#81 優先順位を見誤らないこと
危機感を煽る電子音が響く室内。
コードの入力は愚か、権限使用の音声入力も上手く作動しないことに苛立ち、コンソールを殴りかけたルカ。
しかしグッと寸前で拳を止め、すぐさまアプローチを変えて液晶を剥ぎ取り中の基盤を確認する。
火花が散り煙すら出てきたコンソールの内部……中にはサビが見え、かなり多くの回路が接触不良を起こしていることが見て取れる。
中でも小指の爪ほどの窪みには人為的につけたであろう傷がつき、それに望みを託していたルカの希望を打ち砕く。
布団を汚すグリスと、ルカの顎をつたう嫌な汗。
故障した電子音声がルカを追い込むように権限使用不可を通知した。
〈#81 優先順位を見誤らないこと〉
「(権限認識がイカれてんのかよ、これじゃあ私の認証チップがあったとしても……)……ローワン様!いつまで突っ立ってるんですか!早く!!」
「!!」
怒号に近い叫びは、ローワンの意識を引き戻す。いつの間にか部屋の上部には煙が立ち込め、いよいよ現状のまずさが浮き彫りになってきた。
まずは空気を入れ替えるべきか、はたまた助けを呼ぶべきかとローワンの思考がブレたその瞬間、コンコンと控えめなノック音が響く。
「……ルカ様?」
「!キアラ!?」
ドアの向こうから聞こえた、キアラの困惑した声。鬼気迫るルカの声に気づきドア越しに声をかけてくる。
「キアラ、ローワン様を連れて逃げなさい!この部屋に爆弾が仕掛けられています!!」
「え!?ば、爆弾!?」
ガチャガチャとドアノブが激しく回される。しかしそれを嘲笑うかのようにドアはビクともせず、その様子にその場の全員が愕然とする。
「え!?嘘、鍵なんてかけてないのに……!」
「おいどうした!」
「コナー様、この扉が開かなくて……!」
「……っ!」
ドンッと鈍い音がドアから聞こえた。しかし振動すら起きないその扉は、ただの鍵で閉まっているわけでは無いことを表している。
「ッ……キアラ、コナー!ドアから離れろ!」
ローワンは手のひらをドアに向け、魔法を放つため口を開く。
「“汝にかけられし呪いよ、その姿を我に現せ”!」
「!!」
その声に応じるように浮かび上がったのは、梵字にも似た文字の書かれた幾重にもなる魔法陣であった。禍々しく光るそれはドアを覆うようにして現れ、ルカは咄嗟に窓を見る。
そちらは相変わらず夜空が見え、魔法がかけられていないことが分かる。
逃げるならば窓。そう考えたルカだが、ローワンが同じような思考回路で窓に近づこうとした瞬間にハっとした。
「!!」
夕暮れの色だ。
東の森で見た、こちらを窺うあの魔の者の瞳。その双眼が真っ直ぐにローワンを見たのを、ルカは気づいた。
「ッ“下がれ”!!」
「ぐっ……!」
ゴウッと風が巻き起こりローワンの体が床に叩きつけられた。その際ローワンの頭があった角度に、窓の外から一筋の光が飛んでくる。
矢を射ったのかと思われたその光は、役目を全うできなかったことを知るやいなや霧散し、ルカの肝を冷やす。あと数秒、1秒でも判断が鈍ればローワンは……
“コードドドド有効有効有効、実行ししししまシマす実行行行”
「……っ」
なにか解決策が無いかと内部を凝視し、グリスに濡れたコードをかき分け突破口を探っていたルカ。いよいよタイムリミットだと言わんばかりに嫌な耳鳴り音を鳴らし始めたそれを手に握ったまま、その動きを止める。
「……」
「ルカ?……おいルカ!どうした!!」
焦るローワン。
何事にも冷静に、確実に対処してきた彼女が見せた焦りと突然の沈黙は、耳鳴りの音と相まってローワンの焦燥感を煽る。
……同じだ。コンソールを失ったことがわかったあの時と同じ、もぬけの殻のような表情。黒い目はどこを見ているのか分からない。何も映らない黒が空洞のように光を失う。
「ルカ!」
「……で……」
「っいいから離れろ!私が結界を——」
「なんで……ここにあんだよ……」
「っ……は……?」
思い切り、ルカの顔が歪む。
震える手の中に収まるのは、腐食が酷い金属の板。小指の爪ほどのそれには文字が掘られているが、ほとんど読むことはできない。
しかしそれが一体何なのか、ルカは分かった。分かってしまった。
コンソールを支給された瞬間から職を辞するまで、一生涯手放してはならないもの。それが今ここにある。
自分のものではない。ただ、その刻まれた名前にはあまりにも見覚えがある。
『覚えておきなさいルカ。どうしようもなくなった時、このコードがあなたを助けてくれるから』
「……助けて……くれる……?」
思い出すのも久しい、記憶が正しいのかも分からない女性の声。
苦しげなその声は秘密を打ち明けるように、静かにルカに語りかける。
『——————……これは
あなたを世界から——するコードよ』
「……か、」
「“潜む闇よ此れを封じよ”!!」
ルカの体がベッドから引きずり下ろされる。
ルカを包む大きな体と、鼻についたミュゲの香り。手から離れたコンソールは影に飲み込まれるようにして黒い球体に収まり、次の瞬間には耳を塞いでもなお劈くような轟音が部屋に響く。
「っぐ、ぁ……!」
ルカを守るように覆いかぶさったローワンは、その風圧と轟音に呻く。爆風は窓ガラスを割り、室内の家財をいとも簡単に吹き飛ばす。
「ルカ様!ローワン様!!」
キアラの声が響く中、ルカとローワンは崩れる天井の瓦礫から身を守るようにその体を丸めるしか無い。
しかしローワンの体が反転し、それは叶わなくなる。
薄く開いた視界の先
そこには背に瓦礫を受けるルカの姿が映った。




