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番外編 もういちど書いたラブレター


 ずっとずっと好きでした。

 付き合いたいとか、身の程知らずなことは考えていません。

 でも別の人を好きだと勘違いされているのはつらいです。

 あなたのことをずっと好きだった私がいることを知ってほしくて、この手紙を書きました。

 (県大会)がんばってください。



「できた」


 私は鉛筆を置く。前の文面にそのまま一文を付け足したラブレターが完成した。


 県大会のところはどうしよう。県大会は白鳥くん抜きでなんと8強まで進んだ。うちの野球部って強かったんだ、と今ごろ知った。私たちの学校は進学校(自称)の公立だから、肘を痛めた白鳥くんが華麗なる復帰を遂げればそのドラマ性も相まって、ギリギリ春のセンバツで選ばれる可能性もあるらしい。なんだその謎すぎる選抜方法は。


 ちょっと考えて県大会のところは消しゴムをかけて、「部活」に書き換えた。



 ちなみにペラ1枚のアドリア海の針穴レポートは、あまりにも雑すぎて保護者参観時に不都合という理由から、半年の掲示のはずが1ヶ月もしないうちに下げられた。

 今は次点の『教科書から消えたアウストラロピテクス』が貼られている。これは学校で習ったのに新発見により後年修正が入った事例を各教科に渡って調べ上げた狂気のレポートだった。けっこう面白かったし、「今はこんなに違うのねぇ」なんて言って保護者ウケも良かった。


 

 それから白鳥くんはなんと驚異的な回復をみせて、次の練習試合では少し登板するのだそうだ。これは本人から聞いた。


「桃井さん、まだ黒川に()ってないの?」

「はは……手紙は書いたんですけど」

「封筒ちゃんと買った?」

「はいレターセットを」

「何色?」

「え、色ですか」

「レターセットの色は何色にしたの?」

「白ですけど」

「そこはピンクじゃない?」


 白鳥くんはものすごくどうでもいい事で話しかけてくるようになった。そしてその度に出口調査が入る。



「桃井さん、さっきは白鳥くんと何話してたの?」

「次のレポートの構想を聞かれて」

「どんなのやるの?」

「え? えーーっと、白は本当に200色あるのか?にしようかなと」

「あーなるほど『白』鳥だしねー」

「どうも色に関心が高いようでした」


 私など媒介しないで、自分で話しかけに行けばいいのに、と思うが、それは超特大のブーメランだった。

 私は前みたいに黒川とうまく話せていない。今だって。



「さっき白鳥としゃべってたじゃん。良かったな?」


 そう言って黒川は私の肩をポンと叩こうとするが、ちょっと触れたところでまるで火傷でもしたようにその手を引っ込める。


「ごめん、つい昔のノリで」


「いえいえ、全然」


 よそよそしくなった黒川に、私もどこか不自然な返ししかできない。


『何よ黒川、肩ポンくらいで。なんか乙女みたいじゃん!あと私の好きな人、白鳥くんじゃないから』


 もし時間を巻き戻せたら?という妄想のもと、正しい回答例を考える。でもそんなもしもなんて意味がない。会話はリアルタイムシステムだ。


 その点、手紙というのはいい。こちらの言い分をすべて書き切ってから渡せるんだから。ただどうやって渡すかだ。教室の鍵付きロッカーに入れることもできたけど、いまや黒川にとってロッカーに手紙なんかあったらホラーでしかない。


 直接、渡そうか? でもどうやって? いつ、どこで?


 最後のラストワンマイルの策が無さすぎて、私のラブレターは通学リュックの内ポケットに仕舞われたままだった。



 ◇



 練習試合は見に行かなかった。

 黒川の勇姿を見たかったけど、白鳥くん狙いで来たと黒川に思われるのも嫌だった。せっかくふらっと見に行っても不自然じゃないホーム試合だったのに。自習室利用するフリをして、一応、制服で登校したけれど、グラウンドまで足が動かなかった。

 試合もとっくに終わった時間にトボトボと校門を出て、最寄りのバス停でベンチに座ろうとした時だった。



「桃井」


 呼ばれて振り返ると黒川だった。学校の制服はもうずいぶん前から冬服になっている。でも暑がりなのか黒川は長袖シャツ1枚だった。


「どうして今日来なかったんだよ」


 野球部の黒バックを背負った黒川は私に近づいてくる。


「白鳥すごかったんだぞ。俺もがんばったし」


 また白鳥。私は胸の中が(すす)でいっぱいになる。煤が口から飛び出さないよう、黒川の言葉には反応しないで聞いてみる。


「勝った?」

「うん勝った」


 そう言って子どもみたいに顔を(ほころ)ばせる黒川を見ていたら、強烈にこの人が好きだと思った。

 私は通学リュックのショルダーを片側だけ外す。それからリュックの口に片手を突っ込み、お蔵入りになりかけていたラブレターを求めて、内ポケットのなかをくじ引きする。


 白い封筒を探り当てると、黒川に向けて差し出した。


「えっ何? 白鳥に渡せばいいの?」

「違う、黒川に」


 黒川はその白い封筒を目にして明らかに怯えていた。私のラブレターは好きな人に恐怖を与えている。それが悲しかった。


「えっ俺?」

「そう、黒川宛て」


 黒川は恐る恐る、腕を伸ばして白い封筒を片手で受け取る。


「えっと……家帰ってから読むわ」

「いま読んで」

「あ……はい」


 黒川はバス停のベンチに黒バックを下ろすと、立ったまま封を切り、便箋を広げた。



―――◇

 ずっとずっと好きでした。

 付き合いたいとか、身の程知らずなことは考えていません。

 でも別の人を好きだと勘違いされているのはつらいです。

 あなたのことをずっと好きだった私がいることを知ってほしくて、この手紙を書きました。

  部活がんばってください。

―――◇



 黒川の黒目が文字を追っているのが分かる。その短い文章をたぶん黒川は2回読んだ。


 便箋から目を離すと、顔を上げた黒川は恐ろしいことを言った。



「もしかしてこれドッキリ?」


 黒川はキョロキョロと辺りを見回す。


「先輩に言われた? それとも白鳥といっしょに仕返ししてるの?」



 それを聞いて、私はたまらなくなって涙がぽろぽろと溢れた。溢れて溢れて止まらない。


 一度、嘘のラブレターなんか書いた人間はもう信用されないんだ。ずっと、疑われて。警戒されて。告白すらさせてもらえない。


 私の涙を見て黒川はギョッとした。あたふたして黒バックを開けるとハンドタオルを渡してきた。


「使ってないやつだから。予備のやつだから」


 私はそれで目元を押さえる。黒川は手にした便箋を少しだけ浮かせる。


「え、これ本当のやつ?」

「そう」

「ごめん……」


 どういう意味のごめんだろう。選択肢が多すぎてわからない。


 私はまた涙が溢れてきた。さっきよりも、もっと。


 バスが来たけど黒川が運転手さんにスイマセンのポーズをして見送った。


 

 私はこの恋を終わらせる覚悟をする。私は目を合わせないで尋ねる。


「黒川って好きな人いるの?」


 黒川は沈黙した後、話し始めた。


「ええと俺、中学の時も野球ばっかで。あ、その前に、小学生の時もスポ少で野球してて」


 悪い判決を言い渡す時には、主文からではなく遠回しに話が始まり、相手に心の準備をさせるっていうのを授業の余談で聞いた。私は黒川からの悪い判決を心づもりする。


「高校でもまあ見ての通り野球してるんだけど。だからあんまり女子との接点なくて。だからちょっとやり取りある野球部のマネージャーをかわいいなぁとか思ったりして」


 ふと見ると、黒川は誰かを思い出すようなそぶりをする。それに私は胸を締めつけられて、またハンドタオルで目元を覆う。


「でもマネージャー、だいたい3年と付き合ってて」


 それで黒川は野球部マネの誰かに片想いをしているのだろうか。


「まあそれ聞いてもなんだ彼氏いるのか、くらいしか思わなかったんだけど」


 だんだんと黒川の主文のない話に(いら)ついてくる。


「だから俺、あんま好きな人とかよくわかんなくって。俺のこと好きな子、降ってこないかなあ、くらいに思ってた」


 で、結局なに?と思って、私はハンドタオルを離して黒川のほうを見た。すると驚くことに、黒川は頬を染めて笑っていた。


「そしたらなんか今、降ってきちゃって、俺、すごい浮かれてる」


 私はすっと涙が引っ込んだ。まじまじと黒川を見る。


「手紙読んだときも、夢かな?と思って、信じられなくて、ついあらゆる罠を考えちゃって、なんか変なこと言った。ごめん」


 黒川はもう一度、手紙を読み返した。急に眉を寄せる。


「あれ?これ過去形?」

「いや、現在形です」


 「良かったー」と言って黒川は大きく安堵の息を吐く。それから新たな疑問が生じたのか、ハッとしてまた手紙を読んでいる。


「いちいち読み返さなくていいから」


 目の前で好きな人に何度もラブレターを読まれるのは心臓に悪かった。


「付き合わないの?」

「誰と」

「桃井と俺」


 私は首を(かし)げる。告白した後のことはあまり考えていなかった。


「いやそこまででは」

「え、そうなの? 俺のこと好きなのに?」


 黒川はだんだん物言いが図々しくなってきた。いつもの調子が戻ってきたようだ。


「うん。今まで通り友だちに戻れたらって思ってる」

「え……」

「ギクシャクしたり、白鳥くんをけしかけられたりが嫌だったから。それが無くなればべつ……」

「白鳥とかいま関係ねーじゃん!」


 黒川がそれを言うか?と思って私は怪訝な顔をしたが、黒川は気にせず一歩近づいて、私の左手首をそっと掴む。私は衝撃で体が固まった。


「付き合おうよ桃井」


 私と黒川は見つめ合う。


 そこへまた次のバスが来た。黒川がまたまた運転手さんにスイマセンのポーズをして見送った。


「ごめん、付き合うのはちょっと」

「えっなんで? 俺、振られた?」


「いや振ってないけど。もうすぐ受験生だし、黒川も野球に専念したいだろうし。付き合うとかで邪魔しちゃ悪いから」

「付き合わなくても俺、すでに桃井のことで頭いっぱいなんだけど!?」


 結局、1時間もバス停のベンチでぐだぐだした挙句、最後は黒川が土下座しかけて、私たちは付き合うことになった。



 ◇



 週明けの登校日、黒川は白鳥くんのクラスまで出向き、桃井と付き合うことになったから!と報告という名の牽制をかけに行ったそうだ。そんなの不要なのに。

 白鳥くんは爆笑していたという。



 そして彼氏になった黒川は、私のラブレターを硬めのクリアケースに入れ、なんと持ち歩いては読み返しているらしい。これを読むと部活をすごくがんばれるそうだ。



「桃井、身の程知らずの使い方間違ってるよな、こんなに可愛いのに」

「ほんとやめてこわすぎるから回収させて」

「やだよ桃井のラブレター読めるのは俺だけの特権だもん」

「……」

「あれ? 白鳥からは回収してるよな?」

「もちろんです」


 なめらかに嘘をついてしまったけど、これは優しい嘘に入るだろう。




 今日、さっそく部活帰りの黒川と待ち合わせた。校門を出て、最初の角を曲がると、冬なのに日焼けした手で黒川は手を繋いできた。

 私はやっぱり付き合って良かったと思った。だって友だち同士だったらこんなふうに手は繋がない。


 遅めの時間だったから、バス停には二人だけだった。

 ちょうどバスが来たと思ったら、そのバスは止まらずに「通過します」とアナウンスして通り過ぎる。暗くて見えなかったのかと慌てて黒川がバスに向かって大きく手を振ると、バスは止まった。


「えっ今日は乗るんですか?」


と運転手さんにマイクで言われて、私たちは赤面してしまったのだった。



 

(完)


追加投稿もお読みいただき、ありがとうございました!

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