#86 優先順位をつけること
「セドリック・アナベル。アナベル伯爵の一人息子で次期宰相候補……だった男だ」
「だった……?」
「知らないのか?……アイツは宰相になる道を自分から外れて、ローワンに仕えるために王国騎士団に入ったんだ」
コナーの口から語られる、セドリックという人物。ルカはただ無表情で、それに耳を傾けた。
〈#86 優先順位をつけること〉
「アナベル宰相と言えば、前国王の時代に就任された先王派の筆頭貴族だろう?入学した時は随分注目されたらしい」
「……らしいと言うと、ご在学中は接点が無かったのですか?」
「ああ、俺とローワンが卒業した翌年に入学したはずだ。むしろ第一王子とは1年ぐらい被ってるんじゃないか?」
「……」
ローワンが25、コナーは29。そしてセドリックは22で第一王子は17歳。王子はまだ在学中のはずだとルカは頭を整理する。
……そうなると、セドリックは学校に関係なくローワンと会っていたことになる。そこで何があったのかは……コナーも分からないらしい。ルカが深く聞こうとしたところ首を振られてしまった。
「ではどうして学校の話になったのですか……」
「いやぁ……むしろルカ殿の方が知っているんじゃないかとな?ほら、学年は1つ下だったんだろう?」
「(あ、そうだった)」
貴族は当たり前に寄宿学校へ通う。
そして間の悪いことに、その学校というのはこの国に1つきり。適当に他国の学校へ通っていたとでも言えばごまかしが効くかも知れないが、証拠の出そうな嘘は残さないに限る。
起きたばかりで上手く働かない頭を回すルカ。
「(サボってたとか言ったところでバレるか?てか貴族って怒られることあんのかな、下手に出任せのエピソード話したら詰むぞ……)」
身分が上の者に対して嘘をつくことに抵抗は無いが、嘘が破綻すると大変面倒くさい。……ということを自らの婚約者相手にやった経験のあるルカは思う。
しかし見事に頭が働かない。4日も寝ているとエンジンがかからないというべきか……
「彼女は専攻が違うんだ」
「!」
「ローワン!」
ルカ達が驚いて声の方を見ると、そこには神妙な面持ちのローワンが立っていた。専攻などルカは当然知らない。彼が古くからの友人に対して嘘をついたことに驚きを隠せず、思わず目を見開く。
その手にはバスケットを抱えており、中にはパンと、布に巻かれた何かが入っている。
「……起きたんだな」
「は……はい、ご迷惑をおかけしました」
噛み締めるようなローワンの声。それに気まずさを感じたルカは、目を伏せる。
本来ならばここで婚約者同士甘い空気でも出すものだが……ルカは意識を失う直前に考えていたことを思い出し、顔を曇らせる。
「お前……もう戻ってきたのか!」
「ああ、用事は済んだ」
「(用事……?)」
一体何をしていたのだろうか?ルカが首を傾げている間にローワンは近くの椅子を取り、ルカ、コナーと輪になるようにして座る。
コナーも出された椅子に座り、室内は簡易的な会議室のような空気……なのだが、やけにローワンが近い。
婚約者だから当たり前と言われればそうかもしれないのだが……日頃こんなに近くにいることが無かったので、妙に気になる。
「体調はどうだ、痛みは無いか?」
「い、今のところは……患部が痒いぐらいです」
「そうか……では少し、今回の事件について話をさせてくれ」
「はぁ……」
公爵同士でやればいいのでは?と思わなくも無いが……しかしルカも事件の犯人を明かしたい気持ちはある。コンソールを奪った者と同一人物なのか、どういった理由で爆発させたのか……。
ローワンは、自分の思惑をまだわかっていないであろう婚約者に少しばかり視線を送ったが、頭を切り替え口を開いた。
「まず……この爆発事件を起こしたのが誰なのか。コナーから話は聞いたか?」
「はい、セドリックが疑わしいと……」
「現場の状況を整理したんだ」
ローワンは、紙に簡易的な地図を描く。
件の部屋に隣接する廊下と窓、そして窓の外に広がる中庭。隣に並ぶ四角のうち、ひとつの部屋には“ルカ寝室”と書かれている。
「当時の状況の確認だが……夕食の後、あなたが寝る支度をしている間、私はセドリックと共にこの部屋で“魔石”について話をしていた」
ルカたちが訪れた葡萄農園。
農民たちが欲しているという魔石は、どのようなルートで敷地に置かれたのかをローワンはずっと探っていた。
そして高純度のそれが一体誰のものなのか。領地を治める者として見過ごせる立場ではないコナーもまた、ローワンと議論を重ねたわけだ。
「農民の敷地内にあったものを無理に押収することは出来ない。だがそれが原因で大きな問題に発展してはまずい……目先の収穫量に目が眩んでいる農民たちをどう説得するかが難しくてな……」
「……」
黙って聞いているルカ。その顔つきは徐々に寝起きの柔らかいものから仕事モードに切り変わり、目付きが若干鋭さを持つ。
それを確認して、ローワンは再び口を開く。
「その話をしている時、セドリックは席を外していた」
「……どうしてですか?彼もこの件は把握していますよね?」
東領へ魔石を求めていた貴族が向かった件も、ローワンとセドリックで対応していた。だというのにどうして同席させない……?ルカは腑に落ちないという顔でローワンを見る。
「セルパン伯爵のことは覚えているか」
「ええ、東領へ向かった可能性があるとか……」
「家に1人使いを送ったのは?」
「もちろん」
「……その者が1度戻ってきたんだ。その対応のためにセドリックは席を外していた」
「(戻ってきた……?)」
「……魔の者が出たんだ」
「!!」
いよいよ考えることが多くなってきた。魔石を求めるセルパン伯爵の行方に、魔の者と遭遇した使用人。突如現れたコンソールと入力されていた自滅コード。
この世界に来た原因でもある魔素の増加原因すら特定できていないというのに、目の前に積み上がった謎が多すぎる。
「はぁ……」
頭が痛くなってきた。ルカは溜息をつきローワンの描いた図を見る。
「……ひとまず、セドリックが今回の爆破にどう関わっているのか……ローワン様のお考えをお聞かせ願えますか」
「わかった」
焦りと苛立ちが混じった溜息を誤魔化すようにして、ルカは話を本題に戻すのだった。




