#74 部下に仕事を振るときは責任をもって後始末すること
「何を考えているんですかあなたは」
「……すまない」
「「「(主が怒られている……)」」」
すっかり暗くなった外で、馬車に荷物を積むアシュフォードの従者たち。作業中の彼らは、婚約者に怒られる主をチラチラ見る。
「決断する前に相談するのが筋でしょうが」
「……はい」
「「「(はい!?)」」」
今まで見たことがない雇い主の姿に、心做しか作業の手が早くなる従者たちであった。
〈#74 部下に仕事を振るときは責任をもって後始末すること〉
「それで?どうして突然出発するなんて言い出したんですか」
権力ある者の決断に従いはするが、文句は飲み込まない性分のルカ。進んでしまった馬車の中、口内に酔い止めを含みながらローワンを睨む。
それもそのはずだ。何せローワンは勢いに任せてルカの部屋へ入り——
『ルカ、ここを出るぞ』
『……は?』
「——機嫌良さげにズカズカと部屋に入ってきたかと思えば、理由も碌に言わず宿を後にして……長時間移動してきた使用人への労いの心はないんですか?思いつきで即断して良いことでは無いですよね?」
「……はい……」
「……ルカ殿、どうかそこまでにしていただけませんか」
主が萎縮しています、とルカの猛攻に待ったをかけたのは、同じ馬車に乗るセドリック。さらに加勢するのは、ルカの隣に座るキアラだ。
「ルカ様、あの宿から出たことは私達も賛成なんです!どうかローワン様だけを責めないで下さい……!」
「……」
しゅんと項垂れるローワンを睨みつけたが、堪えてグッと押し黙るルカ。一番に懸念していた使用人からそう言われてしまっては、ルカも一旦は怒りを収める他ない。怒ることが目的ではない、道理を通せという話である。
「だとしても……長期間の移動に休憩の確保は必須ですよ。経緯の共有ぐらいは求めて然るべきだと思うのですが」
「……、」
やはり引き切れないと食い下がるルカに、項垂れていたローワンの表情が固くなる。馬車がガタンと揺れ、ローワンは収まらない怒りが滲むような声で経緯を話し始めた。
「……あの食事で、アップヤード伯爵はあなたに無礼を働いただろう。……だから私は出ることを決めた。あんな場所には……一晩だって居たくない」
「……」
……ルカは正直、そんなことのために?と思った。
無礼な扱いなど今回が初めてではないし、そもそも爵位の差ありきな貴族社会には半年経ってもまだ慣れない。
人付き合いにおいて庶民的な礼儀の方が体に染み付いているルカは、むしろ初対面の人間を平然と見下し喧嘩を売る貴族の常識全般が無礼に映っている。
「……それではつまり、アシュフォード家に対して彼らが不敬だったから出たと?」
ルカはなんとかローワンの言葉をかみ砕き、要約する。爵位が下の者からあの態度を取られれば、確かに無礼だろうと。
しかしそこでうなだれたのはローワンではなくセドリックとキアラ。どうして……と呟くキアラは頭を抱えている。
「……あなたならそう解釈するだろうと思っていた」
「え?……なんですかその言い方は、違うんですか」
「そうでもあるんだが……」
宿を出ていくぞと息巻いていたあの勢いはどこへやら。ローワンはまたもやいつものようにモゴモゴし始め、ルカは思い切り眉間にしわを寄せる。なんならメンチを切っている。
「煮え切らない人ですね……ハッキリ言ってくださいよ、まどろっこしい。」
「今のはルカ様がおかしいと思います……」
「え」
「今回ばかりは私も同感です」
「……え?」
4人もいて誰一人の共感も得られず、ルカは理解不能だと首をかしげる。何が違うのだ、要はアップヤード伯爵が不敬だったという話だろうと。
しかしこのアウェイな空気……居心地の悪さに咳払いをする。
「ゴホン……ところで、今晩の宿はどうするんですか。この先に当てはあるのですか?」
「それは……」
「……大変申し訳ないのですが、この先は森です。野宿になるかと」
「野宿……」
ルカはもう答えを聞くことを諦め、この後のことに思考を移す。野宿となれば警備や火の番が必要になり、それができるほど体力を温存している者は……
「……わかりました、では寝ずの番を決めなくてはなりませんね」
「?」
そう言って、じっとローワンを見る黒い目。視線を向けられるローワンはまだ叱られたことを引きずっているのか、背を丸め眉尻も下げたままだ。
「……いや、“え?”みたいな顔をしないでください。あなたと私がやるんですよ」
「……は?」
「部下に不要な労働をさせたのですから、上司も働くのが筋でしょう」
まさかの展開にぽかんと口を開け、言葉を発することのできないセドリックとキアラ。
夜遅く、森の中を走る馬車の一つから、キアラの驚愕に染まる叫び声が聞こえたのだった。
・
「本当に……ほんっとうによろしいのですか……?」
「ええ、しっかり休んでください」
「でも……」
宿を離れ、少し開けた場所に停まった一行。月も沈み星だけが瞬く空は暗く、煌々と燃える焚き火の炎だけが周囲を照らす。
馬車の中に人が寝るスペースを確保し、使用人を男女に振り分けて寝かせて外に出たローワンとルカ。メイドたちが眠る馬車の再三確認をされるも、ルカは外に出ようとするキアラを制した。
不安げにルカを見るメイドたち。髪を解き、襟元も緩め多少は寝やすい格好で毛布の上に座っている。
「っ……やはり私たちも……!」
「いいですか」
ルカの凛とした声が、ぴしゃりとキアラの言葉を遮る。
「……今日、あなた方はよく働いてくださいました。夜に宿を出るなどという無茶を敷かれても、文句ひとつ言わずついてきたのですから……これぐらいのことはさせてください」
「ルカ様……」
「それではおやすみなさい、良い夢を」
静かにそう告げて、扉を閉めたルカ。
そんな彼女に頬を染めたキアラ達であったが……ルカが振り向いた先にいたのは、薪をつぎ火を眺めるローワンの不服気な顔だ。
訪問着から着替え、スラックスを着こなしたルカ。そんなローワンを見てため息をつく。
「そんなに不寝番が嫌ですか」
「……違う」
「では何が不満なんですか」
「……」
「(ダンマリかい)」
口はへの字に曲がり、半目で火を睨むように見ているローワン。暇だとでも言いたいのか薪になる木の枝をいじる手は止まらず、行動も相まって幼く見え、ルカは若干うんざりする。
親密になりたいわけではないが、こうも会話が成り立たないと苛立ちが募ってくるもので。ルカはなんとか気を紛らわせるために息を吐き出し、辺りを見渡してみる。
ただただ静かな夜が、火に照らされる二人を包み込んでいた。




