#84 教訓に従うこと
『ルカ、立ちなさい』
『痛いよぉ……もうやめようよぉ……』
『いいえ駄目です。あなたに泣く権利はありません』
今でも夢に見る。私を形作るあの人の言葉。
『あなたは転移者ではなく、管理官になるのですよ』
祝福を受けることは許されない。その言葉は、転移者にはなれないのだと、私の期待を打ち砕いた。
<#84 教訓に従うこと>
「ぅ……」
意識の覚醒と共に、重たい瞼を開ける。まだ眠い……でも、二度寝もまともにできない私は開いてしまう瞼に抗えない。そのままぼんやりと目のピントが合うのを待っていると、周囲は明るく晴れやかな空が窓の外に見えた。
確か、翌日が収穫祭だったはず……ということは今は絶賛祭りの最中だろうか?
「(痛い……)」
いや、ちょっと痒いか?どんな処置をされたかわからないが、治りかけの傷と同じような感覚が右足にある。
……あれ、たしか感覚も無かったような?それに頭の痛みも、異様な寒さも無い。……待て、私何日寝たんだ?今は何日だ?収穫祭は……?
「っ……」
無理やり体を動かせば意外と寝汗をかいていたようで、ぺったりと寝巻が肌にくっついてくる。その気持ち悪さと体の重さに起きるのが嫌になったが、勢いに任せ座るように体を起こす。
ぐらりと視界が揺れる。貧血由来だろうか……とにかく今は喉が渇いて仕方がない。水でも貰いに行くか……そう思って足を動かした。動かした……はずだった。
「……!」
・
ギイ、と部屋の扉が開く。ルカは、その音にびくりと体を揺らした。
ドアの奥には水桶と布を持ったキアラの姿。起き上がったルカを見てその目を見開き、ポン、と耳と尻尾を出して駆け寄る。
「ルカ様!っ目が覚めたんですね!よかった、よかったぁ……!」
「キアラ……」
ぎゅっと目を瞑りルカに抱き着く。乱暴に置いた桶からは水がこぼれたが、そんなことはどうでもいいと腰を抱きしめる力を強めるキアラ。
ぶんぶん揺れる尻尾は毛をまき散らす。多少痛みはあるが、その震える手を払いのけられるような力は今無い。ルカはおとなしく、キアラの抱擁を受け入れていた。
「うっうぅ゛……!もうっ目が冷めなかったら゛!どうしっどうしようって……!」
「……どれぐらい、寝ていましたか」
「グスッ……よ、四日は……「四日!?」」
ルカの大声に驚くキアラ。咄嗟にイカ耳になったが遅かったようで目を白黒させている。
「っ確か滞在予定は三日でしたよね?ローワン様は……」
「え?ええと、一緒に滞在されていますが……」
「……」
ルカは頭を抱えた。まさか、自分の怪我が原因で予定よりも長く滞在させていたとは……。領地を治める公爵が長くその土地を離れていたなんて、隈すら弱みになるローワンにとって、かなり痛い出来事だろう。
もし医療機関があったならば、そこにぶち込んでたまに様子を見に来ればいい。しかしそんな場所はこの世界に無い。馬車で連れて帰るにも、意識のない人間を運ぶのは一苦労……。だったら確かにここで意識が戻るのを待つのが賢明か……だが……。
「ルカ様……?あの、大丈夫ですか?まだ具合が……」
「……大丈夫、です。少し……反省会をしていただけですから……」
反省会……?キアラは頭にはてなを浮かべる。
「……もう帰りましょうか」
「え?……ど、どちらに?」
「どちらって……いや、東領に……」
「ええ!?」
ルカの体は、現在包帯まみれだ。
パジャマから出ている腕や足はもちろん、背中や薄い肩にさえ生傷が残っていることを、着替えをさせたキアラは知っている。
その中でも特に足の怪我は本当に酷かった。
止血の処置が早かったこと、公爵家御用達の医者が来たことによって傷口は早く塞がりつつあるが、それでも怪我の深さから跡は残るという話だった。赤黒く変色した肌の痛々しさは肌の痛々しさは思い出すだけでもつらい。
そんな中で長時間馬車に乗れば、せっかく塞がってきた傷口だって開いてしまう。他の傷だって……
「……ルカ様」
「着替えは手伝っていただけますか?流石に一人ではできそうになくて……」
「ルカ様、ダメです!」
「……えっ」
「ルカ様は怪我人なんですよ!しっかり眠らなきゃ治りませんよ!」
「け……怪我人とはいえもう動けますし……」
「絶対にダメです!安静にしてください!!」
「は……はい……」
キアラの圧に負け、ベッドの上から降りることすら拒否されたルカ。
彼女は自由の次に苦手な、“何もしない”をすることになったのだった。
・
「……」
収穫祭が終わり、冬をも感じられる乾燥した冷たい空気が木に残った赤い葉を揺らす。
高い空には雲が浮かび、ゆったりと流れている。そんな穏やかな空の下で、セドリックは遠くを見つめた。
視線の先には広大な西の領地。葡萄農園では多くの農民が働いている。
「……いいのか、これで」
「私はこのままで……いいのか……?」
震える手の中には、数粒の金属が金色に光っている。
ぐっと嚙み締められた奥歯。緑の目には、何か覚悟が決まったような光がさしていた。




