#79 事後報告は誠実にすること
「ローワンはどこだ!」
バンッと大きな音を立てて開けられたヴァルモント邸の正面扉。突然のことに驚いて体を振るわせたメイドたちは、前触れのない主人の帰宅に慌てて立ち上がり頭を下げる。
「婚約者を置いて先に帰りやがって……あんの仕事バカが……!」
「(なんでだろう、私が叱られている気分になる)」
レーヴのワイナリーを後にしようとした彼らが使用人によって知らされたのは、仕事をするため先に帰ると別の馬車を呼びつけたローワンたちの話。
怒りを露わにしながらローワンにあてがわれた部屋へ向かい、その体格通りの強い力で再び扉を勢いよく開けるコナー。衝撃に蝶番が軋む。
「ローワン!!」
「……コナー?」
セドリックと向かい合っていたローワンに、コナーは容赦なく大きな手でげんこつを食らわせる。
鈍い音が部屋に響いたとき、ルカはその光景を見て思わず、おお、と声を上げてしまうのだった。
<#79 事後報告は誠実にすること>
「~~~~っ何をするコナー!」
「何をする、じゃないだろ!お前な、婚約者を大事にしないで何が仕事だ!そこの従者も!急ぎの用があろうが何だろうが、婚約者を置いて行って良い理由にはならないだろうが!」
「ッ……も、申し訳ありません……!」
緑を基調とした、大きなベッドが置かれた客間。そこでルカが見せられた光景は、これまで見たことが無いような……なんとも不思議なものであった。
殴られた箇所をおさえながらコナーを睨みつけるローワン。散々幼く見えるだの、年下だからだのとローワンのことを見てきたルカだが、その中でもひと際幼く見えて仕方がない。何が悪いのか一切わかっていない態度は、余計にコナーの怒りを助長する。
「コナー様、ご来賓に手をお挙げになるとは何事ですか」
「コロール……しかしこいつは婚約者を置いて屋敷へ帰って来たんだぞ!これが黙っていられるか!」
「ほう……?」
「っ……!」
ぎくりと表情を硬くさせたローワン。コナーを咎めに来たはずのコロールは、標的を移しローワンに鋭い目線を向ける。
「ローワン様……それはあまり褒められた行動ではありませんね」
「ちがっ……これには理由が……」
「気になりますなぁ、婚約者様を現地に置いて、その上領主であるコナー様にその世話をさせるほどの理由……お聞かせいただきましょうか」
「…………っ」
「あのぉ……進言してもよろしいでしょうか」
険悪なムードの中で一人、手を挙げてその空気を切るルカの声。
「もう夕食の時間ですし、食べながらお話するのはいかがでしょう。せっかく用意していただいたディナーが台無しになってしまってはいけませんし……」
「……婚約者のあなたが言うならば、そうしよう」
命拾いしたなと、コナーはコロールと共に部屋を出ていく。
ほう、と息を吐いたローワンとセドリック。そんな二人の様子を見て、ルカは珍しさを感じつつも夕食の会場へと案内されるままに向かうのだった。
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「では理由を聞こうか」
「……」
本来ならば到着を喜び、西領の特産物に舌鼓を打つ場のはずだが……そのような穏やかな空気は一切なく、広間のテーブルを囲む東の領主は気まずそうに俯いている。
まったく、目の前にはきっと美味しいであろうディナーが置かれているというのに……。ルカは正直、置いて行かれた事などどうでも良く、早く料理に手をつけてくれと念を送る。そうでないと自分はカトラリーを握ることすら出来ないのだから、さながらお預け状態の犬だ。狂犬だが。
「……急を要する事だったんだ、私だって故意に置いていった訳ではない」
「だから、その理由は何なんだと聞いているんだろう。納得できる理由なんだろうな?」
「……」
「(余計なことしやがって……もっと上手く立ち回れただろうに……)」
大体にして、婚約者に多少無下に扱われたところで咎めない貴族は多いはず。そういった身分差よりも婚約したことを重んじるコナーはきっと良い人間なのだろうが、こういう場面になると厄介だ。
見栄を張って女性に優しくしているだけの男の方が数倍マシだ。
……と、ルカが躊躇なく吐露すれば恐らく彼女が望む通りすぐにこの話は終わるかもしれない。更に妙な噂が広がるかもしれないが……。
「……今回の訪問は、祭への参加だけが目的じゃない」
「どういうことだ」
「この領地の者から、魔石が欲しいと打診があった」
「!」
先程までとは違うヒリついた空気。ルカはずっと頭の片隅にあった例の件を思い出す。
「なんのために……生活に必要な魔石は領内で入手できるはずだ」
「肥料だそうだ」
「肥料?……ああそうか、あの話か……」
「あの話……?」
頭を抱えるコナー。ローワンの言う件に心当たりがあるようで、その顔はかなり険しい。
「何か知っているのか?」
「知ってるも何も、最近の悩みの種だ。はぁ、お前のところにも話が行ってたとは……うちの領民が申し訳ない」
「……何があったのか、お聞きしてもよろしいですか?」
「ああ……」
ルカの言葉に、コナーは最近農家の間でまことしやかに囁かれる噂の話を始めるのだった。
——ここ数年、魔物の被害が大きい農園で魔石が見つかった。その魔石は平民が手に入れられるものよりも純度が高く、透き通っており、盗まれることを恐れた農家は、畑の一角へ埋めて隠していたそうだ。
するとその年、どういうわけか葡萄の収穫量が多くなったのだそうだ。魔物の被害があったにも関わらず、例年の2倍だったという。
それ以降農民たちは明かりに使っていた魔石を土に埋めてみたり、魔物避けを撤去し魔物の被害を助長させてみたり……その噂話を実践しては失敗を繰り返した。
そしてそんな中、ついに豊作になった農園が現れた。
その葡萄農園では純度の高い魔石を土に埋めてたらしく、魔物の被害も無かったことから収穫量は2倍以上だったらしい。
それを聞きつけた農民たちは、こぞって質の良い魔石を求めた。手に入れる手段すらない純度の高い魔石は、魔物の変異を待つか貴族から分けて貰う他ない。よって区画を管理する貴族たちに話が回り……
「——それで私に打診が来たと……」
「本当にすまない。私よりも先にお前の所へ話が行っていたとは……」
「……」
経緯を聞き、ローワンは合点がいった。
旧知の仲であるコナーの領は、ホワイト王国の中でも比較的風通しが良く、貴族の派閥争いはかなり穏やかだ。ローワンと同じように、コナーもまた階級に関わらずよく人の話を聞く男であるので、ほとんどの話が領内で解決する。
しかしこの魔石の件だけはその流れから逸脱しており、コナーはそこに何かきな臭さを感じていた。
「とはいえ婚約者を置いて行って良いとはならないぞローワン」
「……私が急いだのは、東領へセルパン伯爵が向かった可能性があるからだ。私の不在を知れば無理やりにでも森へ入って魔石を採取しようとするかもしれない。……それを阻止するために使いを送る必要があった」
「……なるほどな」
理解を示したコナーは、ずっと黙っているルカのほうを見て声をかける。うつむいたままの姿に、眉を顰めるコナー。
「ルカ殿。こいつは本当に悪い奴ではないんだ。ただ目の前に仕事ができるとどうにも集中しすぎる癖があって……」
自分が怒鳴りつけたが、内容を聞けば少し理解はできた。だが婚約者はどうだ?変人とはいえど今回の件は気に障っただろう。そう思いコナーは声をかけたのだが……まあ、お察しの通りだろう。
「(純度の高い魔石?土に埋めたのは防犯面を考えてだとしても一体誰が……そもそもあの広大な土地に影響を与えるほどの魔力を込めた魔石なんて、相応の大きさのはず。そんなものが東の森で採れるもんなのか?というか魔石って用途によって込められた魔法が違うんじゃ……)」
「……る、ルカ殿?どうした?」
「邪魔しないでやってくれ、恐らく今回の件を整理している」
「はぁ……?」
どうしてか自慢げな無表情のローワンに、未だ考え事をしているらしいルカ。
一体なんなんだこいつらは……困惑するコナーは自由すぎる二人を見て思い切り引いた。




