#93 素直に謝ること
「……なんでそんなにボロボロなの?」
「……転んだ」
四つん這いでルカに尋ねる少女、ロゼ。三つ編みは解かれ、ふわふわと髪の毛が風に揺れる。
「おばさんなのに?」
「……おばさんだって転ぶだろ」
ルカを嫌いだと避けたロゼと、おばさんと言われ若干傷つくルカ。
奇妙な関係の二人は、ヴァルモント邸の林の中で再会を果たしたのだった。
<#93 素直に謝ること>
「おばさんそんな人だったの?貴族っぽくない」
「まあ……大人だから。ちゃんとしてるフリしなきゃいけないわけよ」
「ふぅん」
敬語を使わず、転んだと言いはるには酷い怪我を携えているルカ。そんな彼女がどっかりと地面に座り、疲れたように話す様子はロゼにとって不思議だった。
なぜならこの女は貴族のご令嬢。地面に座り込むなど考えられない。
「……大変だね、大人って」
「うん。……ところでなんでここに?ここ、ヴァルモント公爵の家だけど」
「それは……」
ロゼは答えにくそうに口をモゴモゴとさせる。しかし四つん這いで、スカートの裾を平気で草の汁で汚しているところを見るに、これが初めての侵入ではないことがわかる。
「見つかったら怒られるんじゃないの」
「お、怒られる……けど……」
「怒られるかもしれないのに忍び込んだの?」
「……だって……」
口を尖らせたロゼは、拗ねたように静かに言う。
「だって、ここにすっごく美味しい野イチゴがあるんだもん」
「野イチゴ……?」
「うん」
ルカは呆れた。そんなもののためにわざわざ危険を冒して林に忍び込んだのかと。
しかし本人は真剣で、まっすぐルカを見つめて言う。
「ウチって葡萄農家でしょ?だから葡萄ばっかり出てきて飽きてるの」
「あのお父さんなら別の果物ぐらい買ってくれそうだけど……」
「……そうだけど……」
「……」
まあ……きっとこうやって公爵家に忍び込むことも含め、彼女にとって代えがたい経験なんだろう。スリルを味わう楽しさはルカだって多少わかる。……にしては公爵家に忍び込むのは相当肝が据わっていると思うが。
「……もう採ってきたの?」
「う、ううん、来たばっかり……」
「……私もそのイチゴ食べたいな」
「へ……?」
ルカの言葉に驚くロゼ。
なぜなら彼女は、早く帰れとか、やめろとか、とにかく怒られることを覚悟していたのだ。なのに目の前の貴族は自分も食べたいと言った。それはつまり、共犯になるということで。
「野イチゴの場所教えてよ。あと出口。」
「……でも、おばさん怪我してるのに……」
「いいの、もう痛くないし」
「でも……」
それでもやはり、ルカが正当な理由でここにいないことぐらいは分かる。ロゼは不安げな顔でルカを見つめており、それを察した本人もまた、少しため息をついて言った。
「私、貴族やめることにしたんだよね」
だから教えて。
けろっと物凄いことを言ってのけたルカ。
ロゼは驚きながらも、悪いことを一緒にできる仲間を見つけたようで少し嬉しくなった。
・
「いいか、敷地内をくまなく探せ!怪我が悪化してはまずい!!」
「……。」
一方その頃、屋敷内では混乱が起きていた。
コナーの声で忙しなく動く使用人たち。その中にはもちろんアシュフォード家の使用人たち、セドリックやキアラも含まれており、全員の表情が硬い。
なにせあの重傷で姿を消したのだ。恐らく自力で外に出た痕跡……怪我の手当てに当たったメイドたちは気が気でない。
それに、その理由はほかにも……
「……」
椅子に座りながら、忙しなく貧乏ゆすりをするローワン。彼らしからぬ苛立った態度は、日ごろ忠誠を誓っている使用人たちを怯えさせる。
彼の手には白い布。爆発したルカのコンソールが包まれていた布だ。
「(何がしたいんだ、あなたは)」
コンソールは、ルカが眠り続けている間にローワンが回収していた。誰にも見つからないよう、時間を見計らって瓦礫から取り出したそれ。爆発したにしては形が残っており、何かの役に立つかもしれないと思ってパンに紛れさせて持ってきたのだが……
「はぁ……」
「……」
怒りが滲むため息。隣に控えるセドリックもまた、その声に表情を硬くしている。
「(私がコンソールを持ってきたことを知っていた……?まさか元々コンソールを見つけ次第離れようとしていたのか?だがそれなら噤黙の誓いなど立てずとも……いや、あれは私が強引に……)」
痛みなど無いはずの手の甲が、チリ、と疼く。手袋越しにそれを抑えるが、彼女が居なくなった焦りと、あんな一言の書置きで姿を消したことへの怒りで手に力が籠る。
少しは理解できたはずだった。彼女の無意識の優しさも、生真面目さも。少しずつ歩み寄っていけばいいと思っていた。彼女から雇用契約に変えてしまった婚約関係に安心しきっていた。
だが違った。彼女は去る機会を伺っていた。数か月の間に見せたあのわかりづらい感情の起伏は嘘だったのか?わからない。直球に拒絶された方がどれほど気楽だったか。
「コナー様!屋内へ戻られた形跡はありませんでした……!」
「塀の警備は?」
「仰せつかった通り、死角ができないよう厳重に固めております!」
「流石にあの怪我だからな……敷地の外へ出るとなればもたつくはず。引き続き警戒を緩めるなよ!」
「はっ!」
「……ローワン、私も外の様子を見てくる。婚約者殿がもしかすればここへ戻ってくるかもしれない……お前はここで待っていろ」
「……ああ」
部屋を出るコナー。その後ろ姿を見送って、ローワンは椅子から立ち上がる。
少し歩き、立ち止まったのはルカが眠っていたベッド。
薬草の香りがまだ残るそこには、新しくしたにも関わらず少し血の染みが出来ている。
丁度右足のあたりに位置するそれは、再びローワンの眉間の皺を濃くする。
「っ……あなたは、何も言ってくれないな」
帰りたい理由も、出て行った理由も。キスの返事だって何も教えてはくれない。噤黙の誓いもすべては教えてくれなかった。
挙句の果てには自身の足の状態すら……そんなに自分は情けないのだろうか。彼女が気にしていた3年の年齢差は、それほどまでに大きいのか。
何もわからない。わかった気になって、私は彼女を……
「やはり管理官は冷たい人間ですね」
「!誰だ!!」
セドリックがローワンの背を守るようにして立つ。その目線の先には、茶髪を編み込んだ一人のメイド。眼鏡の奥に覗く顔立ちには、どこか見覚えがある。
「別れすら告げず去って行った……これは、あなた方を最初から信用していなかったことの現れ」
「貴様……っ知ったような口を……」
「あなた方は何を知っているのですか?」
「!」
畳みかけるように、別の声が部屋に響く。
その声は異様なほどセドリックたちに安心感を与え、入室を許してしまう。
「彼女の何を知っているのですか、ローワン・アシュフォード公爵?」
「……あなたは……」
ふわりと靡く銀髪。そして細められた金色の目が、ローワンの薄紫色の目をとらえる。
「彼女という人間を、随分自分に都合のいいように解釈しているようですね……事実と思い込みは切り離さなくては」
「……っ
マリア・ロバーツ男爵令嬢……!」
感情に侵入してくる貼り付けたような安心感を振り払い、ローワンは睨みを利かせる。
うっそりとその様子に笑みを浮かべたマリアは、慈悲深い聖女のようであった。




