなんて。

 これじゃ、言い訳のしようもないよ。

 ――そう思ったが、男性は驚いた顔を見せながらも訝ることはせず、僕に対して恭しく礼をして見せた。

「あなたが稲置様でしたか。お噂はかねがねお聞きしております。柯無薙(かむなぎ)隊 隊長の刈萱(かるかや) 為人(ためひと)と申します」

 …… あれ、バレてない?

 

 あの方が……

 確かにあのお姿……

 しかしなぜ……

 

 周囲で様子をうかがっていた人たちも口々に僕が稲置さんだと囁き合っているようだった。

 よかったぁ。

 居心地の悪さを感じつつも、身バレの危機を脱したことに僕はホッと息を吐いた。


「いまから外回りの報告に行くんだ」

「稲置様を連れて?」

 刈萱さんは、悪戯めかしてカナちゃんに聞く。

「そうだよ」

 刈萱さんは、次は僕へ視線を向ける。 

「放してくれなくて……どうにかなりませんか?」

 すると刈萱さんは笑う。

「はは、質の悪いものに捕まってしまいましたね」

「質が悪い?」

「えぇ、彼女から逃れられるものはそういませんから。稲置様ならどうかわかりませんが」

 逃れられない。

 カナちゃんの力の強さは、この屋敷では有名なのだろうか。

「悪い子ではありませんので、どうか最後まで付き合ってあげてください」

「はぁ」

 偉い人物(稲置さんに扮した僕)を煩わせているというのに、随分と軽い対応をする。

 この人、カナちゃんに甘そうだな。

「連れ回すのも、ほどほどにしてあげてください」

「うん。じゃあね~」

 

 刈萱さんと別れ、カナちゃんはずんずんと先へ進む。

「随分親しそうだったね」

「うん。カルカヤくんとはお友達なの」

「そうなんだ」

 二十代ぐらいの人だったけど、落ち着いたとても大人な印象を感じた。

 確かにカナちゃんの見た目なら、刈萱さんと友達だというのも変な気はしない。

 けど……カナちゃんって何歳なんだろうか。

「カナちゃんって今、何歳なの」

「う~んとねぇ」

 カナちゃんは立ち止まり、指折り年を数える。

「にじゅうはっさい!」

「二十八!?」

 アラサーじゃん。

 見た目と精神年齢との乖離が激しすぎる。


 こんな人、周りにいないのでどうしたものかと頭を悩ませてしまう。

 何度言っても手を放してくれないし、ほんと――。


「わたし、天使ちゃんのことすき」

「へぁ?」

 唐突にカナちゃんは告白じみた話をしてくるので、素っ頓狂な声が出してしまった。

「強くてかっこよくてかわいくて。もう大好き」

「……ありがとう」

 こんなストレートな誉め言葉を言われたのは初めてで、僕は気恥ずかしくなってしまった。


「私ね、天使ちゃんみたいになりたいんだ」

「僕みたいに?」

「うん。ピンチの時にさっそうとあらわれて、困ってる人を助けるの」

 夢を語るように、カナちゃんは目を閉じて少し上を向いていた。

「わたし鈍臭くて、いつも助けてもらってるから。私もみんなのこと助けたいんだ。そしてみんな私のことを好きになってもらうの」

「それは、素敵な夢だね」

「うん。だから任務を頑張ってとっても強くなるんだ」

 そう言って笑うカナちゃんの顔は、どこまでも子供のようだった。

 

「ここまででいいよ」

 カナちゃんはようやく僕の手を放してくれた。

「付いて来てくれてありがとう。またお話しようね」

「あ、」

 カナちゃんは僕の返事を待たずに廊下の奥に走って行ってしまった。


 ……。

 カナちゃんの背中を見つめながら、僕は何とも言えないもやもやした気持ちを感じていた。

 

 努力がカラ回ってる。

 強くなりたいなら、ダンジョンに潜ってモンスターを倒さなければいけない。

 でもあの様子じゃ、ダンジョンに入らせて貰えてはいないんだろうな。

 外回りだと言って屋敷の外周を回っているようじゃ、偉くもなれない。

 何より年齢に対して精神が幼すぎるのだ。

 あのままじゃ、どうしたってカナちゃんの望むような姿にはなれない。

 強くもなれず、偉くもなれず、カナちゃんはきっとこれからも、無意味な努力を繰り返していくんだろう。

 それは、なんというか……

「不憫だ」


「稲置さまも、そうお思いですか」

 そう思うかだって。

 思うに決まってるよ。

「だって、あんな――ってわ!いつの間に」

 いつからいたのか、僕の隣には水無月さんが立っていた。


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