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2-15

 キアミのおじいさんのことは、これからはキアミ師匠と呼ぶことにする。

 キアミのおじいさんだと長いし、せっかく弟子だと読んでくれたのだから師匠と仰いでみるのもいいかなと思ったからだ。

 教えてくれたことは錬金術のほんの一部分だけなんだろうし、怒鳴ったりバカにしてきたりと性格的にも最悪な人だったけど、不思議な世界を作れる(今の僕には作れないらしい)大事な本をくれたのだ。弟子として恩に報いるほかない。

 弟子として僕ができることなんて、錬金術を極めていくことしかないだろう。

 ということで、お勉強タイムだ。


 〈錬術師の工房〉内に入った僕は部屋中央にある作業台に腰かけた。

 それから棚から出してきた師匠の本を作業台に置く。

「あれ、題名が変わってる」

『バカと弟子と錬金術』

「……じいさん」

 キアミ師匠は去った後でも僕を煽りたいらしい。

 

 こみあげてくる怒りを抑えながら、僕は本の表紙を中指の関節でトントンと軽く叩いた。

 すると本の表紙が淡く発光し、ひとりでに宙に浮きだした。


 これは普通の本じゃない。キアミ師匠が生涯をかけて作り上げた錬金術の神髄なのだ。……と本の序文に書いてあった。

 キアミ師匠は魔力のことを規則そのものだと言っていた。

 精神世界とはいえ一つの空間を作れるこの本は、きっと規則である魔力の塊なのだろう。

 

 宙に浮いていた本はパラパラと勝手に(ぺーじ)が捲れていき、一つの頁で止まる。

〔ご用件は〕

 見開かれた頁にはそう書かれていた。

 知性があるのかパソコンのようなものなのか、この本は僕の意を汲んで動いてくれる便利機能が搭載されていた。

「キアミ師匠の課題をみせて」

〔了解しました〕

 またパラパラと本が捲れ、別の頁が出る。


「それにしても、すごいな」

 科学が発展している地球の文化のほうが技術的に成熟していると勝手に思いこんでいたけど、こんなものがあるのなら考え直さなければいけないと感じる。

 魔法や錬金術があることによって、別の技術的進化を遂げていただけなのだ。化学ではいまだ成しえない不思議な現象の数々を思えば、こちらのほうが劣っているともいえるのではないだろうか。


 まあ、その思考はいったん端に置いて、今は師匠の課題だ。


 師匠の課題は多岐にわたる。

 簡単な錬金術の方法から、物質の特色や判別・同定法方、器具の細かな使い方。作り方。錬金術の視点から見た世界の成り立ちまで書かれているようだ。

 ただ全てが一緒くたに書かれているので何から始めればいいのかわかりずらい。

 誰かに教えるために書かれた本じゃないのは知っているけど、もう少しどうにかならなかったのかな。

 

「どれから手を付ければいいかな」

 本に聞いてみるが、本から反応は返ってこなかった。

 まぁそうか。生成AIじゃないんだから、自主的な提案なんてしてこないよね。

 そう思っていると、代わりにお姉さんが答えてくれた。

 

【トペッドレッドの作成をお勧めします】


 珍しいな、お姉さんから提案してくるなんて。

 というか。

「今日は、そこから喋っているんですか?」

 僕は本に向かって話しかける。

 開かれていた本に、〔トペッドレッドの作成をお勧めします〕と書かれていたのだ。

 

【オブジェクトNo.10の使用権限を行使し 読み上げ機能を追加しました】

 お姉さんの声と同時に本にも同じ内容の文字が浮かびあがる。

 読み上げ機能をつけてくれたんだ。

 目が離せないときなんかは便利かも。

「でも、この本の権限はキアミ師匠から僕に移ってますよね。お姉さんにも権限があるんですか?」

【オブジェクトNo.10はすでにシステムに組み込まれている物です たとえユニークオブジェクトであろうと システムを司る我々より権限が上になることはありません】

 

 ……つまりはNFTのような、僕だけの資産にはなりえないってことか。

 それは残念だな。せっかく師匠に貰った本なのに。

 システムの物ならしょうがないか。

 ……そういえば、クィンタ・エッセンチアのことを教えてくれた時、模倣・再現したものだと言っていた。

 とすると。

「この本ももしかして、システムが作った模倣品なの?」

【……】

 答えてはくれない、か。

 でもいいや。この本が模倣されたものだとしたら、その中にいた師匠の精神も模倣されたものになってしまうから。

 そんなのは嫌だ。

 僕の出会ったあの癇癪持ちのおじいさんが、偽物であったとは思いたくない。

 ……でも、師匠も自分は本体のコピーだと明言していたし、もしあの師匠がコピーされた師匠なら師匠はコピーされた師匠のコピーされた師匠ということになるわけで……なんだか頭が混乱してきたな。

 いいや、深く考えることじゃない。

 それで、なんだっけ。

「トペッドレッドだっけ?」

 それって確か、スライム先生の本に書かれていた、土から作れる錬成物だっけ。

【見習い錬金術師が最初に覚える錬成 と記述されています】

「そうなんだ」

 トペッドレッドはたしか、土からできるって書かれていた。

 特殊な材料でもないし、これなら取っ付きやすそうだ。



 お姉さんはトペッドレッドの錬成方法が記述された場所を開いてくれたので、それに沿って錬金術を行っていくことにする。

 まず必要な物だが、錬成に必要な小霊は乾いた土だけ。簡潔だね。濡れていると、水という名の小霊が加わってしまい可笑しなことになってしまうので、ちゃんと乾いた土を用意する必要がある。

 器具に関しては、師匠式の液体魔力や魔力回路を描くための物が必要だけど、それはあらかじめ工房内にあるのを確認していた。

 

 この部屋の四隅には、ひし形のクリスタルのようなものが置かれていた。

 僕の胴体ほどあるそのクリスタルの下には蛇口があり、僕はその蛇口の下にフラスコをかざし、ひねる。

 蛇口からは、師匠が使っていた物と同じ、青紫色の液体魔力が出てきた。

 液体魔力が出ていくと、クリスタルの中にはコポコポと空気が入り、中に入っていた液体魔力の嵩が減る。

【四隅に置かれている理由は 室内の魔力を限りなく少なくすることで 錬成中のノイズの発生を最低限にとどめる意味があります】

 

 お姉さん、今日は随分饒舌だな。

 聞いていないことまで説明してくれてる。

 本を介しているから?

 あれ?……お姉さんと話している気になってたけど、これって、本が読み上げてるだけなのかな?

「この声って、本の読み上げ機能が喋てるんですか?それともお姉さんが教えてくれてるんですか?」

【読み上げ機能です】

「そうですか」

 ま、そうだよね。


 

 液体魔力を用意した後は、錬成を始める前に、魔力回路の作成だ。

【魔力回路を書くための紙はどんなものでも代用できますが 魔力が紙に浸透していかないよう魔力をはじく性質の物が好ましいとされています】

「そうなんですか。……具体的に、どういったものが良いんですか」

 防水スプレーみたいなのを掛けるのだろうか。

【ガルケストの中空紙 魔断の老樹で作られたブラックタブレット アリアメルデの涙を混ぜた退魔布が最良のモノだと書かれています】

 ……何もわからないや。

「普通の紙にします」

【次に進みます】


 次は魔力親和性の高い特殊なインクを使ったペンで魔力回路を書いていく工程だ。

【基本的な魔力回路は円を描くように書かれ 三つのクビクルム(部屋)と一つのヴィア(道)に分けられます クビクルムは円の外側に書かれるエクサコルプス 円の内側に書かれるインタルマ 小霊の置かれる中央部に書かれるエクシステントの三つ そしてそれら全てに巻き付くように掛かる線がメディウムと言われるヴィアです】


 固有名詞が多い。一回じゃ覚えられそうもないな。

「メディウムは一つしかないのにヴィアって言葉と分けてるのはなんでですか?」

【魔力回路が現在の形に体系化されるまでに 様々な書かれ方が存在しました その中には 幾つものヴィアがあったとされています その名残りであると 本には書かれています】

「そうなんだ」

 魔力回路を使うやり方って、キアミ師匠が作り出したマイナーな錬金方法だと思っていたけど、想像よりずっと多くの人が関わっていたものだったんだ。

【それぞれ違った役割があり 使う小霊や性質変化 錬り成す形によって書き方が変わります しかし 書き方が完全に決められているわけではなく 描く順番や位置もある程度自由に決められるので どの効果を強調させたいかなど 術師の好みにより独自性が生まれます】

「なんだか難しそうですね」

【そうでもありません】

 本の頁が捲れ、魔力回路図の書かれた頁が開かれる。

【トペッドレッドに使われる魔力回路図です】

「あれ、思ったより単純な形だ」

【見習いが最初に覚えるものですから】

「そうなんですか」

【今回はこれを模写してみることをお勧めします】

 あれ……なんか普通に会話してない?

「これって、読み上げてるだけなんですよね」

【……読み上げ機能です】

「……そうですか」

 読み上げ機能らしいです。


 それから本(お姉さん?)は模様の意味と書き方をレクチャーしてくれた。

 最初は規則的な模様に見えたので数学的な曲線を描くのかと思ったけど、所々アシンメトリーな部分もあり、どちらかというと芸術的な観念を想起させるものだった。

 魔力回路専用の特殊なペンには銀色のインクが入っており、ペン先を紙につけると銀色の液体が紙にじんわりと滲んでいった。

 定規やコンパスは無いようだったのでフリーハンドで書くしかなかったが、レベルアップによって身体機能が上がっていたおかげか、思いのほか上手く書くことができた。

 指先まで細かな神経が通っているように繊細に筆を動かすことができ、十分ほどで魔力回路が書き上がった。

 

 魔力回路が完成したら、あとは錬成するだけだ。


 師匠式の錬金術は、魔力回路の完成度が錬成の良し悪しを左右するらしい。 

 ほかの錬金術師は自分で魔力操作をして錬成するのだが、その過程でどれだけうまく魔力操作をするかで出来栄えが変わってくる。

 その魔力操作の代わりが魔力回路なのだ。

 

 

 僕は魔力回路の中心、エクシステントに土を置くと、その周囲に液体魔力をビチャビチャとばらまいた。

 このかけ方は師匠の弟子として譲れないところだよね。

 そんなことを考えていると、液体金属はすぐに魔力回路を流れていった。

 前回は気づかなかったけど、すべての魔力が中心へ流れていくのではなく、メディウムを通して魔力が中心から末端へと戻っていく流れがある。

「循環してるのかな、それとも」

 魔力回路ばかりをじっと目を見開いて観察していたからか、中心へと向かった魔力がつち(しょうれい)へと到達したことに気づかず、強い錬成光に目を焼かれてしまった。

「うぎゃぁ!」


 目を閉じていてもしばらく視界が七色に見えた。

「目の奥がジンジンする……」

【くすくす】


 少しして視界が回復してくると、回路の上にある錬金術の成果が見え始めた。

「なるほど、これがトペッドレッドなんだ」

 名前の通り赤い色の鉱石だった。

 密度があるのかしっかり重く、透明な鉱石はとてもきれいだった。

 ただ――

「随分小さいな」

 トペッドレッドは僕の小指の先ほどの小ささだった。

 コップ一杯分ぐらいの量はあったと思ったのだけど、思いのほか圧縮されたようだった。

 トペッドレッドが置かれていた場所の横には、トペッドレッドになれなかった不純物がスプーン一杯分ほどの山になっていた。

 

 まぁ初めてにしては上出来なんじゃなかろうか。

 でもこれで、錬金術の触りは理解できた。

 このまま少しずつ勉強して、回復薬も早めに形にしていこう。


 

 こうして僕は錬金術の勉強とダンジョン探索を交互に進め、休み明けまでに九階層まで歩みを進めることができた。

 そして九階層の探索中に、巨大な扉を発見するのだった。


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