#88 期待と要望を混同しないこと
「ねえ、ルカ様の手の甲……見た?」
「見たに決まってるじゃない!あれってローワン様の魔法陣よね……?」
「きっとそうよ、ご婚約されたばかりの時は無かったし……」
「魔法陣を使う複雑な魔法なんて、王族の血縁の方しか使えないものね」
「何の魔法なのかしら……」
待機を命じられ、部屋で女子トークに花を咲かせるアシュフォード家のメイドたち。
キアラもまたその中に混じって笑っている。
「ああ……お二人でお祭りに参加できればよかったのに……」
「お揃いの腕輪も買っちゃったり……」
「「「キャア~~!」」」
すっかりルカとローワンの関係進展を楽しみにしているメイドたち。温度が徐々に高くなる使用人の部屋とは裏腹に、ルカが療養するその部屋は、緊張感と静けさが支配していた。
<#88 期待と要望を混同しないこと>
「セドリック。どうしてあんなことをしたのか。どこからコンソールを持ってきたのか……全て教えてください」
「……」
爆発事件により療養中のルカは、体術で相手をねじ伏せることができない。
しかし隣に座るローワンはどうか?東領の森に結界を張れるほどの魔力を持った、王族の血を受け継ぐ人物だ。造作もなく部屋を凍らせたあの時のように、セドリックを抑え込むことは可能だろう。
そんな絶体絶命の状況で、セドリックにはもはや話す以外の選択肢が用意されていない。会話を許されている分、グラク達に比べれば好待遇だが……
「……っ」
ただ、セドリックはどうしても口を開くことができない。何故なら自分の行動は“主を裏切ったこと”に変わりない。墓場まで持っていくつもりだった自分の選択は、思わぬ形で露呈してしまった。自分の慕う主と、その婚約者によって。
「……ローワン様がいると話しづらいですか?」
「っ……いいえ、自分の口で……お話します」
優しさか、別の目的か。ルカの言葉にセドリックは咄嗟に反応する。ここでその言葉に甘えることは騎士道に反する……あの日、主のために捨てたはずの騎士精神が顔をのぞかせ、セドリックの口をつき動かした。
「私は……私はこんなことをするつもりでは無かったんです」
・
寄宿学校へ入学する1年前……私は、宰相である父に連れられ、学校長に挨拶をしに行きました。
『これはこれはアナベル宰相殿!この度は多額の寄付をいただき誠にありがとうございます……!』
『いえいえ。これから愚息が世話になるのですから当たり前ですよ』
『ほっほっほ!もちろん、ご子息がご在学中に不便が無いよう努めてまいりますとも!』
幼いころから貴族とはなんたるか、人を動かすとはどういうことかを学び続け……社交の場でも散々貴族の汚さを見てきました。
ですから父が学校に賄賂を出したのも予想通りでした。ここでもそんな父の姿を見ることになるのかと。ですが……
『学園長殿、少し校舎内を見て回ってもよろしいですか?』
『ああ、良いとも。広いから迷わないように気をつけなさい』
『行って参ります、父上』
込み入った話もあるだろうと学園長室を後にして、校舎内を少し見て回ることにしたのです。
教室を眺めながら、私を見てはコソコソと話している学生を無視して中庭まで歩いて行った頃……そこには小さな貴族社会のような、階級が全てを決める場面が広がっていました。
『信じてください!私は決してわざとぶつかったわけでは……!』
『男爵家が何を言っても無駄だ!私の婚約者になんたる無礼な態度……!父上から直々に抗議してやる!』
『そんなっ!』
『……』
見れば、男爵令嬢が運悪く伯爵令嬢にぶつかったようでした。ぶつかられた側に大きなけがは無かったものの、手に持っていた紅茶をこぼしたらしく制服に紅茶が染み込んでいました。
ただこんなことは当たり前だと思って見ていたんです。普通、階級の低い者と高い者がいれば、低い方が悪いに決まっている。どんな理由があったとしても善悪は階級の差を超えられない。そう教えられましたから。
ですが。
『おい』
『なんだ!何か文句で……も……』
『(あれは……!)』
黒髪に紫の瞳を持った生徒が、その場に現れました。
一目見てわかりました。紫の目を持つのは王族だけ……そして、現在生きている王族の中で黒髪を持つのはただ一人……ローワン・ホワイトだけであると。
『ろ、ローワン様!?どうしてこちらに……』
『近くを通っただけだ。……何を騒いでいる?もう始業のベルが鳴るだろう』
鋭い視線を向けられ、ひるむ学生たち。しかし王族が現れたことで気を大きくしたのか、男子学生は声を大きくしました。
『ローワン様!この男爵令嬢が私の婚約者に恥をかかせたのです!』
『ちっ違います!私は誤ってぶつかってしまっただけで……!』
『……』
じっとその様子を見ていたかと思えば、ローワン様は静かに言いました。
『貴殿がすべきは、紅茶がかかった婚約者をすぐに医務室へ連れていくことではないのか?それに私には……その婚約者殿が何か言いたげにしているように見えるのだが』
『!!』
それまで一言もしゃべらなかった令嬢が、恐る恐るというように口を開きました。
『わ……私が、よそ見をしていたから……ぶつかったのは、この方のせいでは……ないんです……』
『ッ貴様……!伯爵としてのプライドは無いのか!?』
『きゃあっ!?』
下の階級の者に対して、自分の非を認めたことが気に食わなかったのでしょう。ローワン様の言葉も刺さったのか、男子学生は婚約者に向かって手を上げました。しかしその腕が下がることは無かったのです。何故か?それは……
『あ……ああ……っ!?』
地面から伸びた闇魔法。縄のように腕に巻き付き、ギチギチとその腕を固定していました。
『……階級を誇るのは構わないが、身分のある者こそ下の者の声に耳を傾けるべきだろう。階級は、相手を見下し痛めつけて良い理由にはならない』
『……!!』
私はその言葉に目が覚める思いでした。
まさか王族という、この国の最高権力を持つ階級の人間が、このような発言をされるなんて……。
『……?君は……』
『っ……わ、私は、セドリック・アナベルと申します!来年入学するため、学校を見学しに参りました……!』
『……そうか』
それから私は、ローワン様に見合う男になりたいと思い勉強に励みました。ローワン様の治める国を間近で見るため、宰相としてローワン様の治める国をより良くしたいと……
しかしそれから2年経った頃でした。ローワン様がホワイト家から、アシュフォード家へ養子に出されたと知ったのは。
・
「……そのまま宰相を目指していても、直接的にローワン様にお仕えすることはできません。ですから私は入学後、王国騎士団の訓練生になりました。東の森に住まう魔物と渡り合えるように……ローワン様にお仕えするに値する男になるために」
「……」
その話を、ローワンとルカは黙って聞いていた。特にローワンはセドリックが何故宰相の道を諦めたのかを初めて聞いたらしく、目を見開いている。
ただここで再び浮上するのは、そんな彼がどうして爆破事件を引き起こすことになったのかという疑問。
将来を変えるほどの影響を受けたローワン相手に、何故裏切るような行動をしたのか……。
それを考えるルカに気づいたか、セドリックは苦笑いを浮かべる。
「私はその後、無事ローワン様の元で働けることとなりました。私が頼み込んで勝手に働いていたような形でしたが……私が学生の傍ら、アシュフォード家へ仕事をしに伺い、その後1年ほど入団した王国騎士団で知り合ったドレイクも、料理人としてアシュフォード家へ仕え。公爵家として徐々に仕事が安定していきました。
三年前……あれが現れるまでは」
「……魔の者、ですか」
コクリとうなずくセドリック。
「あれは最初、私が一人で森を巡回しているときに見つけたのです。夕日のような目を持った人間に近い化け物……。最初は本当に苦戦しました」
・
ザシュッ
『はぁっ、はぁ……っ』
目の前に横たわる謎の生物。人間に近すぎるその化け物は、首を切ったことでようやく動きを止めた。こんな生き物はこれまで見たことが無い。魔物についてまとめた資料にも……。
『(報告のために……調査しなくては)』
近づくことさえ躊躇われるが、体を仰向けにし、観察すれば、皮膚は血の気を失ったような色で体毛は丁度人間と熊の間ほど。爪は鋭く尖り、刃が刃こぼれするほどに固い。
そして胸元には金色の何か。えぐるようにしてそれを手に取れば、何かの金属片のようにも、魔石のようにも見える。
『これは……一体……』
・
「では、やはりあれは……」
「ええ。魔石と呼ぶよりも、金属片と言った方が適切です。なにせ元の材料は……
あなた方管理官が持つ、コンソールの部品なのですから」




