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#76 取引先とは積極的に親睦を深めること

「……」

「……」



 西領へ向け出発して、早4日。一行はあれ以降順調に経路を進み、予定通りの日数で西領へとたどり着いた。

 変わらず穏やかな空気が流れる馬車の中……一切目線の合わないルカとローワンは、それぞれ反対の窓を眺めていた。




<#76 取引先とは積極的に親睦を深めること>




「そろそろ到着しますよ」

「わあ……!」




 キアラが馬車の窓に張り付くようにして外を見る。そこには葡萄畑が広がり、同時に町工場や小さな店の並ぶ路地も見えた。テンションが上がってしまったらしく、つい出たしっぽがルカの訪問用ドレスをバサバサと叩く。


「キアラ、しっぽが……」

「ハッ!」



 すみません!と謝りなんとかして気分を落ち着かせようと奮闘するキアラ。それを見つめるルカはどこか優し気な目線を向けていたが……それもつかの間。ハッと何かに気付いたように真顔に戻り、感情を押し殺すように遠くを見つめる。

 

 その黒い眼は小さく揺れたが、それに気づいたのは恐らく一人だけだろう。じっと自分を見る視線に気づきながらも、ルカは何かに耐えるように到着を待つ。

 だんだんと舗装された道に変わってきたのか馬車の揺れは少なくなり……そしてようやく止まった頃には、西領を治めるヴァルモント公爵家の邸宅に到着していたのだった。




 ・




「ようこそお越しくださいました、アシュフォード公爵、ルカ・モスウッド男爵令嬢」

「すまない、待たせたか?」

「とんでもない!ご予定通りのお時間ですよ」


 ニコリとほほ笑むのは、このヴァルモント公爵家に仕える執事コロール。物腰柔らかな老齢の彼は、ローワンとルカを見てその笑みを深めた。二人の妙な距離感に気付いたのだろうか?しかしその確認も出来ぬまま、こちらへ、と案内を始めるコロールについていくしかない。



「西領へお越しになるのは、ローワン様が学生の時以来ですね」

「ああ……随分様変わりしていて驚いた」

「ほっほっほ、ご卒業から11年ですから、そう思われるのも無理はありませんよ」

「(……そういえば飛び級してたんだっけか)」



 以前第一王子の婚約発表パーティで、ヴァルモント公爵が言っていたことだ。4つ違い……つまり4年分の飛び級をしたローワンは、生徒会にすら入るような生徒であったと。子供のころから上の立場を経験して育ったらしい彼は、その功績を特にひけらかすこともなく、ただ気まずそうにちらりとルカを盗み見てからそっぽを向く。


「ルカ様は、西領へお越しになるのは初めてですか?」

「はい。ワインといえば西領ですから、大変楽しみにしておりました」

「それはそれは……それではシェフにもそのように伝えておきましょう」



 学生時代について聞かれずほっとすれば、奥から歩いてくる人影。短い黒髪の少し大柄な男……この領地を治めるヴァルモントの当主、コナー・ヴァルモントだ。



「コナー様」

「コロール、ご苦労。……久しぶりだな、ローワン、そして婚約者殿」




 ニカッと笑った彼は、ローワンの肩を叩きながらルカにその笑顔を向ける。妙な他意のない笑顔が、これまで会ってきた貴族の厄介さとはかけ離れており、ルカの眉間の皺を少し緩めた。なにかと難癖をつけられたりナメられたりで、貴族に対し良い印象が無くなっていた所にこの笑顔はまぶしい。




「国王の城で会って以来だな。相変わらず他のパーティや茶会には顔を出していないらしいじゃないか」

「……暇が無かったんだ」

「ほう?その割に随分仕事の仕方が変わったと聞いたけどな」



 ニマリと笑みを浮かべコナーが見るのは、バツが悪そうなローワンの後ろにいたルカ。なぜ自分を見るのかと瞬きをする。



「面白いとは思っていたが、それ以上に随分な切れ者だったらしい」

「……私、ですか?」

「他に誰がいるんだ?噂になってるぞ、あ(・)の(・)アシュフォード公爵が仕事相手を選ぶようになったってな」



 感慨深そうに頷くコナーだったが、その言葉に強く反応を示したのはルカだ。仕事を選ぶ?なんだその言い草は……およそ公爵家に向ける言葉ではないだろうと。



「あの……無礼を承知でお聞きしますが、これまでは何と言われていたのですか?」

「うん?有名だと思ってたんだが……

 まあなんだ、アシュフォード家がそもそも関わりにくい家だったのも相まって、こいつの仕事熱心さを悪く言うやつが多かったのさ。アシュフォードの現当主はどんな相手も拒めず、仕事の選定も碌にできないお飾りの公爵家だってな」

「……」




 黙り込むローワンはコナーを責めるでもなく、ただその事実を受け入れているように見える。

 これはコナーとローワンの関係性があったからこそ言えたことなのだろうが……これを聞いて、ルカはあのパーティでの扱いに納得がいった。魔物のいる森を管理しているからではなく、ましてや年齢が若いからというだけでもなく。

 彼の仕事のやり方を無能だと判断し、見下す風潮が出来上がっていたのだ。

 だからこそつけあがり利用してやろうと息巻く貴族が多かった……その事実に気づいたルカは、自分の頭の奥が冷えていくのを感じながらそれを顔に出さぬよう細心の注意を払う。



「まあ確かにこいつは何かと人に甘いからな……生徒会で意見箱の中を真面目に精査して対応してたんだぞ、それに飽き足らず公爵になっても同じようなことをしてれば、つけあがる奴が出てくるにきまってる」

「……だが、自分でどうしようもないことを相談してきたのなら……それを無下にすることはできないだろう」

「はぁ……そういうところが甘いんだよお前は」

「や、やめろコナー!」



 ため息をつきながら、まるで兄貴分のようにローワンの頭をなで繰り回すコナー。ローワンは背丈があるが、それ以上に大きくガタイのいいコナーはローワンの抵抗を抑え込んで黒髪をぐしゃぐしゃにする。

 一通り満足した頃、その様子を見ていたルカに笑いかける。



「さて!早速西領を案内しよう。ついてきてくれ」



 こっちだ、と先陣を切りずんずん進むコナー。ひどい目に遭ったと髪を整え息を吐くローワンだったが、その口元は少し緩んでいた。


 

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