#94 目上の者を敬うこと
「あなたは何か、都合よく勘違いをされているようですね。公爵」
小さな体には見合わない、落ち着いた包容力のある声がローワンに向けられる。
「彼女はね、ルカである以前に“管理官”なんですよ」
クスクス笑う笑みの奥に、邪悪な何かを秘めているような……そんな寒気を感じる笑顔に、ローワンはぐっと手に力を込めた。
<#94 目上の者を敬うこと>
「……あなたは今、ご在学中ではありませんでしたか?マリア・ロバーツ男爵令嬢」
平静を装い、当然の質問を投げかけるローワン。第一王子であるセレスティンと同い年である彼女は17歳。まだ学校を卒業していないはずだ。
「婚約が決まり、特別に王城で個別指導を受けておりますの。妃教育も受けなくてはなりませんから」
「……」
筋の通った言い訳だ。しかしだからといって、突然西領へ現れるのはおかしい。
ローワンはセドリックに目配せをし、あるものを取り出させる。
それは大きく、透明度の高い魔石。セルパン伯爵の治める葡萄農園で回収したものだ。
「あなたが西領へ来られたのは、何が理由だ?」
「……それを取り出してからお話されるというのは、何か意図を感じますね」
「答えろ」
冷たく言い放つローワン。以前ルカたちによって保護されたときよりも随分大人しくなったヴァレリーは、その威圧的な声に怯み、冷や汗を垂らしている。
「全く……せっかくルカについてお話ししようとお伺いしたのに……」
「話を逸らすな。内容によっては、あなたに国家転覆の容疑をかけることになる」
「……ああそうですか、ルカにたくさん影響を受けたようですね」
はあ、とわざとらしくため息をついて、マリアは両手を上げた。
「あなたが疑っていらっしゃる通り、私はその魔石の効果を見に来たのですよ」
「……」
「全く、せっかくそれほど大きく育った魔石があるというのに、室内灯として使う王家がおかしいというもの……物の価値を全く理解していない」
降参とでも言いたいのか。
公爵として、自身の婚約者よりも、国に仇なすかもしれない容疑者を問いただす方を優先させたローワン。その順位付けは正しくルカがよくしていたもので、それを感じ取ったマリアはうんざりしたような顔をしている。
そして、何故ローワンがマリアを疑ったのか。これは、魔石に刻まれた“刻印”が理由だ。
「収穫量の増えた農園を探ると、ある共通点が見えてきた。それは使用されている魔石全てに“東領から王家へ送ったことを示す刻印”が刻まれていたことだ」
「……」
この刻印は、通常の方法では刻むことはできない。魔力を繊細にコントロールし、魔石の内部に印を刻む……。粗悪品が出回らないようにするために用いられた手法だが……
「この刻印を作れるのは、先代のアシュフォード家当主と私だけ。間違いなくこれは王家に納品され、王家にのみ使用を許可された魔石だ」
「はぁ……ええそうですね。私も少し経ってから気づきましたよ。そんな小細工を施していたとは……ですがその理論だけでは、私だと断定できませんよね?」
どうするのだ。と推理の続きを聞かせるよう催促し始めるマリア。その余裕は絶対にバレないという自信ではなく、もはやバレたところで何も痛くないという自信から来るものだ。
「いいやできる」
「へえ……?どうやって?」
「あなたは……この魔石に魔法を込めたな
あの広大な土地を潤すほどの魔力を込めれば、容易に人が死ぬ。だがそれを可能にしたのは……
あなたが魔法学を使い、周囲の魔素を利用したからだろう。ルカと同じ……コードによってクニクルス第一言語を読めたのなら可能なはずだ」
「!」
魔法論を推進するこのホワイト王国において、王城へ出入りすることが出来、その上魔法学由来の魔法を使いこなす者などいないに等しい。
だがそれが、ルカと同じ管理官だったなら?あの爆発をも引き起こし、言語の解読も可能となるコンソール。ルカが第一言語を読めてしまっていたことも、それで説明がつく。
「……セドリックの入れ知恵ですか?それとも彼女から?」
「情報を整理しただけだ」
「へえ……ふふっああ、そうですか。いやはやこれは……うふふっ」
クスクス笑うマリア。もはやセドリックが異世界管理課の情報を漏らしたと仮定しているあたり、長い年月利用した割に捨て駒として認識していたらしい。
そしてどうにも少女らしからぬ素振りが気になるが……しかしパッと上げた顔は、目を少し輝かせる一人の少女。機嫌良さげに笑みを浮かべている。
「これは困りましたね。あなた、随分“管理官”向きではありませんか」
「……冷たいと言いたいのか?」
「いえいえ、私が冷たいと言っているのは”管理官”ではなく、“管理課”ですから。あそこほど人を人として扱わない場所を、私は他に知りません……まだ戦争している国の方が兵を人間として扱ってくれますよ」
「……。」
「全く……ああ、ヴァリー。椅子を下さいませんか?さあローワン様、あなたもどうぞお座りください」
「何を悠長なことを……」
「おや、良いのですか?これからあなたの大好きな……ルカについてお話して差し上げようと思ったのに」
「っ……!」
ローワンはたじろいだ。用意された椅子に優雅に腰かけ、再びにこりと笑顔を浮かべるマリア。
「どうして……」
「理由は単純ですよ。彼女をより深く知ったあなたが……彼女にどんな思いを抱くのか、気になったんです」
緊張感の走る室内。
ベッドに残った薬草の香りが、ふわりとローワンのあたりに舞った。




