2-13
§〈降魔抗衡隊 予備隊員K〉
その日、空から天使が舞い降りたの
今日のお仕事は、新しくできた迷宮の封印作業を手伝うことだった。
封印と言っても、作業を行うのは分家お抱えのふじつ師たちで、私は知らない人が来ないようにバリケードの内側で立っているだけのかんたんなお仕事だった。
周りの隊員は車を誘導したり、封印作業のお手伝いをしたりって忙しそうにしていたけど、私はただ立っているだけでいい、って言われていた。
理由は単純。私がバカだからだ。
運搬作業を手伝えば転んで中身をぶちまけて、現場集合の日は迷子になってばかり。現場には私物を置き忘れ、そのせいで終電を逃してタクシーで帰ることもあったり。
何か作業を手伝うたびに仕事が増えてしまう。
もうお前は何もしなくていい、が隊長の決め台詞だった。
そんなバカな私が迷宮の仕事につけるのは、お父さんがちょっと偉いからだとお母さんは言ってた。
お母さんは私のことをバカだバカだと口を甘酸っぱく言う。ほんと、いやになっちゃう。
だから今日のお仕事も、立っていればいつの間にか終わっているはずだった。
でも急に大きな音がして、なんだろうって壁の中に入ってみたら迷宮内の魔獣が外へ出てきてて、とてもびっくりした。
「なに勝手に壁の中入ってるの!」って仲良しの蓮子ちゃんに怒られちゃったんだけど、私を引っ張って逃げてようとしてくれたの。でも入り口がなくなってて逃げれなくて、どうしようって思ってて、そしたらふじつ師の人たちがぐろーしーるどを使って魔獣から助けてくれて、でも血が出てる人がいっぱいいて、ぐろーしーるども長く持たないって言って、皆怖い顔してた。
機械の怖い魔獣が目の前でほえててとっても怖くて、でも蓮子ちゃんに子供みたいなこと言わないのって怒られちゃった。
そしたら、ぐろーしーるどもすぐに壊されちゃって、ぜったいぜつめいのピンチ!
もう私の人生もここで終わり、はかない人生だったなってじんせいの句を書いてたらね――――空から女の子が降りてきたの。
お日様の光でキラキラ光る髪に、かわいいピンクのお花の髪飾りをつけてた。
「大丈夫?」って、とってもきれいな声だった。
昔の騎士様のようなかっこいい鎧をつけてて、でもひらひらのかわいいスカートをはいてて。その女の子がね、こっちを振り向いたとき、目が合っちゃったの。
ちっちゃな可愛らしい顔についた、宝石みたいにキラキラ輝くおめめ。とってもきれいだった。
女の子はすぐに魔獣の方を向いちゃったけど、私の目はその子から離れなかった。
魔獣の攻撃をすてきにかわして、剣からすごい技を出して、さっそうと空を飛びまわる。
戦っている姿がとってもきれいで、とってもすてきで、見ほれちゃってた。
「小柄な女性であるにも関わらず、あの武威……まさかあの方が」
隣で蓮子ちゃんも一緒に驚いてたけど、蓮子ちゃんは今は目に入らない。
沢山いた魔獣はあっという間にいなくなっていった。
途中で私たちに魔獣が襲い掛かって来たとき、蓮子ちゃんが私の手を引いて逃げてくれたの。
でも私、どんくさくて転んじゃって、魔獣にかみつかれそうになっちゃった。
痛いのは嫌だって目を閉じたんだけど、その時に体がフワッて宙に浮いた感じがしたの。
なんだろ、って目を開けたら、あの女の子の顔が目の前にあった。
「怪我はありませんか?」
もうびっくりしちゃって、なんて答えたのかもぜんぜん思い出せないの。
「わ、わたた、だいじょうぶでしゅ!!」
がれきの上にそっとおろしてもらった後も、腰が抜けて動くことができなかった。
あの子はきっと、ピンチの私たちに神様が遣わしてくれた天からの使者。天使ちゃんなんだわ!
きっとそうに違いない。
その日、私の生きる目標が決まった。
蓮子ちゃんに引きずり搬送されながら、天使ちゃんが魔獣を倒し終える姿を、私は最後まで目に焼き付けていた。
◆◇◆◇
一通り機械型のモンスターを倒し終えた僕は、剣と盾を背中に収納し一息ついた。
手ごわい敵だった。
一匹一匹は大した事はなかったのだけど、彼らは連携が上手く、何度か攻撃をかわし切れないことがあった。
盾がなければきっと何か所か傷を負っていたに違いない。
「何とかなってよかった、けど」
怪我をしていた人たちが心配だ。
周りの様子を確認すると、壁沿いの瓦礫は撤去されたようで怪我人の搬送が始まっているところだった。
軽傷の人もいるけど、頭から血が出ているような酷い傷の人もいた。
こんな時、回復薬があれば使ってあげられるのに。
僕は怪我人へ何もしてあげられないことに歯がゆさを感じた。
せっかく錬金術を学ぶ環境があるんだから、今後は優先的に回復薬の改良をしていくことにしよう。
…………ところで、さっき助けてあげた女性からすごく熱い視線を感じるんだけど、あれは無視しちゃダメかな。
あ、こっちに来た。
二十代ほどの見た目の髪の長い女性は、今にも走りだしそうな速足で僕の前まで来ると、ガシリと僕の手をつかんだ。
「天使ちゃん!助けてくれてありがとう!」
「て、天使ちゃん!?」
急にそんなことを言われては、目が白黒してしまう。
どうして天使?
助けてあげたから……吊り橋効果的な?
彼女は僕の手をぶんぶん振りながら、捲し立てるように話しかけてくる。
「さっきの戦いとってもすごかった!あなたはだれ?どこから来たの、やっぱり天国から?空をヒュンって飛んでたやつどうやったの!私にもできる?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。そんなに質問されても答えられないから」
「えぇ~じゃあ、一個ずつ言うよぉ」
女性はどれにしようかと、指折り数えながら悩む。
「そ、その前に、あなた方はどういった方たちなんですか?」
僕は彼女に先んじて、気になっていたことを聞いてみた。
道の真ん中にできた迷宮を塞ぐように大規模な壁を作れる人たちだ。相当大きな組織に違いない。
民間ではないとは思うけど、壁の中をぼやけさせて見えなくしていたのだ。政府に隠れて活動している可能性も否定はできない。
「あ、そうだった。初めての人には自己紹介しなくちゃね」
彼女は僕の質問に答えてくれるようで、背筋を伸ばして胸に手を置いた。
「わたし安曇家所属、降魔抗衡隊予備隊員の鞍馬 鹿奈だよ」
明るいブラウン色の髪をなびかせ屈託なく笑う姿は、大人な見た目に反して随分と幼い印象を受けた。
というか、なにそのかっこいい部隊名。
「あなたは?」
「うぐぅ」
すぐに質問を切り替えされてしまい、思わずぐうの音が出てしまった。
……なんて答えよう。
適当なこと言ってこの場を切り抜けられないだろうか。
僕が答えに窮していると、後ろからずんずん歩いて来た女性が横から口をはさんだ。
「バカ。この方は稲置様よ」
い、いなぎ?
また変な呼び方されてるし……。
どんどん変な勘違いが広がっていくようで、僕は頭が痛くなってきた。
「あ、蓮子ちゃん」
鞍馬さんはやってきた女性に声をかけると、僕に紹介してくれた。
「この子は蓮子ちゃん。わたしの友達~」
「敬語使いなさい」
「あでっ」
「水無月蓮子と申します。お会いできて光栄です稲置様」
鞍馬さんの頭をぽかりとした後で、水無月と名乗る女性は優雅にお辞儀をした。
僕とあまり変わらないほどの年齢の彼女は、少したれ目でおしとやかな印象を受ける。
「いなぎ様だったんだぁ……いなぎ様って私より偉いの?」
「そうに決まってるでしょ。というか、あなたは偉くないの」
「えぇ~」
「偉い人はこんな木っ端の仕事なんてしないでしょ」
「それもそっか」
鞍馬さんはちょっとバカっぽいな。
それよりも、誤解を解いておかないと。
「あの……僕、イナギって人じゃないんですけど」
「え?」
僕の言葉に大きく目を見開く水無月さんだったが、訝し気に首を傾げると何かひらめいたかのように大きく頷いた。
「……なるほど、なにか事情がおありなのですね」
水無月さんは僕の言葉を変に解釈したようで、一人で納得してしまった。
その後ろで鞍馬さんは「僕っ子キタコレ」と鼻息を荒くしていた。なんかこわいなこの人。
「いや、本当に違うんですよ。僕は稲置って名前の人じゃなくて――」
「わかっています。そういうことなのですね」
いや、そういうことじゃないんだけど……。
「イナギ様じゃないならやっぱり天使ちゃんよ!」
鞍馬さんは、興奮した様子で僕に詰め寄ってくる。
僕に抱き着こうとする鞍馬さんを阻止しながら、水無月さんは僕に言う。
「表に出られない事情がおありなのに、こうして御身の姿を皆の前にさらしてまで助けてくださり、隊員一同にかわり心より感謝申し上げます」
水無月さんはその場でひざまずく。
「ほら、かなちゃんもやるの」
「あ、は~い」
水無月さんに言われ、鞍馬さんもその場に膝をつく。
「感謝いたします」
困ったな。完全に勘違いされてる。
でも、正直勘違いされて助かってる面もある。
僕の正体を問い詰められても、どう答えたらいいか分からなかったから。
それよりも、この会話でこの人たちの背景がちょっと見えてきた気がする。
この人たちは、人知れずダンジョンを管理している人たち、なんだろうな。
ダンジョンが世に知れ渡っていないのも、この壁のように外から見えないよう隠していたから。
この状況はそう考えるとつじつまが合いそうだ。
そう考えると、全国的、いや、全世界にダンジョンがあるのかもしれない。
この地域だけに特異的に発生している可能性も捨てきれないけど。
……こうなったら、いなぎさんに成りすまして、少し情報を聞き出してみようかな。
僕は少し考えるように息を吸う。
「それで、この状況はどういうことなんですか。なるべく事の始まりから説明してください」
「?はい」
水無月さんは一瞬どうして初めから?といった顔をしたが、すぐに状況報告を始めてくれた。
「先日安曇家の管轄内にできたこちらの迷宮を精査したのですが、立地が悪く、これといった旨味もなかったため封印する運びとなりました」
「封印?」
そんなことができるんだ。
どんな方法を使ったらそんなことができるんだ?
それに、どのような状態になるんだろう。
「何かありましたか?」
「ううん、続けて」
「本日封印作業が行われることになっていたのですが、現場に巫術師が到着したのと同時に何らかの理由で魔獣が外へ出てきてしまい、やむなく応戦。魔獣の猛攻により壁が崩れ退路が断たれてしまい、支部からの応援が来るまで遅滞戦闘を行っておりましたがそれも間に合わず、あわやという時分に稲置様が駆けつけてくださったのでございます」
モンスターのこと、魔獣って呼んでるんだな。合わせないと。
「魔獣が出てきた理由は?」
「えっ、理由、ですか……それは……」
よどみなく答えていた水無月さんだったが、僕の質問に急に困惑したように答えられなくなった。
まずいこと聞いちゃったかな?
「あ、いいよ。水無月さんの知見を聞いてみたかっただけだから」
「そのようなお考えがあるとは知らず、申し訳ありません。未だ解明されていない状況ではありますが、私共一同も粉骨砕身して原因究明に努めさせていただきます」
なるほど、原因がわかってなかったんだ。
「きっとお外の空気を吸いたかっただけよ」
「適当な意見で口を挟まないの」
「ぐわぁぁ、それはやめてぇ~」
水無月さんは鞍馬さんのこめかみをぐりぐりする。
鞍馬さんはさっき、予備隊員と言っていた。予備にもかかわらず戦闘もこなすなんて過酷な仕事だ。
「予備隊員も大変だね」
僕がそう言うと、水無月さんはばつの悪い顔をした。
「その、申し訳ありません。この子が勝手に魔防壁の内側に入ってしまったので」
「だって気になったんだもん」
「かなちゃんはちゃんと反省しなさい」
あ、なるほど。予備隊員は本来壁の内側に入っちゃダメなんだな。
それなのに勝手に入って知らぬ間に戦闘に巻き込まれた、と。
これは怒られるやつだな。
「ちゃんと反省させますので、どうか寛大なご処置をお願いします」
水無月さんは頭を下げる。
「ん~、僕からは何も言えないかな」
僕は部外者だし。
僕は適当に答えただけだったが、水無月さんはそれを聞いてほっと息を吐いた。
「その言葉だけで十分です」
さて、あとは何を聞こうかと考えを巡らせていると、後方で作業していた、現場監督らしき人がこちらに歩いてきているのが見えた。
そろそろタイムリミットか。
「僕のことはなるべく秘密にしておいてくれる」
「ご随意に」
「どうして~」
「事情がおありなのよ」
「そっかぁ」
同意の言葉だけを聞くと、僕は踵を返して壁の上まで駆け上がった。
「あ、天使ちゃん待って!まだお話ししたいこと……」
悪いけど、これ以上いたら正体がばれそうなんだ。
鞍馬さんの引き留める声を聴きながら、僕は壁から近くのビルへと飛び移った。




