#87 言葉を鵜呑みにしないこと
「セドリックが席を外している間、爆弾を準備できた可能性がある、と……」
「コロールにも確認させたが、他の使用人たちはアリバイがある。セドリック以外の使用人もな」
「……疑いたくはないが、他に疑う者がいない」
重苦しい空気の中、特に関係の深いローワンは信じたくないという顔で俯き、書き込まれた事件現場周辺の図面を睨む。
犯人の動いた経路が予想されたその線には、ローワンの迷いが見える。
「どうしたものか……少し泳がせてから……」
「いや、セドリックなら何か手を打ってくるはずだ。あまり時間をかける訳には……」
「だが、この時間にいなかったから疑った、だけでは証拠として弱いぞ」
「そうですね、では直接聞きましょう」
「ああ、やはり直接理由を聞いて……」
場の空気が一瞬にして固まる。
1点に集められた視線。それをものともしないのはベッドに座る一人の令嬢。
「……なんだと?」
「さっさと聞いて吐かせましょう。その方が手っ取り早い」
公爵が散々悩んでいた作戦を正面から打ち砕くルカに、ローワンとコナーは口をあんぐりと開ける。
爆破事件一番の負傷者から出た言葉は、あまりにも直球だった。
〈#87 言葉を鵜呑みにしないこと〉
「っあなたは……相変わらず唐突だな!」
「話を複雑にしすぎなんです。急ぎの案件はシンプルに、簡潔にするのが鉄則ですよ」
「……だが証拠が不十分で……」
「疑うには十分ではありませんか。犯人だと確定するのは、話を聞いてからで遅くありません。憶測だけで証拠を集めて、犯人だと決めつける方がよっぽど危ない」
一体この女は、これまで何をして、何を見て生きてきたのか?
合理性を超えた危機管理能力は、今までローワンが見てきたものよりも鋭く研ぎ澄まされているように見える。
あれほど全てを諦め、乾いた笑みを浮かべていた彼女が、仕事に絡んだ話となった瞬間息を吹き返したようにイキイキし始めた。
これを喜ばしいとするか否か……婚約者のローワンは素直に喜べないでいる。
「それに……あの爆発で領民が無反応ということは無いはずです。領主の処理能力を疑われますよ」
「……痛いところをつくな」
そう、これを単なる事故とするには規模が大きい。
本来ならば警察が介入しても良い場面……それをしないのは、セドリックという人物を知るローワンと、そんな2人の仲を理解しているコナーの温情だ。
それを無駄にしない為にも、この件は短期決戦で攻めるしかない。起きてまだ1時間経つか経たないかのルカはそう判断したわけだ。
「(こういう場面で1番うるさいのは外野だからな……面倒事になる前にさっさと終わらせて東領へ戻ってしまった方がいい)」
それに……と、ルカは布団越しに足をさする。その表情はどこか暗く、誰にも気付かれないまま再び鋭さのある目つきに戻る。
そうして少し経った頃……コロールによって連れてこられたセドリックは、硬い表情で部屋へと入るのだった。
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「……お呼びでしょうか、ローワン様、ルカ殿」
「ああ、急用でな」
座れ、とローワンが指定したのは、先ほどまでコナーが座っていた椅子。
本来ならばこの場にいるはずだったのだが、こちらはこちらで要人の対応をしなくてはならないと席を外していた。
むしろ予定外に長く滞在しているのはローワン達の方だ。元より予定のあった貴族を優先させるのは当然である。
「急用……ですか」
「……」
何かを決心しているような……しかし自分からは触れたくないと言わんばかりに察し悪く返事をするセドリック。普段の彼を見慣れているローワンの目には、それすら怪しく映る。
「……っ」
「……私から聞きましょうか」
「いや……大丈夫だ、あなたは聞いていてくれ」
助け舟を出したルカだったが、ローワンに断られ黙る。そもそも自分が直接聞けばいいと提案したのだから、話を切り出すぐらいはしようと思ったのだが……
それから1分とも10分ともわからない無言の時間が続き……ついに、ローワンがその口を開いた。
「セドリック。……お前は爆破事件の時、何をしていた?」
「……私はキアラが部屋へ戻らなかったため、その様子を見に伺いました」
「なぜだ?ルカの世話に時間がかかっていただけかもしれないだろう」
「ここは東領ではありませんから。あまり遅い時間までメイドが出歩くのは、ヴァルモント家へご迷惑になります」
やはりというべきか、セドリックは理路整然と理由を話す。その上筋は通っており、ローワンもどう切り出すべきか迷っていた。
「(お前を怪しんでいると直球に聞くべきか……いいや、もっと具体的な証拠を探ってからでなければセドリックは納得しない)」
何より自分も。古くからの腹心……友人とすら言える男を前に、ローワンは言葉選びに苦戦している。悔しげに、しかし悲しげに唇を噛んだその時……ローワンの隣から凛とした声が上げられた。
「あなた方って……頭が回る割に腹の探り合いは下手ですね」
「……は?」
まさか自分にもその矢が向けられるとは思っていなかったローワン。その言葉を聞いてセドリックもまた黙ってはいられない。
「ルカ殿……それは主への侮辱ですか?」
「いえ、ただの感想です。……お気に障りましたか?」
「……あなたの言葉遣いを咎めたのです。もしこれが私を揺さぶるためのものならば無意味ですよ。主まで巻き込むのはおやめください」
「それでは自分はやっていないと?」
「ですから私はただ、キアラを迎えに……」
「やっていないんですか?」
「っしつこいですね、私はたまたまその場に」
セドリックが声を荒げた瞬間。スッとルカの目が細められた。音もなくそれはセドリックの喉を引き攣らせる。
「やったか、やっていないか。どちらかでお答えください」
「っ……!」
鋭く温度すら感じられないような黒い眼。それを向けられセドリックは悟った。もうすでに、尋問は始まっていたのだと。
ローワンに聞いていろと言われてから、ルカは素直に二人の会話を聞いていた。もちろんセドリックはアリバイを用意してくるだろうと予想していたため、なんら驚くことは無かったし、こちらで把握している通りの内容だった。ここまでは完全に想定通りだ。
しかし問題はここから。ローワンはセドリックに情がある。恐らく強くは出られないだろうと危惧していたが、その通りになってしまった。
セドリックは頑なに隠し通すつもりなのか、それとも本当にやっていないのか。主に被害が出た以上誰か別の人物による犯行だったとしたら、この場で口を割るだろう。それほどの忠誠心を持っていることは短い期間を共にしたルカでもわかる。
ではどうしてやったとも、やっていないとも言えないのか?ルカは一つの可能性を感じていた。
「セドリック。あなたが答えられないのは……想定外だったからなんじゃないですか?」
「……何のことか、私にはわかりませんね」
目を伏せ、笑うセドリック。肩をすくめるその仕草はどうにも彼らしくない。
「これは仮説ですが……あなたは何らかの方法であれを入手し、部屋に置こうと画策した。しかしそれをするにはローワン様と離れなくてはならず、一人で部屋に入らなければならない」
つらつらと推測を話すルカに、セドリックは眉を顰め、ただじっと耳を傾ける。余計なことを喋ればそこから揚げ足を取られる……だから黙っているしかない。反論すら彼女の推理材料になってしまうことを知っているから。
「西領へ来てからあの爆発が起きるまで、あなたが一人になり、あの部屋が空いていたタイミングはたったの一度。東領へ遣いを送った時です」
東領へ向かったと思われるセルパン伯爵。アシュフォード家の使用人に彼が森へ侵入するのを防げと命じるために、セドリックはローワンの命を受けて側を離れた。
その際ローワンの部屋へと入り込んでコンソールを置いた……それがルカの推測だ。
「……それでは証拠が不十分ではありませんか?仮に私が犯人だったとして、どうして主の部屋に爆弾を置くのですか?そこまでして主の殺害を企てていたなら、東領にいる間でいくらでも機会はあったはずです」
「そこなんですよ。
そもそもで常に寝不足の人間なんて隙が生まれやすいというのに、どうして西領へ来て決行したのか……」
はぁ、なんてわざとらしくため息をつき、頬に手を当てるルカ。困ったようなジェスチャーは彼女の余裕を見せつけ、セドリックに妙な焦りを与える。
「……もちろん想定外でしたよ。まさか他領で体を休める主を狙うなんて卑劣なことをする者がいたなんて」
「そうですよね。爆発するなんて思いもしませんでしたよね」
「っ……!」
ぶわりと、全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。体温の調整が効かず、だらりと嫌な汗が背中を伝う感覚。セドリックは目を見開きルカを見る。
その顔はおよそ令嬢ではなく、罠にかかった魚を見るような……
「当たり前です、あれを見て爆発すると思う方がおかしい」
「な……何を、おっしゃっているんですか。爆弾だとわかってベッドの中に仕込んだのでは……」
「わかっていたというなら、あなたを“私と同じ人間”として疑わなくてはいけませんね。ですがその方がシンプルになって助かります。
自分の認証チップを入れて時間を設定し、自滅コードを入れ、他人の認証チップを入れて置いた……理解はできませんが理屈は通る」
よく口の回る令嬢だ。しかしそれ以上に、情報の処理と仮説と事実を混同しない冷静さが恐ろしい。
セドリックは押し付けられる情報の波を咀嚼するのがやっとで、つい口走る。
「っ私は異世界の人間では……」
目を見開き、セドリックを見つめるローワン。ハッとして口を塞いでも、もう遅い。
「……そうですね、だからこの件はさっさと終わらせたかったんです」
現地の者と管理官が手を組んだ……その最悪の可能性が、ルカの頭をチラついていたから。
ギリ、と握られた布団にしわが刻まれた。




