#78 尊敬する心を忘れないこと
「収穫した葡萄はこちらで枝を取り除き、少し実を潰します。この時、種が潰れないように細心の注意を払いながら作業をする必要があります」
手作業で枝葉を手早く除いていく従業員たち。大量生産を目的としないためか、少数精鋭で手際良く作業が進んでいく。
そんな様子を興味深そうに観察していくルカ。視線はじっと従業員の手元に向けられているが、頭には別の考えが渦巻いている。
「(魔素量は普通……魔法を使っている様子も無し、と)」
さながら監査員のような視線の鋭さ。作業を続ける従業員たちは、少しの居心地の悪さに冷や汗を垂らすのだった。
<#78 尊敬する心を忘れないこと>
「いやはや、このような場所は面白くないでしょう。内装も少し煌びやかにしろと従業員たちからも言われてはいるのですが……」
あははと笑うのはワイナリーの代表、レーヴ。領主や国王にワインを納品するここへは、その領主であるコナーがよく来賓を連れてくる。
町工場よりも比較的穏やかな作業現場で、かつワインを飲むことができるここは来賓の歓迎にうってつけだ。
「私からもよく打診はしているんだが、レーヴが不要だと言うんでな」
「もったいないお言葉でございます」
「……」
そして、そんな来賓の一人となりワイナリーを訪れたルカ。
じっと作業を見つめていたと思えば、意外にも話を聞いていたようで手元にハンカチをあてて返事をする。
「無理をして華やかにする必要はないかと。ここはワイナリーでしょう」
「……。」
チラリとルカを見上げるのは作業中の従業員。ルカの言葉と行動に何かを感じ、視線を向ける。
「あ……ああ、申し訳ありません!平民がなんと贅沢なことを……!」
腰の低いレーヴだが、ルカの言葉はかなり棘があり身分を弁えろと言っているようだった。その物言いに、従業員たちは口を固く閉ざす。同じくコナーも……。来賓を迎えるというのはこういうことだ。
「(まあ、男爵令嬢は特に気にするだろうな)」
爵位を持つといっても平民に限りなく近い男爵は、特に階級へのコンプレックスが強い者が多い。ハンカチを口にあて表情を隠すほど平民への嫌悪感があると言うのだろうか?面と向かって咎めはしないが、最初の少し印象が良かっただけにコナーは落胆する。
「この場にいるのはお嫌でしょう、さあ、奥でワインの試飲でも……」
こんなことは慣れっこだと言わんばかりに対応していくレーヴ。
ただ……それを見てルカは首を傾げた。
「嫌とは?」
「え?……そ、それはルカ様がハンカチを……お気分が優れないのかと……」
「ああ、これですか?
話すときに唾液が飛んではいけないと思って……」
ぱちぱちと目を瞬かせたルカだったが、同じように瞬きをし、目を見開くのは従業員たちとレーヴ、そしてコナー。その様子にルカは何か誤解をされていることを察して口を開く。
「……あの、私はあくまでこのワイナリーの普段の様子を見せていただいているだけの身です。業務の邪魔になるようなことは避けたく……ああ、もし邪魔であれば出ますが……」
「いっいえ!邪魔だなんてことは……!」
何か、普通の令嬢とは違う物言いのルカに従業員たちは目を合わせる。
どちらかというと平民……いや、平民よりも礼儀があり、相手を尊重するような思考は従業員たちの“貴族令嬢”への印象を打ち砕いていく。
「……では内装はこのままで良いと言ったのは?」
「それは……」
コナーの問いに振り返るルカ。ハンカチをずらし、真っ直ぐにコナーの青い瞳を見つめ言う。
「この環境が最適だからこそ質の良いワインができているのですよね?それを見学者のために壊してしまうのはいかがなものかと思ったのです」
変える必要がありますか?と付け加えたルカに、コナーは声をあげて笑った。
その笑いは豪快で、彼の外向きの顔を剥がしてしまった。
火の無いところに煙は立たない。それは彼女本人も認めていたことだったが、この発言、そして合理主義かつ貴族らしからぬ思考は、確かに変人である。
貴族が最も理解できない、真の尊重精神を持ち合わせた変な令嬢。それが昔からの友人であるローワンの婚約者だと言うのだ。コナーは笑わずにはいられない。
「あっはっはっは!!」
「……あの、どうしてしまったんですか。こういう方なのですか?」
「私にもさっぱり……」
「……」
レーヴの足元で依然としてルカを監視しているロゼ。警戒心は拭えないが、やはり彼女の目にも変人として写っているらしく困惑の表情を浮かべている。
「はぁ……なあ、よく言葉が足りないと言われないか?」
「言われたことはありますが……なんですか急に」
「いいや?……あなたが変人だと言われる理由がわかった気がしたのさ」
「?」
ルカはよくわからず、しかし機嫌が良さそうなコナーを見て、ひとまず解答を間違えていなかったことに安堵した。
「(工場見学はマスク必須だと思っただけなんだけど……)」
自分の一挙手一投足が、相手に意味合いを探らせるものになるらしい。
この世界における身分差の面倒臭さを身にしみて感じ、ルカは静かにハンカチをしまうのだった。
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「————まさか発酵中のワインまであんなに熱心にご覧いただけるとは思いませんでしたよ」
「すみません……まさか、あれほど管理の行き届いた製造過程を見られるとは思わず……」
かなり長い時間をかけ、ワイナリー内を見学して回ったルカたち。最後に通された部屋には小綺麗な木のテーブルと椅子が置かれており、ルカとコナーはそこへ座る。
奥で作業をしている従業員はグラスとワイン、簡単なつまみを用意しており、これからの試飲に胸が高鳴るルカ。
ただそれ以上にルカは、今回見学したワイナリーに興奮していた。
……この世界の文明はルカからすれば古く、衛生面には不安の残る場面が少なくない。特に食品管理において常温での保存は当たり前で、食中毒や腐敗のリスクがよく頭をチラつく。
滅菌、殺菌の技術がまだ十分でない環境の中、果物を発酵させアルコールの度数を調整できるその職人技。
ルカはこのワイナリー見学で感動を覚えていた。
「他のワイナリーは見ておりませんが、従業員全員が同じ基準の規律性を持って業務にあたられる環境はそう簡単に作られるものではありません。レーヴさんの手腕があってこそだと思います」
「いやあ……皆が真面目に、この仕事に誇りを持ってくれているからですよ」
照れたように頭をかき、レーヴは笑う。裏のない物言いが彼の緊張を解きほぐす。
しかしここで、まだ警戒を怠らない人物が一人……
「……ふんっ」
「……」
「こら、ロゼ!」
まだやはり信じていない様子のロゼは、部屋を飛び出す。
子供の扱いというものに慣れないままこの年齢になってしまったルカは、そんなロゼの背中を見てこっそりと傷つくのだった。




