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2-14

§〈?〉


 どこまでも続く、暗く長い廊下を私は一人歩いていた。

 廊下に窓はなく、蠟燭の火が灯るばかりで目立つものは何もない。

 歩くたびに床が軋み、空気はよどんでいる。

 分家の当主に呼び出される時は、いつもここを歩いていた。


 歩き続けた先に、襖で隔てられた部屋の入口が見えてきた。

 そこは幾重にも魔術結界が張られており、いかなる者の侵入も許さないという強い意思が感じられた。

 永夜の間。

 分家の当主が許可した者のみ出入りを許される、秘匿の間。

 この場所を知っている者も、ごく少数にとどまる。


 部屋の前まで来た私は躊躇うことなく襖を開けた。

 開け放たれた襖の奥は、暗く静かな部屋が広がっていた。

 畳の敷かれた広い部屋。

 その中央には、すでに当主が座を占めていた。

 以前と同じ場所に、同じ格好で、同じように。

 私は無言で永夜の間へ入ると、当主の許可を得ることもなく用意されていた座布団の上に静かに座った。

 

 長い沈黙があった。

 私は身動きもせず、当主が話し始めるのをただじっと待っていた。

 

稲置(いなぎ)

 腹の底に響く、低い声だった。

「はい」

「お前の名を騙る慮外者が現れた。桜色の髪に騎士甲冑の女だ。見つけ出して始末しろ」

「はい」

 淡々と、私は当主の命を聞く。

「どこの者かはわからぬが、情報を聞き出そうとしていたようだ。野良ではないだろう。だが、野良であるのならば迷宮の確保は必定。わかっているな」

「はい」

「お前の偽物だ。お前が肩をつけろ」

「はい」


 それだけ言うと、当主は押し黙った。

 しばらく当主を見ていたが、それ以降話し出すそぶりもないので、私は永夜の間を退席した。

 必要なことは聞けた。

 あとは任務を遂行するだけ。

 淡々と、冷静に、何も感じずに。




◇◆◇◆





 

 週末、父さんが遊びに来た。

「樹~元気にしてたかぁ」

 父さんは相変わらずスキンシップが激しく、家に来て早々僕の頭をなで始めた。

「うげぇ」

 寂しいのはわかるけど、高校生の息子にこういうノリは止めてほしい。

 

 父さんは、引っ越してすぐは毎週遊びに来そうな雰囲気を醸していたのだけど、仕事が忙しくて2ヶ月ほど経った今日までで二回しか来ていなかった。

 僕としては、これくらいの頻度で来るならまあいいかと許容できるんだけど。

「樹がいなくてお父さん寂しかったんだぞ~」

 父さんに頭をぐしぐしされている間、僕はうざいうざいと言いつつも、別のことに気を取られていた。

 

 ……まただ。

 ダンジョンが消えている。

 

 父さんが来てすぐに、入り口の閉じた感覚があった。

 いや、閉じた感覚というより何も感じなくなった、というほうが近いだろうか。

 父さんが来るたびにダンジョンの入り口が塞がるのだ。

 どういうことだ?

 母さんやあこや、かづきちゃんが居る時は消えることもないのに。

 ダンジョンは、父さんに入られたくないのか。

 いや、父さんだけじゃない。

 以前、江畑くんが来た時にもダンジョンが消えたことがあった。

 情報が少なく角度の低い推測しかできないのだが、現状考えられるとすれば、それは……血だろうか。

 三橋の系譜にしか入り口を開かない、とか。

 それなら納得できるけど……でも、どうして。

 おじいちゃんは、このことも知っていたのだろうか?

 う~ん…………


 ぐりぐりぐりぐり

「そろそろやめない?」

「お?」



 

 父さんは日曜の朝に帰って行った。

 なので、ここからはダンジョンブートキャンプの時間だ。


 今は午前十時、明日の学校までの時間ずっとダンジョンに籠れば8日ほどの時間が作れる。

 その時間を使って、錬金術を勉強しがてらダンジョン十階層めざして探索を進めることにした。

 ちなみに迷宮の呼び方がダンジョンに戻っているのは、こっちのほうが何となく僕の中でしっくりくるからだ。

 ずっとこう呼んでいたからね。

 

 食料と水は十分工房に用意してある。

 まずはダンジョン探索から始めよう。

 僕は地図埋めを()()()()()ダンジョン四階層までを早足で抜け、ダンジョン五階層へ向かった。

「さて、また端から始めるかな」

 五階層に到着すると、僕は地図に矢印が示されていることを確認しながら端の道を歩き始めた。

 僕が歩を進めると、少し凹凸のある羊皮紙の上を矢印が動く。すると矢印を中心に、円状に地図が描かれていった。

 

 この地図は以前見つけた部屋とは別の隠し通路で見つけたものだ。

 ダンジョンに遭難する直前に、僕の靴を体の中に浮かせていたスライムがいたことを覚えているだろうか。

 スライムは大体同じような場所をふらふらと徘徊しているものだが、靴を取り込んでいたスライムはどこかへ一直線に移動していて、不思議に思っていたのだ。

 気になって後をつけてみると、スライムは一階層の端にある壁に埋まるように消えていった。

 見えない壁は初めてのことではないので、冷静に中を覗くと勾配のきつい急な下り坂の通路になっていたのだ。

 先へ進んでみると、出口はとても広い空間になっていて、そこには大きな地底湖があった。

 鍾乳洞がいくつも連なるように生えていて、壁からの青白い光で地底湖は神秘的な輝きを見せていた。

 

 スライムは地底湖の中にぽちゃんと入ると、輪郭をなくし水の中へ消えていった。

 湖の中を覗き込んでみると、明るい水の中には様々の物が沈んでいるのが見えた。


 刀や槍、防具に兜といった戦争の道具から、荷車や鞄、旗、椅子、机、衣服にコップ、生活用品。楽器もあるようだ。何に使うかも分からないような不思議な形の物に、大量の木片、果てにはブラウン管のテレビまで沈んでいる。少し探せば、僕のテントの残骸も見つけることができた。

 きっとここは、スライムたちのゴミの集積場なのだ。

 

 しばらく眺めていると、別の壁からスライムが出てきて湖に飛び込んでいくのも見えた。

 随分いろんなところに繋がっていそうだと考え、あたりを見回してみたところ、僕の立っている陸地の端に、宝箱があるのを見つけたのだ。

 それも、以前隠し部屋で見つけた、あの革張りの豪華な奴をだ。

 それを目にしてしまえば、もう抗えない。僕は吸い寄せられるかのように半ば無意識的に宝箱へと向かった。

 そして、そこに入っていたのが、丸まった羊皮紙の形をした地図だったというわけだ。

 

 地図を自分で書かなくてよくなったので探索スピードは飛躍的に伸び、描き間違うこともなく完璧な形の地図が見れるので安心して探索ができるようになった。

 しかし、どうにも劣化版〇ーグルマップな感が否めなく、微妙な気持ちになるのだった。


 

 僕は二日を掛けて、五、六階層の地図埋めを終わらせた。

 道中出てくる植物型のモンスターは剣の一薙ぎで倒せてしまうので進みは早い。

 火炎桔梗(トラジ)の炎は出される前にシノグロッサムで茎ごと真っ二つにすればいいので酸欠になることもない。

 技を使うといくらか疲弊するので、疲労がピークに達する前に錬術師の工房(きゅうけいじょ)に戻り一休みした。

 宝箱はすべて回収して回り、防具も腰の装備と、スカートに合わせる上着を見つけることができた。

 上着はインナー同様ノースリーブの肩だしタイプで、白地に青い模様の入ったシンプルなデザイン。

 腰の装備は骨盤を守るように左右に金属プレートが付いているが、そこからマントのような布が足首辺りまで伸びている装備だった。

「大分装備が増えてきたな」

 僕は装備の完成が近づいて来たことを実感してうれしくなった。

 装備を全体的にみると、西洋の伝統的な甲冑というよりはどこかコスプレのような、機能性よりデザイン性を意識した作りになっている様に感じられる。

 惜しむらくは、これが女性用の装備であるということだ。

 男性用なら絶対かっこいい装備になるだろうに。

「お姉さん、今からでも男物に変えてくれませんか」

【提案を棄却します】

「え~、そんなこと言わずに、お願いしますよ~」 

【棄却します】


 お姉さんは最近、話しかけるとこんな風に反応を返してくれるようになった。

 と言っても、会話をしてくれるのは五回に一回ほどだし、ダンジョンのことはやっぱり教えてくれない。けど、軽口を言い合えるような距離感になってきたようで、少しうれしかった。

 こうやって少しずつお姉さんを攻略していくのも、ダンジョン探索の楽しみの一つになっていた。


 

 六階層の地図埋めを終え、探索がひと段落したので今度は錬金術の勉強を始めようと思う。

 けど、その前に隠し部屋に設置したショウジョウたちの様子を確認してからにしようかな。

 僕は地図を頼りに五階層と四階層の連絡通路まで戻ってきた。


 隠し部屋に着きショウジョウたちの様子を確かめると、残念なことに三匹動かなくなっていた。

 僕はその子たちに対して手を合わせた。

「ごめんね」

 

 実験を開始してから二週間ほどが経っているので、このショウジョウたちはダンジョン内の時間にして百四十日生きたことになる。

 これは驚くべきことだ。

 寿命の個体差は多少あれど、五か月近く生きる個体など聞いたことがない。

 しかも他の個体は未だに瓶の中を元気に飛び回っているのだ。

 これはもう、僕の仮説が証明されたようなものだ。

 しかし、どういう原理で長く生きたのかがわからなかった。

 

 病気などを除いた老衰による死は、細胞の劣化によって起こるとされている。

 生き物の細胞は、細胞分裂するごとにテロメアと呼ばれる染色体の末端部分が短くなっていく仕組みになっている。

 そして短くなりすぎてしまった細胞は、正常に細胞分裂を行うことができなくなってしまうのだ。その結果が老衰による死。

 これはヘイフリック限界とよばれ、人間では五十回ほどの分裂が限界とされている。

 テロメアを伸長させるテロメラーゼという酵素があることも知られてはいるが、ダンジョンに入ったからと言ってその酵素が作り出されるようになるとは考えずらい。

 時間ではなく体感的な部分が十倍になっている可能性は、最初の時計の実験によって否定されているし、他に理由が思いつかない。

 であれば、やはり魔法的な部分からのアプローチが重要になってきそうだ。

 キアミお爺さんの置き土産になにかヒントが隠されていないか、錬金術の勉強の合間に調べてみることにしよう。


 僕は死んでしまったショウジョウたちを埋葬するため一度地上に戻り、それから錬金術の勉強を始めた。


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