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はざまの苦労人~異世界管理業務、できなくなりました~  作者: わぎり
Case1 管理業務、できなくなりました
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#08 指示待ちにならないこと

 この世界で貴族が婚約する場合、両親への挨拶の他に合意書などの書類作成を始めとした手続きが発生する。

 結婚に政治的な意図が含まれるこの世界では、婚約もまた大きな意味を持つ儀式であるため爵位の高い貴族は盛大に宴を開くものなのだが……



「——書類はこれで以上です。お疲れ様でした」

「それで……私はこのお屋敷で何をすれば?」

「部屋で自由に過ごしてもらって構わない。なにか入り用なら侍女のキアラを呼ぶといい」

「……わかりました」



 28年物の日本人な私。

 いちばん苦手な言葉は“自由”です。




  <#08 指示待ちにならないこと>




「(自由に過ごせ、か……)」


 いつか侵入したことのある執務室での書類作成が終わり、今はアシュフォード公爵の屋敷内にある私の部屋にいる。

 執務室や廊下と同じようにグレーや紫を基調とした落ち着いた室内は、華美なものがあまり得意ではない私に優しい。


 

 しかし今まで常にやることがある生活を送っていたので、こうして丸投げされるのは初めてに等しく何をすればいいかわからない。

 それに、暇を潰すといえば大体スマートフォンを眺めるものだがもちろんそれは手元に無く、室内には本もボードゲームのようなものも無い。

 唯一あるのは紙とペン。紙質はザラザラとして、インクを吸いすぎるような印象だ。あまり娯楽には使えそうにない。


 

「……ちょっとぐらい、本でも持ってくればよかったかな」


 

 婚約を申し入れられた際、モスウッド家は大騒ぎであった。

 公爵に降ろされたとはいえ王族の血を引くローワン公爵との婚約。

 しかも28歳という婚期を逃しに逃した娘の縁談ということで父は涙し、母は見たことがないほどの上機嫌に。ほとんど面識のない使用人たちまで大喜び。そんなムードにどうも居心地の悪さを感じた私だったが……同棲を始めるとなってアシュフォード邸に入った時のあの張り詰めたような空気も、中々居心地は悪かった。


 

 私はローワン・アシュフォード公爵に警戒されている……と思う。

 なにせ家から持ち込む品々はくまなく検査され、侍女もモスウッド家のメイドではなく、新たにキアラというメイドの女性を宛てがわれることになった。家との連絡手段はほとんど文通のみ。面会したい際にはローワン公爵も同行するという旨が書面に書かれていたのを覚えている。


「(モスウッド家も監視対象か)」


 なにせ変装までして東の森に訪れていた女だ。公爵は国王から割り振られた領土の統治を任されているローワン公爵としては私個人を警戒すべきか、はたまた家族まで警戒する必要があるかを割り出したい気持ちはあるだろう。




「……」 

 

 

 とはいえ……やることがないのは苦痛だ。スカートの下に隠し持ってきたコンソールもやはりうんともすんとも言わないし、“魔の者”と呼ばれていた化け物の血がベッタリと固まって隙間に入り込んでしまっている。これを、この有り余った時間で洗浄出来ればいいが……汚れの頑固さに加え、部品の欠けの多さから現状コンソールの復元は絶望的だろう。私は改めてそれを足元に忍ばせて、高価そうな椅子に座る。


 

「……仕事したい」



 引き離されるとこんなにも恋しくなるのかと、私は一人で笑った。




 ・




 薄く窓を開け、森が近い立地特有の植物性油脂の香りを感じながら微睡(まどろ)んでいると、コンコン、と小さくノック音が聞こえる。


「どうぞ」

「失礼いたします」


 開いた扉から現れたのは、1人のメイド。ターコイズの髪を綺麗に束ね、少しフリルのついた、しかし裾の長い厳かな給仕服に身を包んでいる。


 

「初めましてルカ様。私はキアラと申します」


 上品に裾を上げて挨拶をする彼女に、私も立ち上がり応える。


「ルカ・モスウッドです。お名前は伺っております」

「ご婚約誠におめでとうございます。今後、ルカ様の身の回りの事はわたくしめがお世話をさせていただきます。」

「よろしくお願いします」


 所作はどこかぎこちないながらも、粗雑な印象は受けないメイドだ。恐らく元々良い家庭の出なんだろう……毛先の水分のなさや手先の荒れは見られず、代わりに緊張からか震える指が見える。


「……」

「……?」


 じっと、私を見つめるキアラさん。なんだ、何か用があるのだろうか?所作の上品さとは裏腹に少しあどけなさを感じる顔は、どこか後輩のあの子を思い出させる。

 なんというか……もっとわかりやすく言えば……。


 犬のよう、というか。



「……キアラさん」

「けっ敬称などいりません、是非キアラと……」

「……ではキアラ、読んでもいい本はありませんか?出来れば歴史が絡む本を読みたいのですが……」

「お持ちします!」

「……」


 ブンブンとしっぽを振ったように見えたのは気のせいか?足早に彼女が去った後、廊下から薄く「廊下を走らない!」と高齢の女性の声が聞こえてきた。


「……ふっ」


 いつの間にか肩に力が入っていたらしい。小さく口から漏れた笑い声が、穏やかな風にとけるように消えた。

 かわいいだねぇ

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