#89 事実から目を逸らさないこと
ルカの嫌な予感は大抵当たる。
それは仕事を増やされる気配であったり、クレームの件数がいつもより多かったりと様々だ。
ただ、今回の予感は特に当たらないでほしかった。
コンソールの金属片……すなわち世界の物質量を管理するべき者の道具が、現地に新たな生物“魔の者”を生み出していたことがセドリックの口から伝えられた。
それはつまり
長年姿をくらませている管理官の存在がこの世界に関与している可能性を指していた。
<#89 事実から目を逸らさないこと>
1つの異世界に対し、管理課の実働部隊は1度だけ転移を許される。
もちろん1度に送られる人数も1人だが、その根拠は現地への影響を考慮した回数制限だ。複数回の転移を行った結果、異世界内で“別世界より転移してくる人物”の存在が伝承として組み込まれてしまった事例がいくつかある。
……実際、これはかなり危険である。異世界の人間であるというだけでそもそも人間として扱われないどころか、実験材料にされたケースもあれば、逆に崇め奉られ、崇拝対象のように扱われることも……こればかりはその異世界の情勢や民の受け取り方次第だが。
とにかくこの回数制限は現地の混乱回避と並行して、管理官自身を守るためのものでもある。これは異世界管理課の運用が始まり、初期の頃にできた規則だ。
「(意志を持って破ったのは、例の管理官だったか)」
「——ルカ?」
「!……申し訳ありません、続けてください」
ローワンの声で意識を戻すルカ。セドリックはその様子を見て一瞬眉をひそめたが、それがどんな感情によるものかはわからない。
「……私がコンソールの存在を知ったのは、魔の者を生み出す瞬間に鉢合わせた時……今からおよそ2年前です」
「「!」」
セドリックはポケットから何かを取り出す。手のひらには、10粒はありそうな金属の塊。よく見ればそれがコンソールの金属部分をえぐり取ったものだとわかる。
「私は……ローワン様に仕える中で、ずっと悩んでいました。ローワン様の正しさは危うい。貴族にとって主が持つ信念は疎ましがられるのです。自分たちの私腹を肥やすことに必死なものほど、露骨に主を邪険に扱おうとした……それが、私は許せませんでした」
セドリックは、権力も知識も持ち合わせる自分の父すら持てなかった、“相手と対等に向き合う心”を守りたかった。
そのために社交の場では宰相教育の知識を生かして他貴族を懐柔しようと奮闘した。騎士団の者にも、ローワンの考えがどれだけ尊いかを説いた。
だがそれを聞き入れる者はいなかった。それどころかどんどんローワンの立場は弱くなっていき、ついには魔の者が現れ始めたことにより外交に気を配る余裕が無くなった。
その結果何が起きたか?ローワンは社交の場にほとんど出ることが無くなり、出たとしてもこれ幸いとローワンを利用したい貴族が近づいてくる始末。婚約を迫る令嬢たちもまた、ローワンの顔立ちや血縁、公爵という立場を狙ってきた。
「私には……もうどうすることもできなかった。これでもし魔の者の存在が王国全土に知れ渡ればどうなるか……。考えたくもありません」
「……コナー様はご存知でしたよね?」
「ああ……公爵家当主と国王には伝えてあるんだ。私の結界も完全なものではない……もしも魔物と共に魔の者が外へ出れば、被害は甚大になる」
「(さすがのリスク管理……やっぱり公爵なんだな、この人)」
民に伝えれば間違いなく混乱を招くことだろう。情報の開示範囲を絞って伝えておけば、いざという時の情報伝達がスムーズになる。
「……どうして、止めなかったんですか?生み出す瞬間に立ち会ったなら阻止できたのでは?」
「っ私だってそうしたかった!……ですができなかったんです。あまりの魔力量に……私は怯みました。
周囲の魔力を吸い込み、魔石に魔力を込める術……そんなことができる人物がいたんですよ。ルカ様、貴方だけではなかったんです」
「……、」
ルカは、一瞬にして過去の情景を思い出す。
セドリック、そしてドレイク、ローワンから魔法制御を教わった時、キアラに指摘されたから気づいたが、ルカの魔法は正しく周囲の魔素を取り込んで発動させるものだった。
あの時は知らぬ顔をしていたセドリックは……強かにもルカの魔法の発動を見て、その人物と同じであると見ていたらしい。意図していなかった共通点に、ルカは目を見開いている。
「……あれは、古い魔法の使い方だと……」
「ええそうです。……ですから、あの方も理解できたのですよ」
「……ま、さか」
ルカの声が震える。最悪の予測が、ルカの頭をよぎる。
「……マリア・ロバーツ様。彼女は元管理官であり、魔の者を作り出した張本人……
ルカ殿と同じくクニクルス第一言語を読める、転移者なのですよ」
・
「いやはやすまない、別の客人の対応があってな」
「いいえ、私も突然の訪問でしたもの。無理を言って申し訳ありません」
ヴァルモント邸の客間で、優雅に紅茶を飲む少女。いいや、少女と言うには大人びており、金色の目が細められたその表情は腹の探り合いをしているような鉄壁さを孕んでいる。
「しかし第一王子とは別でいらっしゃるとは……何か理由があるのか?」
「セレスティン様はご多忙でいらっしゃいますから。未来の王妃となるならば、今のうちに他の領を見て回りたいなと」
「それは素晴らしい」
にこりと笑ったコナーだが、そのうさん臭さにどうしてか背筋にうすら寒いものを感じていた。明確に何か別の理由がある……それをひしひしと感じて、どう切り込んだものかと頭を回す。
「そうだ、収穫祭は終わってしまったが、今年は葡萄が豊作でな。是非ワイナリーを見て行ってくれ」
「まあ!素敵ね、私ワインが大好きなんです」
「ほう、いける口か?」
「うふふっ嗜む程度ですけれど……」
きらりと輝いた瞳に少しの人間らしさを感じ、コナーはようやく少し安心する。
立ち上がり、コナーの後をついて行く少女は、傍に控えていた眼鏡をかけたメイドと共に部屋を出る。
「ワインは……私の尊敬する方が好きだったので」
「思い出深いものなんだな」
「ええ……本当に」
ギュっと胸元を抑える姿は、恋をする少女のようで先ほどまでの令嬢らしい冷たさとは正反対だ。もしや浮気かと疑ったコナーだったが、深くは聞くまいと前を向く。
「……ずっと、探しているんですよ」
誰に言うでもなく、窓の外に生い茂る紅葉した木々を見て言う少女。
「私の愛おしい————」
「マリア様」
メガネのメイドが、少女の名前を呼ぶ。
「あら……ごめんなさいね、ぼうっとしていたわ」
「コナー様が行ってしまわれますよ」
「うふふ、ごめんなさいね……ヴァリー」
「……」
メガネの奥、橙の混じった金色の目が、感情なくマリアに向けられる。
赤かったはずの髪の毛は茶色く変色しギチギチと三つ編みにされ、令嬢時代の面影は無い。
「ああ本当に楽しみ……また会えるといいのだけれど」
「……」
「さあ行きましょうか。魔石の成果も見なくてはね」
上機嫌に廊下を歩くマリア・ロバーツ男爵令嬢。
窓を閉め切った廊下には、冷たい風が吹いていた。




