#77 情報収集は手分けして取り組んだ方が早い
「収穫祭は明日が本番だ。だから今日のところは、自慢の葡萄畑を案内させてくれ」
緑の内装材と銀の装飾が美しい馬車は、来賓であるルカとローワン、その従者のセドリック、そしてこの領地を治めるヴァルモント公爵を乗せて進んでいく。
広々とした草原の向こうには、到着時にも目にした葡萄畑が広がっている。籠を背負う領民たちの視線を浴びながら、馬車は目的の場所へとたどり着くのだった。
<#77 情報収集は手分けして取り組んだ方が早い>
「公爵様!お待ちしておりましたよ!」
「紹介しよう、彼がヴァルモント領で最高級のワインをつくる職人で……」
「レーヴと申します。王城のパーティでうちのワインを大層気に入ってくださったと、領主様からお聞きしておりましたよ」
嬉しそうに笑みを浮かべるのは細身の平民。少し日に焼けて赤っぽくなった顔は朗らかな性格がそのまま表れている。王城で出されたワイン、そしてレーヴという聞き覚えのある名前……そこから導き出された答えは、ルカにあのワインを思い出させる。
「|レーヴ・ド・ヴァルモント《西の夢》……でしたよね。生産されている方にお会いできて光栄です」
ルカと申します、と手を差し出せば、驚いたように目を見開きその手袋に包まれた手を握り返すレーヴ。どうやらしっかり手を握られたことに驚いていたが、印象は良かったようで……
「驚きました……噂とは随分……」
「ほらな、言った通りだろう。このご令嬢は変わり者なんだ」
「(変わり者って……)」
変人、野蛮人と、聞くたびどんどん更新される噂にルカはもはやツッコむ気力も湧かない。
「そんな!そういうわけではなく……まさか平民の私と握手を交わしてくださるとは……流石、領主様のご友人とその婚約者様ですね。身に余る光栄でございます」
「そういう意図は別に……」
もはやここまで身分差を気にされると、会話すら成り立たず面倒臭ささえ感じるのがルカという人間。最後まで言い切ることを諦めて小さく息を吐けば、今度はローワンが口を開いた。
「ここ一帯の管理者はあなたか?」
「?いえ、管理はそれぞれの区画で行なっておりまして……しかし全員知り合いですから、用があればここにお連れすることはできますよ」
「……セドリック」
「はい。……爵位を持つ方から、“魔石の融通”についてよく打診を受けているのです。何かご存じありませんか?」
「魔石ですか?」
ううん……と考え込んでしまったレーヴ。反応を見るに関わりは無いように見えるが、そのうち何か思い当たることがあったらしく、あっと声をあげる。
「それならここをまっすぐ東に進んだ先に……セルパン伯爵が融資した農園がありますよ。そこの農園主なら知っているかもしれません」
「ありがとう。……ルカ、あなたはここにいてくれ。私とセドリックはそちらで話をしてくる」
「、……わかりました」
まるで仕事から遠ざけるように、ここからは自分の持分だと言わんばかりにセドリックを連れて奥へと歩いて行ったローワン。残されたルカとコナーは彼らの背中をしばらく見ていたが、互いに目を合わせる。
「……折角だ、試飲でもしていくか?」
「ではお言葉に甘えて」
世辞の側面が強かったワインの話。当然、ルカが西領訪問を快諾したのは仕事のためであり、ワインの話も半分は世間話だった。しかし酒を飲めるのならばそれを断る理由はない。
棚から出たぼた餅を躊躇なく食べる派のルカは、気まずさの元凶がいなくなった解放感で少しテンションがあがるのだった。
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「うちは葡萄を新鮮なうちに発酵させられるように、ワイナリーが農園の中央にあるんです」
日光がさんさんと当たる葡萄農園。一直線に並ぶ葡萄の木は、手入れのしやすいように人の背丈ほどに切り揃えられ、粒の揃った実を付けている。
ワインと同じように深い赤のような、紫のような色をした葡萄の皮。歩くだけで香ってくる甘さのある葡萄の香りは、小腹の空いたルカの食欲を刺激してくる。
「本当に広いですね」
「一列当たり2樽ほど、その中でも特に貴族の方々へ納品させていただくものは、そのうちの1、2樽程度なんです」
「シビアですね」
「ええ。品質に誇りがありますから」
物腰は柔らかくとも、仕事への誇りがあるレーヴ。そんな彼の後をついていけば、見えてきたワイナリーからはさらに発酵の進んだワインの香りが強まる。
そんな工場から軽快な足音。何かと思い目を凝らせば、茶髪を三つ編みに結んだ少女が走ってこちらへと向かってくるではないか。
「お父さん!」
「ロゼ!」
ドンっとレーヴの足にぶつかれば、後ろにいたコナーとルカにも目を向けて、人懐っこい笑顔を向けた。すきっ歯とそばかすが可愛らしい。
「領主様こんにちは!お姉さんは……だれ?」
「こらロゼ!こちらは東の領主様の婚約者様だよ、無礼のないようにしなさい!」
「気にしないでください。……初めまして、ルカです」
ルカが屈んで目線を合わせれば、じっと青い目でそれを観察するロゼ。少し間を開けた後……彼女は笑顔を消して言った。
「……この人、怖い」
「ロゼ!!」
「ブフッ」
まさかの拒絶である。ルカはしゃがんだまま固まり、コナーは笑いを堪えきれず吹きだす。
「申し訳ありません!うちの娘が非礼を……なんとお詫びすれば良いか……っ!」
「くっ……クククッ怖いと来たか……っアッハッハ!」
「……お気になさらないでください、慣れてますから」
やはりこうなってしまったかと、ルカは甥っ子に散々怖がられた過去を思い出して遠い目をする。
そのほかにも出勤途中に目が合った赤ん坊に泣かれたり、バスの座席を譲った親子……子供に好かれた記憶は無く、むしろ怯えられた覚えしかない。
「(こうなることは薄々分かってた、分かってたけどキツイ)」
自分が何をしたというのだ。そんなルカの悲しい叫びは誰にも届かず、父親の足の陰に隠れるロゼは立ち上がるルカをまだ観察……いいや、監視している。
「ワイナリーを見てもよろしいですか?」
「え、ええ!もちろんです!」
「ククッ……」
「コナー様、笑いすぎです」
じと、と睨みつけるように半目でコナーを見上げれば、またもや我慢できないといった様子で笑い始める。
怯える子供に焦る父、怯えられた男爵令嬢とそれを笑う領主様。
奇妙な関係の4人は秋風に背中を押されるまま、ワイナリーへと足を踏み入れるのだった。




