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最終話


 ◇



「白鳥くん、ごめん、あの、それ」


 レポート掲示場所の前まで進むと、私は白鳥くんが手に持っている封筒に目線を送った。


「これ桃井さんだったんだね」


 彼が私の名前を知ってることが不思議だった。私と白鳥くんの認知率は非対称なはずだ。

 しかも、なじられる覚悟をしたのに、白鳥くんは私に微笑んだ。


「桃井さん、ロッカー間違えてるよ。黒川のロッカーは俺の隣」

「へ?」


「宛名書いて無かったし、これ学校からの連絡か何かかと思って見ちゃった、ごめん」

「あれ……え?あの……」

「桃井さんの好きな人って黒川でしょ?」


 なんでバレてるの!! しかも白鳥王子に!!


「俺が打たれて嬉しそうな顔してるの、この学校で桃井さんだけだったから。なんでかなって思って、それで気づいた」


 平静を装っていたのに、顔に出てた!!


「私はなんて失礼なことを……!」

「はは、ボール行けばガッツリ黒川見れるもんね」


 図星も図星で、私は顔が真っ赤になった。


「これ自分宛だと思って、部室で雰囲気悪くしちゃった」


 私が事態を飲み込めない様子でいると、白鳥くんは続ける。


「俺、次の県大会出れないんだ。肘の故障で。わりとみんな知ってる話なんだけど。桃井さん、知らなかったよね?」


 私は呆然とする。みるみる目に涙が溜まっていく。



 ――県大会がんばってください。


 無神経にも、私はそれを嘘告白の手紙に書いた。しかも黒川宛てのをそのまま使い回しで。



「たった一行にものすごく腹立って。最初は野球部の誰かの仕業だと思った。でもよく俺、鍵忘れた時とか、ロッカーに女の子からいろいろ入ってたから、本人が直接入れたのかなって。俺のこと好きとか言いつつ、あんなこと書いて寄越した女子が、一体誰なのか突き止めてやろうって思ったんだ」


「でもこれ桃井さんの字だって分かったら急に力抜けてさ。きっと俺のことなんて何も知らないんだろうなあって思った。桃井さんって黒川しか見てないし。ていうか、そもそもこれ俺宛てじゃないな?って」


「黒川いいやつだよね。朝も、俺がキレてたの心配して声かけてくれたのに。無視しちゃったわ、悪かったなあれ」


 耳から入ってくる白鳥くんの言葉すべてに、私は切り刻まれているような心地がした。何も答えられないでいると、予鈴がなった。朝のホームルームの時間だ。



 白鳥くんは封筒をひらひらさせて言う。


「ねぇこれ俺がもらっていい?」


「えっなんで!?」


「俺宛ての嫌がらせじゃないってわかったら、なんかいいなあって。黒川に一所懸命書いたんでしょ。これ見てたら俺も頑張れる気がする」


「そんなことありますか!?」


「あるある。誰にも見せないから。それにこれそのまま黒川に出したら、俺に中身見られてるのわかっちゃうじゃん。別に新しく書きなよ」


 なんだかよくわからない理屈で、白鳥くんは私の手紙を自分のポケットに収めた。

 私も真犯人の手前強く言うこともできず、偽のラブレターが仕舞われるのをただ見ているだけだった。


「なんかやる気出てきたわ。秋の大会は無理なんだけど、春までには復帰する。黒川のついででいいから応援してよ」



 そう言い残すと、白鳥くんは軽やかに自分の教室に入っていった。



 私は呆然と廊下の奥に立ち尽くしていたが「予鈴鳴り終わってますよ」と担任に注意され、慌てて教室に入る。黒川は先に席についていた。ちらちらと心配そうに、こちらを見てくる。


 次の休み時間に黒川と話そうと思ったが、叶わなかった。私はクラスの女の子たちに囲まれた。


「桃井さん、白鳥王子と何話してたの?」


「あんなに長く女子と喋ってるの珍しいよね」

「もしかして告白? 告白してたの?」

「みんなガン見してるような場所でしないでしょ」


 矢継ぎ早やの質問に圧倒されるが、私は適当に誤魔化した。


「なんか白鳥くん、私の課題レポートがすごい刺さったらしくて、いろいろ質問されちゃって」

「へぇどんなの? 見に行こ」



 白鳥王子のイチオシらしいという理由で、私のGoogleMapを貼って感想を書いただけの課題レポートは大人気となった。なんと学年投票でオーディエンス賞を獲得し、職員室前の廊下に向こう半年間掲示されることとなった。

 「えっこれがですか?」と担任に言われたが、私も同意見である。


 以来、私は職員室前の廊下を通るたび、アドリア海の針穴レポートが目に入って、ちくちくと嘘告白の痛みをぶり返している。





 白鳥くんはあの日の放課後、部室でみんなに頭を下げたのだそうだ。


「全然嫌がらせとかじゃ無かったです、勘違いでした、サーセン、みたいな」


 黒川があまり寄せずに白鳥くんのセリフを教えてくれた。


 手紙の内容を知らない部員たちは、なんかよくわからないけど良かったね?という感じで収まった。

 一方、手紙の内容を知っているドッキリ企画を言い出した先輩たちは、嘘告白じゃ無かった……?ということは嘘告白を依頼した女子が実は本当に白鳥を好きだった……!?というふうに変換したらしい。


 後日、先輩からその仮説を聞いた黒川が、私を呼び出して平身低頭で謝った。


「ごめん、俺、本当に最低だった。桃井が白鳥のこと好きだなんて、全然思いつかなくて。好きなヤツ相手に嘘告白させるなんて。ほんとごめん」


 私は拗れに拗れた誤解を前に、天を仰ぐ。でもこれも含めて、私のしたことの罰なんだ。


 白鳥くんが完全復帰して、アドリア海の針穴の掲示期間も終わったら、私の(みそぎ)の期間も終わるような気がする。そしたら、ちゃんと黒川に告白しよう。でもどうやったら、黒川に本気の告白と伝わるのだろうか。


 盛大に誤解している私の好きな人を前に、嘘告白なんかに手を染めるもんじゃないなと、強く思ったのだった。




(完)


お読みいただきありがとうございました!

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