#09 相手の目を見て話すこと
「……多い」
「えっ!?」
楕円のテーブルに築かれた本の山。
まさかこんなに持って来るとは思ってもみなかったルカは、慌てふためくキアラの横で呆然としていた。
<#09 相手の目を見て話すこと>
「歴史の本をとの事だったので、歴史の棚にあった本をたくさん持ってこようと思って……」
「……」
確かにルカは歴史の本をと頼んだ。しかしそれは1冊2冊程度を想定しており、まさか20を軽く超える冊数を持ってこられるとは思ってもみなかった。
しかしこれだけあれば、今後どれほどの時間自由に過ごせと言われても時間を潰すことができる。別に叱責するほど重大なことでも、ミスでもない。ルカはキアラを見て微笑む。
「ありがとうございます、キアラ」
「!!め、めめめ滅相もございませんっ」
慌てたように頬を赤らめ頭を下げるキアラに首を傾げるルカだったが、ひとまずどれから読むべきか……と本の背表紙に目を向ける。
「(“歴代国王の偉業”、“国王ブリオン・ホワイト”、“建国とホワイト王家”……まあこの辺りから読み進めれば早いか?)」
一旦は目に入ったものから手をつけようと、ルカは本に手を伸ばす。それをじっと見る視線。ルカはそちらに目を向ける。
「……」
「……読みますか?」
「へ!?い、いえ違うんです!私、この国の言語にはまだ疎くて……」
「ということは別の国からここへ?」
「はい……クニクルスという小さな王政国です」
もじもじと指を交差させ、体を小さくするキアラ。
クニクルス王国とはホワイト王国に隣接する小国で、領土は随分小さく、ホワイト王国の町1つ分程度しか無い。特産の物も少なく痩せた土地でるため人口は減り続けているようだが、今まで奇跡的に他国から攻め入られたことはない。
領土を奪ったところで利がないと判断されているのだろうか……そんな不憫な王国だ。
「流暢に話されていますよね?」
「ええ!?そんな、私よくメイド長様に怒られるんです。母国語が出ているって……」
「(……もしかして)」
この世界に来た時の/inputのせいだろうか。この世界の言語を理解できるようにした弊害で、国内外を問わず理解できるようになってしまったのかもしれない。
これはこれで問題だなと思うルカだが、しかしキアラからすればそんなことは露知らず。きらきらと赤色の目を大きく開いてルカを見つめている。
「もしかして……ルカ様はクニクルスの言葉がわかるのですか!?」
「ええと……少し?」
「すごい!すごいです!クニクルスの言葉は他国の方には習得が難しいのに!」
「(……知らないフリしとけばよかったかな)」
キアラがぴょんぴょんと跳ねるたび、その結わえた髪も同じように跳ねる。ぴょんぴょんふわふわ。ルカはそれを見て口角が自然に上がる。
何だこの可愛らしい生き物は。やはり愛嬌のある子はいい。場の空気が良くなる。……と、しょっちゅう場の空気をピリつかせるルカは思う。
「ルカ様は語学が堪能なんですね……」
「いえそんな、私なんてまだまだですから」
あまり褒められすぎても恥ずかしい。この年齢になると中々人から褒められることなど無くなるから、ルカはそういった耐性がなく照れ隠しに本を持って椅子に座る。
「用ができたら呼びます」
「かしこまりました!紅茶などは飲まれますか?」
「それも欲しくなったらお呼びしますので」
「わかりました」
静かに部屋を出るキアラ。
その赤色の目は、本に向けられた黒い瞳をじっと見つめていた。
・
「主様、キアラです」
「入れ」
コンコン、とノック音の後、この屋敷の主であるローワン公爵の執務室の扉が開く。
そこには先程までとは表情の雰囲気が変わり、物静かなキアラの姿。ローワンと、その傍に佇む従者セドリックはそれを迎え入れる。
「なにか動きはあったか」
「本を持ってくるように仰せつかりました」
「本を?恋愛小説などうちにはないだろう」
「いえ、歴史の本を」
「歴史……?」
あの年齢まで婚約もせず独り身でいる令嬢ともなれば、相当性格に難があるか、はたまたロマンスにのめり込み現実に目を向けられないでいるのではないかと思うのが普通だ。ローワンは正しくそう思っていたし、従者であるセドリック、キアラもまたそう思っていた。
しかし要求は歴史の本。自国の歴史が今更気になるというのだろうか?セドリックは自身の想像とは違うらしいルカの行動を聞き、眉間に皺を寄せる。
「ほかには、あなたが気になることはありませんでしたか?」
「……複数言語を理解しているようでした」
「男爵とはいえ令嬢だからな。語学が堪能な令嬢ならばいくらでも——」
「クニクルスの第一言語を理解していました」
「「!!」」
興味が無いとでもいいたげだった薄紫の目が見開かれる。
この世には複数の言語が存在する。大元を辿れば同じものもあれば、独自の進化を遂げたもの、古代語等……とにかく多岐にわたる。
そんな中でも特に難しいとされるのが“クニクルス 第一言語”。ナンバリングは第三まで存在し、数字が若いほど理解するのが難解であるとされている。まともな接続詞がないどころか、ほとんど象形文字に近いそれ。考古学者も手を焼くその言語が書かれた本を、ルカは迷いなく手に取り、読んだ。それはすなわち……
「魔物に親交があるのでしょうか……」
「……」
クニクルスは魔物と人間の共存に成功した唯一の国。先祖に魔物の血が流れる者が大半を占めており、キアラもその一人である。
先祖にヘルハウンドの魔物の血を引く彼女は目が赤く、主人と認めた相手には忠実で嗅覚や聴覚が鋭い。おおよそ普通の犬の特徴に思えるが、特に彼女の場合主人に降りかかる“死の予感”に敏感で、ヘルハウンドの血を引く者はよく傭兵や護衛として重宝される。
「モスウッド家と関わりのある貴族を調べましたが、クニクルスに関わる貴族はいなかったはずです。“魔物”や“魔の者”との関係も、一切疑うべき点はありませんでした」
「……そうか」
セドリックの言葉にローワンは目を伏せる。
「キアラ、引き続き監視を。セドリックは彼女と関わりを持った人物がいないかを調べてくれ」
「「御意」」
足早に部屋を去る2人。ローワンの脳裏には、バルコニーから飛び降りる淡い栗色の髪の女が焼き付いていた。
めためたに警戒中
261716 主人公の名前がルイになっている箇所があったので修正




