#80 緊急時ほど落ち着いて
その晩、ローワンは油断していた。
荷物を置く部屋へ案内されようとも、突然婚約を迫られようとも、よほどの理由が無ければ宛てがわれた部屋に文句を言わず使い続けた婚約者。
用意されたのは2部屋だった。それぞれが滞在期間中、不便なく過ごせるようにとコナーに頼んでいた通り。
だが。
「……」
「無言で睨まないでいただけますか、ローワン様」
睨んでいるのはどちらだ。
笑顔を隠しきれないキアラとコナーが見守る中、ローワンとルカは部屋の中で睨み合っていた。
〈#80 緊急時ほど落ち着いて〉
「申し訳ありませんローワン様!何故かルカ様のベッドに大量の虫が付いていて!」
「いやぁ悪いローワン!虫の駆除は明日以降になりそうなんだ!」
「「(嘘をつけ)」」
「じゃ、ゆっくり休めよ!」
そんな雑な嘘がまかり通るものか。じとりと二人を睨みつけるローワンとルカは奇しくも同じことを思う。
しかしそんな2人の言葉を聞かずに閉まるドア。ニヤニヤ笑うキアラとコナーは互いを見合う。
……もちろんこの件はキアラとコナーによる共同作戦である。なかなか距離の縮まらない彼らを見かね、どこかで2人になるタイミングを作ろうと画策していたキアラとメイドたち。
ルカの湯浴み時間を狙っていそいそと部屋に細工をしようとしていたキアラは、予め用意していた汚れの酷いシーツを敷こうとしていたのだが……
『何をしてるんだ?』
『ピョッ!?』
「——まさかあいつらが一度も同じ部屋で過ごしたことが無いなんてな」
「そうなんです!おふたりとも絶対に仲良くなっていらっしゃるはずなのに、お食事の時しかお話されないんですよ!」
「それは……仲良くなっているのか?」
若干疑念が生まれるが、旧友が婚約者と仲良くなるのはコナーにとって喜ばしいことだ。
その上コナーはこうも思っていた。あの変人令嬢は、恐らくこの上なくローワンと相性がいい。短い時間ではあるが、彼女が聡明でローワンと同じような仕事バカであると。
「(お近づきになりたいと声をかけた令嬢を、理詰めで泣かせた男だぞ。そんな男と婚約する物好きはもう現れない!)」
「コナー様……ご協力誠にありがとうございます!これでやっとおふたりが仲直り出来ます!」
「……ん?喧嘩でもしてるのか?」
「やっと見つけましたよ!キア……ラ!?」
廊下の奥から現れたセドリック。いつまで経っても戻ってこないキアラを探していた彼は、キアラを見つけた瞬間隣に立つ人物にぎょっとする。
「こっコナー様!?どうしてここに……!?」
「面白そうなことをしていたからな、乗ったのさ」
「……キアラ」
「大丈夫です!うまくいきましたよ……!」
違う、そうでは無い。
セドリックは達成感に満ちたその言葉に、ツッコミを入れる気力を奪われるのだった。
・
「……会話が聞こえていること、分かってるんですかね」
「分かっていたらああはならないだろう……」
ハァ、とため息をつくローワンと、ドアの向こうから聞こえていた会話に呆れるルカ。鍵を閉められた訳ではないが、彼らの会話を聞いてからでは出るに出られない。
善意で動いたであろうキアラとコナー、そして西の領主が出たことで辞めさせることも出来なくなったと思われるセドリック。……これでもしルカが躊躇なく部屋へ戻り眠っていれば、確実にキアラは落ち込む。
いくらこの世界を去る時に記憶を消すつもりであっても、ルカにだって良心がある。
一体いつ帰還のチャンスが訪れるかも分からない今、こういった小さな、しかし根に持たれそうな事で波風はたてたくない。
悲しきかな、ルカは平和主義な国民性を持ち合わせていた。
さてそうなると問題は、“朝までこの部屋でどう過ごすか”だ。湯浴みは済ませた。もちろん眠る準備も整っており、布団に入れば社会人の得意技も可能。
しかし……
「……ローワン様」
「!な……なんだ」
「大変……失礼なお願いをしてもよろしいでしょうか」
「……、」
神妙な面持ちのルカ。見慣れないその表情はいつか見た不安げな表情に似ていて、ローワンは息を飲む。
「(……私は何を勘違いしていたんだ)」
あの、変人と言われ続け、あまつさえ馬車でも当主の目の前で眠りこけたルカ。当然のようにこの状況にも動じないと思っていた。
しかし自分へ近づき眉を下げるその表情は、ルカの不安を物語っているように見える。言い回しだって、こんなに気弱な言葉選びは初めてだ。
徐々に現状の特異さと、自分たちの置かれた部屋の状況が飲み込めてくる。
不自然な嘘で押し込まれたにしては、元々二人で眠ることを想定されたように置かれている二つの枕。薄ぼんやりと光る魔石によって、室内はそういう雰囲気になっている。
考えすぎか?ローワンはそう思ったが、目の前の女性の普段と違う表情が思考を停止させる。
「ル……カ……、」
「ローワン様……」
ルカが口を開こうとした……その瞬間。
カチン、と金属音が響き、布団の中からノイズの混じった音声が流れた。
“指定時刻とな——ました、起爆を、コ、コ、コーード、自爆プログラム確認確認認認認認”
「「!?」」
ベッドへ飛び込む程の速度で駆け寄り、ルカは布団を剥ぐ。そこには画面を点滅させる機械が置かれ、何かのカウントダウンをするようにカチカチと秒針に似た音を発する。
「ルカ、それは……!」
「ッローワン様!逃げてください!」
血相を変えたルカが叫ぶ。しかし何が起きたのか分からないローワンは、ルカの言葉が飲み込めず立ち尽くす。
「コード解除!……クソ、……ッ第一級管理官ルカ、発動コードの解除を要請!!」
“承認でデででできデキません”
「この……ッ!」
ずっと探し求めていたはずだった。いつも左腕にあったその重み。
異世界と自分の世界を繋ぐその機械……コンソールは、焦燥感を煽る音をたてながら割れた画面を灯す。
「いつまで突っ立ってるんですか!早く!
爆発する前に逃げてください!!」
鬼気迫るルカの叫び声。
壊れかけたコンソールから、どろりと古くなったグリスが零れた。




