#96 他部署とも交流を欠かさないこと
日差しも満足に入らない灰色の室内。けたたましいビープ音が部屋に鳴り響き、やがて余韻を残して消える。
コンソール反応の消失とは打って変わり、ただポップアップに淡々と情報の羅列が並べられた画面。
——————————————————————
権限移行通知
ルカ 第一級管理官
異世界番号d-19570701において
コード /be goneの使用を確認
現時刻をもって、対象管理官の管理課事務係による監視業務権限を停止する。
21XX年5月10日 19:58:03
以降、実働部隊による殉職認定審査を開始
——————————————————————
監視担当であった山本だけでなく、その場の全職員のデスクトップに表示されたそのポップアップは、大きすぎる喪失感を管理課に叩きつけた。
<#96 他部署とも交流を欠かさないこと>
「殉、職……」
その場に崩れ落ちる山本。彼女はルカによく懐き、慕っていた。入社した当時から彼女の背中を追い、過酷なこの職場での勤務に打ち込み……。しかしそれは山本だけではない。事務方に勤める者は皆、様々な場面で彼女に助けられ尊敬の念を抱いている。
今回の異世界転移だって、彼女しか頼れる者がいないから仕方なく送ったというだけ。本来ならばこの先も事務方として共に働いてほしいと思っていた。働くものだと思っていた。
だが突きつけられたシステムログは無情にも、事務方からの介入権限を停止させた。
彼女の死が本当かどうかすらも、彼らに確認する権限は無い。
「う……嘘、ですよね?先輩がし、死ぬ、なんて」
「……システムメッセージ見ただろ、ルカさんは……」
「…………」
通信が失われてから事務方……特に山本は、血眼になって彼女の痕跡を追った。現地に動ける者が居ない中だったが、居場所を割り出し、そこの魔素量までは調べることができていた。
もう少し調べていけば、さらに手掛かりが見つかるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら毎日のように残業し、仕事に打ち込んでいたというのに。
「うっうう……っ」
山本の視界が歪む。ぼたぼたと灰色のカーペットに吸い込まれた涙。ストッキングで擦れる膝が痛い。
対岸の席にいた早見は、ゆっくりと近づきその隣に屈む。事務方に似合わぬ鍛えられた体は小さく縮められ、そっと肩に手を添える。
「山本ちゃん……」
「うう゛~~~~……っ!」
それを皮切りにうずくまって泣き声を上げた山本。その悲痛な声は多田や課長の表情も曇らせたが……しかし無情にも、課長のデスクに一本の内線が入る。
プルル、と5コールほど鳴った頃、ようやく取られた電話からは快活な男性の声が響く。
「はい。……はい、ええ。……わかりました」
「……?」
「ハァ……流石、対応が早いなぁ……」
その電話を一切歓迎していない声色は暗く沈み、その様子を見ていた多田に課長の視線が向けられる。
「ああ……多田君もこのケースは初めてだったよね」
「……はい」
「早見さん、山本さんと多田君に教えてあげて」
「わかりました」
泣き崩れている山本をなんとか席に座らせて、早見は眼鏡の銀縁を少し上げる。
「……異世界で/be goneが使われると、その所有者は一度殉職扱いになるの。コンソールの傍にいても、離れていてもね」
「っじゃあ、ルカ先輩はまだ……!」
「山本ちゃん落ち着いて。……知ってるとは思うけど、/be goneはその名の通り消滅させることができる。その世界に存在しないもの……つまり今回の場合、ルカちゃんのように転移した存在やコンソールによって作り出された物体が全て消えて無くなる。
入職する時に習ったでしょう?世界を変えるほどの威力を持つコードは嘘をつかないって」
「あーあーこれだから事務方は……一人消えたぐらいで何泣いてんすか?」
「「!」」
平静を保とうとしても尚苦しげな早見の声とは打って代わり、軽快な若い男の声が部屋の空気を固まらせた。視線を集めるその声の主は、ニヤニヤとその口元を緩めている。
「課長、お連れしました」
「ありがとう高瀬くん。……待っていたよ、海野くん」
「アハッ」
子供っぽい顔立ちで、どこか憎らしい笑い声を上げた海野。高瀬と呼ばれた事務方の職員は、長らく空けていた自分のデスクへと戻る。
そして完全にアウェイな海野という男。着崩したスーツの中は、任務へすぐ向かう為なのかタイトなTシャツを着ており、彼の洗練された敬礼とマッチする。
「異世界管理課 実働部隊、二級管理官海野!
規定に則り、事務方所属 ルカ一級管理官の殉職認定調査を任命されました!」
涙に濡れた山本の目が揺らぐ。
自分たちが持ちえない捜索の権利を持つその男を、どうしても信じられなかった。
・
「久しぶりね、高瀬くん」
「最悪のタイミングで戻ってきちゃいましたよ」
本当に……と頭をかく高瀬という若い男性。海野と年齢は近そうだが、性格は反対に見える。
疲れがにじんでいるものの顔立ちは整っており、海野がはつらつな犬であれば、高瀬は利口な猫というような雰囲気である。猫っ毛の茶髪なのもそう見える理由かもしれない。
対して犬のような海野は、固い黒髪にゆるく整髪料をつけて整えており、ズカズカと部屋の中心、課長の席へと近づく。
「通知見ましたよね?早速取り掛かるんで、コンソールの権限付与おねしゃす」
「はいはい……係長からも聞いてるよ。スピード出世の海野くん」
「えー嫌味っすか?期待の新人って言ってくださいよ」
「……スピード、出世……?」
山本が反応を示したことに気分を良くしたのか、海野はニッと笑う。
「異世界管理課始まって以来、最年少で二級に上り詰めた男……それが俺!実働部隊きってのエースってこと!」
事務方と実働部隊に分かれてから、実働部隊には級が与えられた。
事務方がどの依頼を誰に割り振るかを判断するためのもので、通常事務方には与えられていない概念である。
(ルカが一級とされているのは、彼女が旧体制のうちに入職し、かつ多くの現場経験があったためだ)
級が上がる分実力も高いと評価される。現場へ行った数、異世界の異変修復の数……様々な条件をクリアする毎にその級は上がるのだ。
そして最も効率が良い級の上げ方というのが……
「まあ、みんな嫌がることってのは需要があるっすからね。俺はそれを代わりにやってあげてるんスよ」
「い、嫌がることって……」
「……ハイエナ」
ボソ、と多田が呟く。それすら面白いのか、犬歯をにやりとむき出しにする海野。
「アハハッそれ誉め言葉にしか聞こえないっすわ」
「……流石、神経図太いのね」
「は、早見さん、ハイエナって……?」
「……」
苦々しい表情をする早見は、珍しく気分を害しているようで声が詰まる。
彼が言葉を発するのを待つ間、課長がコンソールに権限を付与するための作業音が響く。
軽快なタイピング音と、少しのモーター音。ようやく早見が口を開こうとしたところで、コンソールにつながれたケーブルが抜かれた。
「彼はね……今回みたいな、殉職認定調査に積極的に出向くことで階級を上げてきたの。
だからハイエナの海野。……最大級の蔑称よ」
「っ……!」
視線を集める海野は、どこか誇らしげにコンソールを腕に取り付ける。
問題なく起動するコンソール。そこには、調査対象であるルカの顔写真が映っていた。




