公開演習の裏方
公開演習日の午前中のお話です。
拝啓、メリアランお嬢様。
私、ヒルダは絶賛後悔中でございます。
わが身可愛さに、あの魔王の弱みを握るチャンスを自ら捨ててしまいました。
あの夜、どうして被害者にならなかったのかと、本気で考えた事も1度や2度ではありません。
公私を分けるにしても程がありますが、仕事から外れましても魔王は変わりませんでした。
ただ、とろけるように甘い笑みが、ごくたまーに見れます。
罠です。この罠は破壊力がすごいです。
もう一度チャンスを作ろうかと思いましたが、私の中の何かが全力で止めておいたほうがいいと訴えており、今だ実行には至っておりません。
婚前交渉など言語道断等という意識も薄れてきましたが、お嬢様、どうぞ清いお心のままお過ごし下さい。
それから……、だめですね。こんな内容とてもお嬢様に送れない。
私は原型がなくなるまで破り、ゴミ箱へ捨てた。
討伐を追え帰還した昼過ぎ、簡単な解散式を終えて隊員達が立ち去った後、疲れた体を引きずって屋内訓練場に向かった。
荷物を端において、組み手の訓練と相成った。
向かい合ったその時から目つきが危なく変わる。
ゾッとして一歩後退するが、逃げたらもっと酷い目にあうだろうと思い、全身強化して挑む。
何度か押し合いに負け、入り口の付近に飛ばされた時だった。
起き上がろうとした私と、半開きのドアから中を見ていた男と目が合った。
「あ…」
どちらもつぶやいたと思う。
見たことある男は遊撃隊の1人だった。
「あっ」
あわてた声を出し、男は足がもつれるように駆け出して消えた。
「どうした?まだ終ってないぞ」
首だけ振り返れば、黒いオーラ全開でゆっくり近づいてくるジェイの姿があった。
なるほど、あの男の逃げた理由が分かった。
おそらく夕方の訓練には彼も出るだろう。その前にここで見たことを広めるに違いない。
「見られましたよ」
「構わん、牽制になる」
「夕方の訓練の人数が減るかもしませんね」
「あぁ、そっちか。怠けた奴は倍扱く」
だ、そうです。皆さん頑張って訓練参加してくださいね。
こうして倒れるまで訓練された後、ようやく明日1日の休みを言い渡された。
訓練場に座り込み、肩を大きく上下させ息をしている私をじっと見ていたジェイが、口元を手で覆ってからつぶやいた。
「…ヤッときゃ良かった」
聞こえなかった事にしましたよ、切実にね!
でもって、あわただしく日々は過ぎ、とうとう公開演習当日となった。
騎士団の全員が隊列を組んで、郊外の演習場へ向かった。
もちろん見習いの騎士達も教官の先導の下参加する。
そして補佐官は、王城である午後の準備に大忙しで駆け回っていた。
「サリー、それ何!?」
共同執務室にエドと戻ってきたら、フランドールさんの机の上に大きな箱を乗せていた。
「あぁ、これ?フランドールさんの御前試合用の帽子」
カパッと開けてくれた箱から、ふわふわのショッキングピンクの羽が山盛りのハットを取り出す。その後も箱から金の馬、金の剣、金色の星が連なった鎖などが次々に取り出される。
「まさか、組み立てるの?」
「そうなの。最終的には被っていただいて、微調整して完成」
もはやそれは帽子ではなくて兜ではないだろうか。
「確かに御前試合は銀の鎧を装着しますが、頭部の攻撃は認められていないので兜なしですもんね」
「それって見目麗しい顔を晒さないと、観客が喜びませんよってことですか?」
「そうとも言います。御婦人方の圧倒的支持は何より強いですから」
僕は平凡でよかったと笑うエド。
「あ、そういえば、ジェイさんの乗る馬が変更になったって連絡がきたわ。アイザンクライ号の調整が間に合ったんですって」
「え?それなら馬具の確認に行かないと」
綺麗に仕上がった正装を机の上に置いて、騎士棟裏の馬場へ向かう。
実はジェイの愛馬は気性が荒く、しばらく調整に出ていたと聞いた。それゆえ今回の演習は全て、討伐隊にも同行した予備の馬で行うはずだった。
「マダックさーん!」
作業着姿の髭もじゃのおじいさんを見つけ、手を振る。
「おぉ、べっぴんさん!やっと来たな」
「すいません」
なぜかこのおじいさんは、補佐官をあだ名をつけて呼ぶらしく、サリーは帽子のお嬢さんと呼ばれている。ちなみにエドは豆坊主。
「こいつがジェイナスの愛馬、アイザンクライ号じゃ!」
どうだ、とばかりに左手を勢いよく畜舎の方へ振り上げた。
畜舎の手前に繋がれた馬を見て、私は目が点になった。
それは黒々とした鬣を持った黒馬だった。
優しい目を持った馬のイメージはどこへやら。鋭い目つきに巨大な体躯。サラブレットのようなしなやかな筋肉を持った軍馬が多いのに、この馬はそれよりもはるかに大きく、昔テレビで見たばん馬のように横幅も、足もがっしりとした筋肉で覆われている。
「な、なんですか、この馬?」
「はっはー!これはある時森に現れた巨大な1頭の馬を先祖に持つ、ベジャンコードという馬だ。軍馬として大切にされているが、如何せん気性が荒いのでなかなか乗り手がつかないが、こいつの馬力はすごいぞ!鉄の棒すら折ってみせる」
ある時森にって、それ異世界トリップしたばん馬で間違いないんじゃないかな。
ガシャンと鎖を引きずる音と、荒い鼻息が聞こえて思わず肩をすくめる。
よく見れば首と胴体から2本ずつ太い鎖が伸びて、地中に打ち止められている。
「魔王にふさわしい馬ですね…」
「はっはっはー!繁殖期が終ったから大人しくなったもんじゃ」
「他にもベジャンコードっているんですか?」
「見るか?」
こっちじゃ、と連れて行かれた先は更に奥。
木ではなく、数メートルもある頑丈な鉄の柵が二重に組まれた放牧場だった。
その中でベジャンコードは放牧されていた。
のびのびと寝そべる馬、ゆっくり歩いて散歩をする馬、そしてその太い首を打ちつけあっている馬達、更に放牧場の柵に沿って地響きをたてて走る馬もいた。
首を打ち付けあう2頭から、ドスドスと野太い音がする。
「あれ、ケンカしてません?」
「いぃやぁ、あれはじゃれとるだけ」
ドドドッと砂埃をあげて爆走してきた馬に目線を合わせる。
「あれは?」
「気分がいいんじゃろ、天気もいいし」
10数頭いるベジャンコードはどれも大きかった、が、あのアイザンクライ号はかなり大きいとわかった。
「アイザンクライ号は先祖返りが激しくてな。あいつと同じような馬があと3頭おる。乗り手がいるのはアイザンクライ号とジャッハソルト号だけじゃ。
ちなみにジャッハソルト号は奥にいる栗毛の奴じゃ。
他の2頭と普通のベジャンコートは全部郊外の専用馬場におるがの」
きっと要塞のような牧場だろう。
とりあえず馬具の装着をお願いして、ブルルッと荒く鼻をならすアイザンクライにビクつきながら畜舎を後にした。
執務室に戻ると、エドが軽食の準備をしていた。
ちなみにサリーは帽子の組み立てに取り組んでいる。
「昼前に皆さん戻ってきますよ。解散後そのまま入浴して、ここで軽食とり正装へ着替える。1時に入場門前集合です」
進行表を読み上げるエドに、はぁっとため息をつく。
「どうして入浴が入るのか疑問だわ」
「汗臭く汚いまま王侯貴族の前に出るわけにはいきませんからね」
その後は当日になって変更された警備の配置連絡や、一足早く入城した貴族達の遊撃隊へ、あるいは名指しの贈り物を受取ったり、案内させられたりした。
埃を被ったジェイと、あなたどこにいたんですか?と疑問になるくらい綺麗なままでフランドールさん
が戻ってきた。
「あー、大規模演習はいいな」
だいぶ暴れたようだ。
清清しい顔をしているが、まだ目がギラついているジェイを見たエドは、遅れて部屋に戻ってきたオードルさんの後ろにあわてて避難していた。
「すばらしい!」
「ありがとうございます」
と、塔のように積み上げられた金細工盛りの帽子を褒める彼らを無視して、私は予定より押している時間を気にしてジェイの横についた。
「時間が予定より遅れています。すぐ入浴してきてください。目安は15分です。
それから御前試合の騎馬戦はアイザンクライ号がでます」
「あいつ、間に合ったのか」
「先程マドックさんに確認もとりました」
さぁ行けとばかりに着替えを持たせて部屋から追い出す。
遊撃隊の色は黒。襟元から合わせの部分に銀糸が縁取っている。上質の生地で出来た隊服の胸元に、決められた順番で3つの勲章を付け、銀糸で細く三つ網みされた飾緒と房のない肩章、マントも一度取り出して用意して待つ。
フランドールさんが先に戻り、軽食を取り始めても戻ってこない。
やっと戻ってきたジェイは、やはり髪を乾かさずにいたので、座らせた後机に軽食を並べた。
タオルを取り上げてわしわしと水分を拭き取る。
「固形物から先にお召し上がりください。このまま乾かします」
「あのな、子どもではないんだが」
「はい、櫛入れます」
「……」
「次、整髪材つけます」
ジェイは黙って食べ始めた。
それを見てたオードルさんが大笑いを始めた。
「本当に甲斐甲斐しいメイドさんだ!あっはっはっ」
フランドールさんもおもしろそうに見ていたが、構ってられない。
「こちら、あなた宛に届けられた贈り物のリストです。こっちは出場する遊撃隊員への贈り物リストです。一応目を通しておいて下さい。交流会の前にまたお見せします」
嫌そうにサンドイッチに齧り付いたジェイ。
あ、パン屑服につけないで下さい!
本日も読んでいただきありがとうございました。
評価もいただき、ありがとうございます。




