#83 後輩の指導は愛をもって
自分のために泣かれるというのは、こんなにも居心地が悪いものなのか。
ローワン様の腕の中、私は焦る周囲の様子を見ることしかできない状況に嫌気がさした。
〈#83 後輩の指導は愛をもって〉
「ルカ様!ルカ様ぁ!」
「医者はまだか!?」
「今向かっていると……!」
「(……うるさい)」
金切り声のようなキアラの叫び声が耳に刺さる。瓦礫から助けられた私たちは、ひとまずあの狭い空間から解放された。
天井が崩れて広くなった室内。窓ガラスも割れて、冷たい風が吹き込む。……血も大量に流していたので寒いはずなのだが、それを阻止すると言わんばかりに押し付けられる体温が暑い。
「ルカ……ッ」
「(何回も呼ぶな……)」
今結構キツイんだって。動けないし頭回んないし。てかパジャマこれ……めくれてない?大丈夫?アラサー手前でケツ丸出しとか嫌なんだけど。
「いや、死んじゃ嫌だ……っ」
「布を!医者が来るまでの間止血します!」
「(さすがセドリック……冷静だな……)」
王国騎士団にいただけあって、こういう怪我の処置は早い。ヴァルモント家の使用人から布を受け取って、ガラス片が動かないように固定しながら圧迫をしていく。
痛みが無いからもっと圧迫して良いといいたいところだが……それよりも私は、手が震えているセドリックは珍しいなと思った。
こういうことには動じないと思ってたんだけど……まあでも、主人が危険に晒されたわけだし普通の反応か。震えてはいるけどちゃんと圧迫し続けてるし。むしろまだ冷静な方かも。
「(あーあ……ほんと、どうしよう)」
私が最後に見たよりも酷い状態だったコンソール。原型は……残っていないだろう。これだけの爆発を起こして無事なわけがない。
あの反応は、完全に自滅コードによるものだった。あの規模の爆発を起こせる権限はまず通常コードには無い。
任務を失敗した時に、自分諸共痕跡を消す……それが、私たちのような管理官が一番最初に覚えるコード……“/be gone”のコードだ。
「(教官は存在を無かったことにするコードだって言ってたけど……有効範囲が魔法で縮んだから生きてるのか?それとも権限チップが違ったから?……いや、それは関係ないな。同行者も消せるって言ってたし)」
余裕は無いくせによく回る頭だ。自分でも嫌になる。
正直、ローワン様の体温がなければ凍えて仕方ないレベルで寒いし、妙に脈も早い。頭なんて気を紛らわせなきゃ痛みでどうにかなりそうだ。
それを伝えられれば何か処置してもらえるかもしれないが、出来たらもうやってる。体がだるすぎて口を開くのも億劫なのだ。
辛うじて吐いたため息を聞いて、ローワン様の腕の力が強くなる。
人肌で暖をとるなんて……本当ならここで照れるなりしたらいいのに、それが出来ない。出来るわけがない。
ローワン様からキスをされてから……私も、私なりにいろいろ考えた。
彼が私のことを想像以上に見ていたこと、彼が惹かれた理由……誠実な言葉に罪悪感が沸いた。その感情を持たせたことは、私の落ち度でしかない。
管理官にあるまじき立ち振る舞いをした自覚はあった。
自分から雇用関係を結んで彼の罪悪感を減らした。諜報員を探り、情報源として活用しながら、これ以上増えることを阻止した。使用人たちとも会話を交わして交流した。これらは全て、管理官として許容されない行為だ。
理由さえあれば何をしたって“任務遂行のためだ”と言い切れる。でもそれでは収まりきらない程私は現地の者に近づきすぎた。
『……好きだ、ルカ』
『あなたならば……もっと早く対処できたのでは』
『すごいなぁ……ルカ様は強いなぁ……』
『……だから私は、あなたに惹かれたんだ。私に……その資格が無かったとしても』
「……。」
自分の甘さが招いた結果だ。ただ淡々と仕事をすればよかったはずなのに、気づけば転移者と同じことをしている。……いいや、あの8年前の管理官と同じだ。過干渉は一番のご法度だというのに……
私は自分に向けられた言葉を嬉しいと思ってしまった。
「(任務続行もできなければ、ただ問題を増やしただけ……死んで詫びろってか?んな無責任な。)」
「……ルカ?ルカ!!」
もう、いい加減眠い。呼吸もままならず、頭も痛いし体も冷えて仕方がない。
ぼんやりと薄れていく意識を呼び戻そうと、ローワン様が私の頬を叩き声を荒げている。
へえ、人の頬とか叩けるんだこの人。虫すら殺したこと無さそうなのに。
どうにも、キャパオーバーを起こしている後輩を見ているようで放っておけないローワン公爵。
あれだけ仕事の分類の仕方を見せたんだ。きっとこの先も何とかやっていけるだろう。
「(眠い……)」
目を閉じ、体の重みに任せて意識を手放す。
ぽつりと頬に落ちたのは、雨だろうか?




