#85 贔屓目に見ないこと
「ルカ様、室温はどうですか?寒くありませんか?」
「お飲み物はハーブティと白湯どちらがよろしいですか?」
「本をお持ちしましょうか?」
「……」
ルカの部屋でせわしなく働くキアラ。何もするなと強く言われたルカは、その好意を受け入れ見守るしかない。
「(……いつ言おう)」
耳もしっぽも出したままのキアラ。
それを見て驚愕しているコナーの存在を、ルカはいつ伝えるべきか迷っていた。
<#85 贔屓目に見ないこと>
「——獣人!?」
「はい」
ルカの様子を見に来たのは、ヴァルモント家当主、コナー・ヴァルモント。驚いた視線の先には耳をしまうタイミングを見失ったままプルプル震えているキアラがいる。
もしルカが立っていたならばその後ろに隠れられただろう。しかしルカは今ベッドの上……一人で立つキアラの頭上では、ぺたりと伏せられた耳が震えている。
「驚いた、まさか獣人をメイドとして従えていたとは……」
「?……珍しいのですか?」
「まあ多数派ではないな。稀に慈善家の貴族が迎え入れているとは聞くが……」
どこか気まずそうに目線を逸らしたコナー。ルカはその様子に首を傾げる。
「メイドとして雇う貴族が少ないということですか?」
「いや、まあ……」
「用心棒ですか?」
「その……大変言いにくいんだが……」
ルカに耳打ちするコナー。キアラは聴覚が良いが今はそれどころではなく、泣きそうな顔でルカたちを見るばかり。
小声で真相を教えられたルカは、その目の輝きを失い、白けたような……何かを蔑むような目をする。
「ああ……まあ、そういう方もいらっしゃいますよね。あまり賛同はできませんが」
「ルカ様……?どういうことですか……?」
「世界は広いなという話です」
「??」
きょとんとしているキアラ。ルカはそれ以上何も言わず、コナーに顔を向ける。
「それより。何かご用件でしたか?」
「あ、ああ。これといった用は無いんだが……少し様子を見に来たんだ。うちのメイドから目を覚ましたと聞いたんでな」
「ああ……ご迷惑をおかけして……」
「いやいいんだ、滞在自体はいくらでもしてくれていい」
頭を下げようとしたルカを止めたコナー。その視線はルカを見ているようであまり見ていない。上の空……というか、キアラがいることを気にしているように見える。
「……キアラ、少しおつかいをお願いして良いですか?」
「おつかい……ですか?」
「収穫祭に出られなかったので……何か秋らしいものを食べたいんですが」
「!」
ピンと立った耳。そして大きく揺れた尻尾が、その忠誠心をあらわにする。
「どんなものがよろしいですか!?」
「キアラが選んでください。名産のものだとうれしいです」
「わかりました!」
「耳と尻尾に気を付けてくださいね」
「はい!」
行ってきます!と部屋を飛び出すように出て行ったキアラ。そのやり取りを見ていたコナーはまるで……いや見たまま飼い主と飼い犬だなと思う。
「手懐けているな……犬系の獣人は特に主人を選ぶと言うが……」
「それは良いのですが……そろそろ本題に入りませんか?恐らくすぐに戻って来ますよ」
「ああすまん」
怪我人だというのに場の空気を簡単に掌握し進行してしまうその肝の座りよう。
コナーがキアラの退室を望んでいたことを見抜いての指示は鮮やかだった。まあ、あのローワンの婚約者だ、これぐらい頭のキレる者でなければ務まらないか……と、コナーは末恐ろしいものを感じる。
先程の和やかな空気とは一変。コナーは表情を曇らせ、口を開く。
「……ルカ殿が眠っている間、あの爆発についてローワンと調査を進めていたんだ——」
・
『——疑わしいのは、あの部屋を掃除した者、そしてキアラ、セドリックだ。お前はキアラと合流する直前までコロールといた。単独で爆弾を仕掛けるのは不可能だろう』
ヴァルモント家の応接間。ルカが治療を受け一命を取り留めたと報告があったのは、日付が変わった頃。ローワンもまた小さくではあるが怪我をしていたため、怪我の処置を受けていた。
過剰なまでに小さな傷まで薬を塗られ保護された患部……そんな状態でも事件の犯人を炙り出すのは、彼の性格ゆえか、はたまた婚約者のためか。
『お前なぁ……私まで疑ったのか?』
『あの場にいた全員を疑っただけだ』
コナーをお前と呼び、冷たく言い放つローワンは学生の頃の彼を思い出させる。
今よりも年相応の口調で、何に対しても公平なその態度は、見方を変えれば冷たくも映る。飛び級した生徒だったことも相まって、近寄り難い男であったことを思い出す。
学校を卒業してからは互いに多忙で疎遠になっていたが……社交の場で顔を合わせた限りでは、彼は年々疲れ果てたような、諦めすら感じさせる表情ばかり見せていた。
それが、婚約者と共に第一王子の婚約披露の場で彼を見ると……その雰囲気は随分変わっていた。
『少しは丸くなったかと思ったが、相変わらずだなローワン』
『相変わらず……?何がだ』
『相手が誰であっても平等に扱う。昔の方がもっと尖ってたとはいえ、相変わらず貴族に嫌われる性格だなと思ったんだよ』
『……』
「……コナー様、話が飛躍すると言われませんか?」
「おっと……すまん、話を戻そうか」
・
『キアラについては、他のメイドたちの証言で動機が見えた。私とルカを同じ部屋で過ごさせようとしたらしい。……これはお前も乗った話で間違い無いな?』
『ああ。……となると……』
『…………私は……セドリックを疑っている』
・
「……」
話を聞き、黙り込むルカ。
コナーとルカの間を、ふわりと小さな風が吹いた。




