#95 事前に根回しをしておくこと
「おばさんって貴族じゃないの?」
「……あのさ、そろそろおばさんって呼ぶのやめない?結構傷つくんだけど」
「あ、ごめんなさい」
蔦が地面を這い、その上に赤く色づいた野イチゴがぽつぽつと実っている。少し黄みがかった芝の上でつややかに光るそれらは、ロゼの持っていた籠に投げ入れられた。
<#95 事前に根回しをしておくこと>
「彼女はね、なるべくして管理官になった……選ばれた人間なんですよ」
「なるべくして……?」
「……そうですか、本当に……彼女は何も話さなかったのですね」
「……っ」
ローワンは悪寒がした。
憂いを帯びたような口調をする割に、その表情は高揚し、笑みすら浮かべている。それは何もローワンに話さなかったことを指している訳ではなく、ルカが“話さないことを選択した”ことが嬉しいようで……
とても管理課を冷たい集団だと言ったとは思えないその表情は、ローワンの焦る気持ちを逆撫でた。
・
「まず何から話しましょうか……彼女はね、訓練生だった頃から優秀だと評判だったんですよ」
管理官の男女比は、当時9:1。ほとんどが男性で、女性は訓練中に脱落していくことが多かった。
試験を受ける前から始まる訓練期間はあまりにも過酷で、そこまでする必要があるのかと度々議論を呼んでいた。
「彼女は……そんな過酷な訓練を受け、旧体制の管理官として合格した最後の1人なんです」
「最後の……?どういうことだ」
口を挟むローワン。一瞬ヴァレリーが咎めようと動いたが、マリアがそれを制する。
「……旧体制の管理官は、機転が効き、ある程度知識もあり、何より現地で問題なく動けるように体術訓練も受けていました。
ですがそれは8年前までの話。彼女が合格した後、管理官は現地へ赴く“実働部隊”と、指示系統を担当する“事務方”に別れたのです……
管理課から姿を消した一人の管理官がいたために」
ルカの他にももちろん合格者はいた。しかし労働環境の過酷さに次々と退職していき、ルカが事務方として正式に配属される頃には、誰1人として旧体制の合格者は残っていなかった。
いたのは、ルカよりも後に入った上司と、体術試験を受けていない事務方。そして指示を待つことしか出来ない実働部隊……。
「そう易々と姿を消されては困りますから、指示する者と現地に行く者を分けたんです。その結果彼女は、比較的危険の少ない事務方へ配属されたわけです。優秀な者には残ってもらわねばなりませんからね」
「……」
ローワンは、その事実の輪郭をなぞっただけのような言い回しに疑問を抱いていた。
これは、管理官の癖なのだろうか?嘘は言わないが真相は語らない。そこに付帯する感情や思惑を度外視し、口から語るのは報告書のように温度を持たない事実だけ。
ルカはそれを、ある意味信念を持ってやっていたが、マリアの方はどうだ?何かを隠すためにその言い方をしているように聞こえてならない。
「……」
「おや、納得のいかない顔をしていますね」
「……あなたの思惑が見えない」
「思惑?……私の?」
「……8年前に姿を消した管理官……
それは、あなたじゃないのか?マリア・ロバーツ」
「……!」
金の目を見開き、ニヤリと口角を上げたマリア。その反応はローワンの推理を聞いた時と同じように、好奇心に満ち溢れている。
「どうしてそうだと?」
「……あなたが、ヴァレリー殿が言っていた“あの子”だと仮定した。その上で管理課に不満を持っていたが、管理官という職に対しては誇りさえ持っているように見えた。私を“管理官向きだ”と言ったのは褒めたつもりなんだろう」
「……続けて?」
「……あなたが西領へ来たのは、魔石を見るためだと言ったな
もう1つ、理由があるんじゃないのか」
部屋の空気が、徐々に冷たくなっていく。それは以前ローワンが魔法を暴走させた時とは違う、おぞましさを孕んだもの。
重たくなっていく空気で、セドリックは息が苦しくなるような感覚に襲われる。
「あくまで推測だが……あなたは、彼女を……ルカをコンソールで消そうとした。
そのためにわざわざアシュフォード邸のルカの部屋へ侵入し、彼女のコンソールを奪い、隠し、ここへ持ってきたんじゃないか?1番気を抜くであろうタイミングを見計らい爆発するコードを使って時限爆弾を仕掛けるために」
ローワンの推理が進むたび、深くなっていくマリアの笑み。暴かれることを楽しんですらいるその笑みは、顔立ちに似合わぬ邪悪さがある。
「もし順当な手段でこの世界にいるなら、早々に彼女と合流し世界の異変に対応すればいい。しかしそれをせず、管理官ではない異世界人と先に接触した」
話し続けるローワンだが、目の前の得体のしれない存在に冷や汗が止まらない。
「…………管理課を嫌い、元の世界との繋がりとなるルカを消そうとする。それはあなたが、8年前に姿を消した管理官である証明になるんじゃないのか」
「……彼女なら、教えていると思ったんですがね」
「何……?」
推理を一通り聞き終え、ため息をついたマリア。
「では覚えておいてくださいね。
核心をつく話をする時は、背後に気をつけるんですよ」
「は……?」
突然ローワンの首に衝撃が走る。
揺れる脳。霞む視界が、後ろに控えていた人物を捉える。
苦しげに顰められた眉。手刀をくり出したであろう手を強く握り口を食いしばるセドリック。何かを呟いたように見えたが……ローワンはそれを理解する前に意識を失う。
ドサッ
床に倒れ込む前に、セドリックがローワンの体を支える。
「やはりまだ若いですね。推理も穴だらけ、動機なんて全く違う……その割にいい線まで行っているのがおもしろい」
小さな柔い手が、ローワンの顎を上げ、その美しい顔を露わにする。
「手放してしまうのは惜しいですが……私が欲しいのは、あなたでは無いのでね」
喉を鳴らすようにクツクツ笑うマリア。ゆっくりと沈むように、マリアたち4人の体が床に飲み込まれ、姿を消した。




