#07 目的を明確にすること
「……はぁ?」
皆さんは立場が上の人間にガンたれたことはありますか。私は28年生きてきて初めてやりました。
気分は悪いです。あと、多分不敬罪で死にます。
<#07 目的を明確にすること>
「主」
呆れたような声に、意識を引き戻される。ぽかんとした顔をしているローワン公爵もはっとしたように肩を揺らして、咳払いをしている。
「すまない。……急だったな」
「……いえ」
ほんとにな。なんて言える身分ではない私は、一応顔を何とか戻して笑みを浮かべてみる。
糸目の従者はやれやれ……みたいな反応をしているが……え、なに。こういう突拍子もない発言よくするの?急に求婚するような人なのローワン公爵って。ツラが良くて勢いで動く人間?そうだとしたら余計に関わり合いたくない。
「申し訳ありませんルカ様……本日お伺いしたのは、わが主……ローワン・アシュフォード公爵があなた様とぜひ婚約をしたいとおっしゃられたからでして……」
「……」
従者も主も同じ話を繰り返すとは。
一体なぜ?どうして私と婚約を?様々聞きたいことはあれど、何より私がこれから謳歌しようとしている第2の人生にとってこの話はリスクでしかない。
だってこちとら異世界の管理をしてる人間なわけで、それがバレれば何をされるかわかったもんじゃない。コンソールが壊れている今、私は何もできることが無いが……思わず口をついて元の世界の品の話なんてしてみろ。それがこの世界の均衡を崩すことになり得てしまう。
「(元の世界に戻れないとしても…職場のみんなに迷惑をかけたい訳じゃない)」
だから私は毒にも薬にもならない、この世界に影響を与えない存在になりたい。誰にも気にとめられず、誰にも頼られない……そんな人間に。
「……発言しても、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
「何故、私にお声がかかったのかをお聞かせいただけますか?」
「……」
じっとこちらを見るローワン公爵。どうにもその薄紫には見覚えがあり、どこで見たものだったかと記憶を辿るが……なかなかヒットしない。
それに声だってどこかで聞き覚えがある。……人の事をよく見るようにはしているのだけれど、生憎覚えるのが苦手な私はこんなにまじまじと顔を見ても思い出せない。そもそもそんなに深く関わった人間はこの世界でいないので問題は無いが……。
「……私は今年で25になる。」
「(年下かよ)」
「いい加減婚約者を見つけなければと思っていた所に、あなたが……森に現れた。」
「森……?」
森、というとあの東の森だろうか?私があの化け物を確認したあそこで?
背筋に嫌な冷たさが走る。
あの時確かに私は服を変えて潜入した。それを見て私だと認識したと?でも公爵と接点なんてなかったはずだ。
元々、移転した時点で私の情報は新たにこの世界に適応する都合のいいものが用意される。成り代わりだの魂が入り込むだのそういうものではない。子供のいなかった男爵夫妻の元に、あてはめるように私の存在が入れられた。元々の世界の私と整合性の取れるような形で。
ということは私が彼と接触したのは、私がこの世界に来てからの話。森で見かけた程度で私を探し出すなんてまず無理に等しいはず————
「(待てよ、まさか)」
森で私は確実に二度何者かと接触した。
あの化け物に腕を握りつぶされそうになった時と、気を失った後怪我の手当をされた時。その二度とも確かに視界には黒が映ったと思う。
……そういえば黒髪なんてローワン公爵以外に見てないな。育った環境が日本なだけに違和を感じなかったが、もしやこの国では珍しいのかも知れな……
「……」
……あの二回の接触、どっちもローワン公爵って話は無いか?
あの異様な化け物との接触も、コンソールも見られ、その上看病されたにも関わらず逃げてきて……それが本当だとすると今回の訪問、婚約が一番の目的では無いんじゃなかろうか。
「……あなたが、言ったんだ。意識を失う寸前に……
責任を、取れと」
「……責任?」
はて責任とは。
そんなこと言っただろうか?記憶を何とか辿ってみるが思い出せない。私が首を傾げていると、ローワン公爵がおもむろに立ち上がり私の座るソファの横に移動した。そのまま流れるように、膝をつき、私を見上げる。
「状況が状況ではあったが、私があなたに“魔の者”の血を浴びせたのは事実。私とて剣を国の為に振ると決めた男だ。あなたの言った通り責任をとらねばならないと思っている」
「(魔の者…)で、ですがそれはあの状況ならば仕方の無いことでは……」
「いいや、これは私の不手際だ。……だからどうか、責任を果たさせてくれ。私は生涯をかけあなたを血濡れにした愚行を償いたい」
私を見上げる目を縁取る長いまつ毛は震え、形のいい細い眉はどこか覚悟を決めたように眉間に皺を寄せ。色白の肌には薄く赤みがさしている。
「どうか、男として責任を全うさせてはくれないだろうか」
立場の面から一切逆らうことの出来ないその提案。そのうえこの男、“魔の者”について何か情報を握っている。
そんな、妙な脅しのような話に、私には頷く以外の返事が用意されていなかった。
・
「よろしかったのですか主」
「何がだ」
訪問と婚約の申し入れが終わり、馬車にて自身の屋敷へ戻るローワン公爵とその従者、セドリック。道の悪さゆえたまに大きく揺れる車内だが、慣れている様子の2人は体制を崩す事なく話している。
「責任を果たすなど……本来ならばあなた様は感謝される立場のはずです。それを膝までついて婚約の申し入れをするなんて……」
セドリックはこの婚約に納得していないらしく、少々顔を険しくしたまま言う。
「私が責任をとると決めたんだ。それに……」
ローワン公爵の手のひらにあるのは、小さな金属片。この国では見られないような練度の高いそれを、薄紫の目が見つめる。
「彼女が魔の者と何か関わりがあるのか……それを確かめなければ」
冷たさを持つその目に、セドリックは押し黙る。
様々な思惑が交差する中……空には細い三日月が浮かんでいた。
ロマンチッ……ク?




