#98 先人を敬うこと
海野という男は、常々無能の多い職場を嫌っていた。
システムに縛られ、融通の利かない指示系統。その指示に従い殉職する者までいる実働部隊。
減らない案件、減り続ける職員数……そんな無能の集団の中で周囲に溶け込む必要はない。さらに昇進し多額の給料を得て、吊り上げた退職金で自堕落に生活しようと思ったわけだ。
異世界の現地調査などほとんどテンプレ通りだ。
転移者について調べ、その転移者がしそうな行動をおよそ想定し、現地で情報を集めて動向を探る。もし規定値を超えるほど魔素を使っていれば今後大規模な魔法を使う可能性の高さを計算し、事務方に必要な補充魔素量を提示。それで任務は終了。大抵、転移先の時間で3日ほどあれば終わること。それをこなし続ければいとも簡単に階級が上がった。
効率の良さを求められるようになったのは二級になってからだ。そもそも三級は殉職認定任務には就けない。そのため初めて殉職認定のために異世界を訪れた際……その効率の良さに驚いた。
殉職認定はほぼ確実に転移場所で亡くなっていることが多い上、追加情報も無ければ報告書を上げる必要は無い。必要なのは、転移時の引継ぎにかかる頭痛と、殉職認定を下すための書類。それだけ。
たったのそれだけにも関わらず、任務の重要度は高く誰もやりたがらない。海野はそこに目を付けた。
「効率いーんだから、みんなやりゃいいのに」
海野は合理主義である。それ故人の気持ちは度外視で動ける……つまるところ、管理官に向きすぎている男であった。
<#98 先人を敬うこと>
「まーいいや、そのお陰で俺は甘い汁吸わせてもらってるし」
ぐっと体を伸ばして、周囲を見渡す。
そこはどこかの城の庭で、秋らしく木の葉が紅葉し、冬に向け冷たい風が吹いている。
そんな風の音の中に、ザクザクと芝生を踏んで歩く足音。目を細めた海野がぽつりと呟く。
「……/blend in」
その言葉と同時に、腕のコンソールに自動でコードが入力される。ルカの持っていたものよりもかなり洗練されたデザインのそれは、淡い青の光を発して彼に効果を付与する。
そこに、どこか青ざめた顔の兵士たち。目の前に海野が立っているにも関わらず、一切気にすることなく話始める。
「どこにもいないぞ……」
「このままじゃ外交問題に……」
声を潜める兵士だが、慌てているためかまともに隠すことができていない。
「ローワン様もルカ様もいなくなるなんて、あり得るか!?こんなことが知れたら西領の治安問題に……」
「と、とにかく……今は探すしかない……!」
「(ルカ様……?)」
ぴくりと反応した海野に気づかないまま、兵士たちはその場を離れていく。ルカといえば、海野が今回殉職認定を行う対象である。それが現地住民に存在を知られ、その上、様とまでつけられている……その状況に海野は顔をしかめる。
「(現地の人間と駆け落ちでもしたか?)」
まあ稀にある例である。現地に肩入れしすぎた結果元の世界に戻りたくなくなった、と実働部隊に泣きつくパターンだ。
しかしだとすれば消滅コードが打たれた理由がわからない。戻りたくないならばつまりは現地で生きる意思があるわけで、自分の存在を消すようなコードを使うだろうか?否、それでは整合性が取れない。
「(あーあ厄介な案件に手つけちまったかも)」
海野が後悔しながらも周囲を見渡せば、ふとあるものに目が行く。それは窓から垂れ下がった布。まるで急拵えの脱出ロープのようなそれが、ふわりと風で靡いている。
「……。」
海野は、コードによって光学迷彩のような効果を付与された体をチラリと見て、足早にその場を去る。
厄介ごとは迅速に処理せねば。彼は周囲の兵士が見落としているものを探るように徹底的に周囲の観察をし始めるのだった。
・
「やっぱり若きエースは伊達じゃないわね」
「……」
海野の一連の動きをモニターで見ている事務方たち。無駄のない動きと反応速度は、流石としか言いようがない。
「悔しいですけど……すごいんですね、実働部隊って」
「やだ、山本ちゃんってばすっごい顔」
「だって……」
何せ自分の憧れる先輩を無能扱いしたのだ。そりゃあ嫌いにもなる。
しかし彼はあくまで状況を見てそう判断した。そしてその基準は、事務方にとっても同じな訳で。
「正直、ルカちゃんの案件の特異性が無ければ強制帰還命令ものだからね」
「課長が係長と大揉めだったの見ました」
「高瀬くん恥ずかしいから言わないでよ!」
「だってあんだけ大きい声でやってたらみんな見ますよ……」
コンソールの試作品関係で各部署を行脚していた高瀬は言う。事務方のくせに一級の資格を持つルカは、尊敬や畏怖、恨みなど、とにかくさまざまな感情を向けられやすい立場にある。
そんな彼女が任務先に長く滞在しているとなれば実働部隊が黙っているはずもない。
『これほど長期間に渡って帰還も報告もなしとはどういうことですか!即刻資格を剥奪するべきではないですか!?』
『落ち着いてください係長、この件はまず魔素量の増加という異例の事態が……』
『だったら尚更ことを急がず実働部隊の空きを待つべきだったのでは!』
『空くまでに時間を要すると断ったのは係長じゃありませんか……』
「まあ、俺はあの時課長頑張ってるな〜って思いましたよ」
「頑張ってるんだよぉ……でも係長、結構グイグイくるからさぁ」
弱々しげに言うが、彼とてその能力の高さで課長を務めている。ルカの後から入ったとはいえその手腕によって異世界管理課を回しているわけで……
「うわ、めっちゃ草むら入った」
「きゃああ虫!!」
「速水さん叫ばないでください」
「いやああ近い!キモい!!」
「お前まで同調すんな山本!!」
「賑やかだなぁ事務方」
ギャイギャイ騒ぎながらも、モニターの前を退く気はないらしい。
そんな様子を、高瀬は生暖かい顔で見守るのだった。
・
「————、——」
「——も、貴族って辞めれるの?」
「辞められるんじゃない?いなくなったらどうしようもないでしょ」
「!!」
海野は聞こえてきた声に耳を傾ける。
その声は気が抜けている女性と子供のもの。こんなにも周囲が緊迫しているというのに、この二人は暢気に野イチゴを採っている。
「でもさぁ、何にも言わないで居なくなったら怒られるよ」
「……まあ、そうだけど」
「怒られるのやじゃないの?」
「やだけど……」
「(……何してんだ、あの女)」
小さい子供に諭され、むっとしている女。その服装は明らかに屋敷を抜け出してきたままのようで、この気候に見合わない薄着である。
「ちゃんと仲直りしなきゃダメだよ ルカ」
「……やっぱりだめ……?」
「ダメ!」
「……!」
子供の口から飛び出した、捜索対象の女の名前。
木陰からそれを覗く海野の眉間にしわが寄る。
「(ああ……やっぱ無能じゃん)」
一級ってこんなもんなんだ。海野がため息をついたその瞬間……
「——」
ルカの目が、海野を捕らえた。




