#97 状況を正しく判断すること
「そんなの……そんなの冒涜じゃないですか!なんでそんな酷いことができるんですか!?」
ハイエナと呼ばれた海野を、山本は非難する。悲痛な声に同調し声を上げるものはいない。しかし苦しげな表情の中に、事務方の人間たちの葛藤が渦巻く。
現状を冷静に観察する海野の青い双眼。その一歩引いた冷たさが、どこか自分のあこがれた女性の目線と似ているように見えた山本は、ギリ、と奥歯を噛みしめた。
<#97 状況を正しく判断すること>
「冒涜……?何を穢してるんスか?」
機嫌悪そうに首を傾げる海野。威圧感あるその物言いに山本の肩が震える。
「あんたこそ酷いっすよ、何死んだって決めつけてんですか?
現段階ではあくまで“殉職認定調査中”……死んだって決まったわけじゃねぇでしょ」
「っでも、あのコードを使ったらもう……!」
「はぁー……これだから事務方は嫌いなんすよ」
頭をガシガシと掻き、苛立ちを露わにする。じろりと山本を睨みつけたかと思えば、その目線は部屋にいる事務方全員にまんべんなく向けられる。
「あんたらも俺たちも、対応してんのは“生身の人間”なんすよ。それをコード打たれたから絶対にとかなんとか……この世界にも異世界にも100%なんて言葉は無い。データだけで判断して指示出すのは早計でしょ。本当にそれでいいなら俺たち現地行く必要ないっすもん」
「あ……!」
ハッとした表情の山本。彼女の頭で、あこがれた女性の言葉が響く。
『——あくまで、収集しているデータは数値でしかありません。ですが数値化できるものなんてごくわずか……ですから現地で得た情報をしっかり共有して、そのうえで総合的に判断する。それが私たち事務方の仕事です』
「総合的に……判断……」
「……ま、現地行ったことねぇアンタらにはわかんねーと思いますケド」
くるりと踵を返し、部屋のドアを開ける海野。
「古株だろーがなんだろーが、事務方の人間が現地行くからこうなるんすよ。マジでこれ以上余計な仕事増やさないでくださいね~」
バタン、と閉まった安普請の扉は、海野の足音を簡単に貫通させる。
苛立ちと無力感、その二つが混じった感情が、多田や山本を襲う。
「……っ課長!いいんですかあんな奴にルカさん任せて!!」
「ちょっと多田くんってば、聞こえちゃうわよ!」
「……おちついて多田くん。ひとまず我々にできることはここまでだから……」
「クッ……!」
悔しげな多田。彼とてルカを尊敬する部下の一人だ。今回の件で冷静になれるはずがない。しかも調査に行ったのは不名誉な二つ名を持つ男、海野。実働部隊というだけでもそりが合わないのに、あんな男が行くのは多田としても納得がいかない。
「だからって課長は潔すぎますよ!もっと上に掛け合うとか……っ」
「特例を作るのにどれだけ時間がかかるかわかってるでしょ。……とにかくできることはやった。それだけで今は十分だよ」
なにか引っかかるような物言いをする課長に、多田は少し言葉をひっこめる。
カタカタとキーボードをはじき、課長はその目を細める。
「まあ、これは今後導入するべきか検討中だった試作機なんだけど……丁度いいし、彼で試そうと思ってね」
「試作機……?」
高瀬を含めた3人が、課長のデスクの周りに集まる。
そこには砂嵐のウィンドウと、そのほか様々なデータを映すレーダーやグラフが表示されている。
『——、だ、マジで特殊な人なんスねそのルカって人』
『お前な、聞いてないのかよ。ルカって言ったらこの課で一番の古株で……』
『だぁからそれもう聞きましたって!もういいっすか?さっさと終わらせたいんすよこの仕事』
「こ、これって……」
砂嵐が徐々に晴れ、何やら低い視点の映像が流れる。その視線はおおよそ胸元あたりにあるようで、多少ブレはあるものの安定して状況が見える。
「前々から状況報告書の精度に疑問があってね、せっかくなら業務負担を減らしながら、現地への指示をより正確にするために、ボディカメラをつけようかって係長と相談してたんだよ」
課長の口元が、あえて、というように笑みを浮かべる。
「できることはやった。あとは、彼の仕事ぶりと、ルカちゃんの運に賭けよう」
その視線には、どこか確信めいた信頼が宿っていた。
・
「よっ……と……なんだ結構平和そうじゃないっすか」
もう随分慣れてしまった転移の衝撃を軽く受け流す海野。その恰好は転移前のものと変わらないが、その足が芝生のしげった地面についた瞬間、自動でコンソールのコードが入力される。
“異世界番号d-19570701 への転移を確認
/input extend”
キィン、と耳鳴りに近い電子音が、コンソールを通じて海野の頭に響く。そのコードは殉職認定を行う管理官が使う言わば“引き継ぎコード”であり、殉職の疑いがある管理官が集めていた情報が、コンソールを通じて送られてくる便利な機能だ。
ただしそれはあくまで事務方のサーバーに上がってきた情報を受け取るだけで、コンソールの通信が途切れる直前までの情報しか得られない。
「ってぇ…………いや調べた情報こんだけ?結局魔素増加の原因分かってねーじゃん」
悪態をつく海野。彼に与えられた情報は少なく、それが余計に彼を苛立たせる。
「通信履歴めちゃくちゃだし、消滅コード使った場所と魔の者発見した場所離れすぎだし。つーかなんで使用者データ不一致なんだよ、権限使ったの本人じゃねぇの?どーゆーこと?」
はぁぁ……彼のため息は誰にも気遣われることなく周囲に溶け込んでいく。効率を高めるための引き継ぎコードのはずが、余計な謎を呼んでいる。どうにも今回探している前任者の無能さを疑いたくなる海野は、怒りに任せ石を蹴る。
「あークソ、この案件終わらしたら一級管理官試験行けんのに……ほーんとマジ無能。情報残してから消滅しとけよ」
「こいつ……!」
「多田くん落ち着いて!ほら彼、仕事はしてくれるはずだから!」
「ルカさんが無能なわけねぇだろ!!」
「早見さぁん多田くん抑えてて〜!!」
……そんな様子をモニター越しに観察する事務方の面々。各自の机には相変わらず書類の山が鎮座していたが、誰1人席に戻ろうとする者はいなかった。




