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#71 労働環境はこまめに整えること

 別に争いたいわけではない。とルカは言い訳をする。


 あからさまなほどに自分を見下し、牽制どころか自分の娘を売り込もうとするなど……カリーナの父もそうだったが、権力者というのは大概そういうものだ。

 ましてやルカは男爵令嬢という、平民に近しい身分。婚約者ではあるが婚約発表の場は設けておらず、本人もそれをしたいと思っていない。立場が弱いのは当たり前だ。

 むしろ、ローワンも婚約する気はあるという、呼び水的な立場ができてしまったわけで。やはり地位のある美男は苦労するなと他人事のルカ。そのまま他人事を貫けばいいのだが……




 

<#71 労働環境はこまめに整えること>





「(真っ向から来られると反抗したくなるんだよな……)」


 スカッとしたいわけではないんだ本当に。言い訳がましくルカは誰に言うでもなく思う。

 ただちょっと、見下してくる感じにイラッとしただけで。ただちょっと、自分を踏み台にして利用してやろうというような目論見が透けて、浅はかさに腹が立っただけで。

 決してローワンを取られたくないとかそういう話ではない。むしろ二人が合うならそれでいいとさえ思う。ルカの悪評をうまく使ってやろうとローワンが思うのならば好きにすればいい。


 

 だが、売られたケンカを買うだけの人間ならばまだ可愛い。この女は買ったケンカに文句さえ言う。もっと良い売り方があっただろうとすら言いかねない。何故ならルカは、厄介なほどの負けず嫌いなのだから。





「あのルカ様……ローワン様のお部屋に行かれるのはどうですか?荷物と一緒にお過ごしになられるなんて……」

「そうですか?すぐに荷物を探せて良いと思いますけどね」



 サッと本を取り出して見せるルカ。珍しく小説を持ってきたルカだが、タイトルには“武に一生を捧げた騎士”と書かれている。物騒である。



「で、でもせっかくの遠出ですし……」

「普段と変わらない環境の方が良いのでは?」

「っそれなら一緒にお散歩に行くとか!」

「そろそろ夕食の時間ですよね?」

「あううう……」



 完全に現状を受け入れてしまったルカは、梃子(てこ)でも動かないらしい。キアラがなんとかしてこの状況を利用し、ローワンの元へ行かせようとしたが全くなんの成果も得られなかった。

 荷物に囲まれながら平然と本を読み続けるルカ。しかしキアラの必死な様子を放っておくのも忍びなくなり、部屋に留まるキアラに話しかける。




「……キアラ、本当に気にしないでください。これぐらいの扱いの方が安心するだけなんです」

「え……?」


 困り果てた顔をしていたキアラは顔をあげた。

 話に食いついたらしい様子を見て、ルカは続ける。



「広すぎる部屋は落ち着きませんし、豪華な部屋も……正直、気が休まらないんですよ。汚さないように気にしながら動く必要がありますし」



 シーツは汚したが。しかしそれは言わずにルカは話す。



「狭い部屋で過ごすことがザラだったので、私はこれぐらいごちゃごちゃしている場所の方が好きです。荷物は汚しませんから、このままこの部屋にいさせていただけませんか?」

「ルカ様……」




 狭いデスクに山積みの仕事。パーテーションを取り払ってもなお足りないほど資料が積まれたそこは、本当に狭かった。しかしそれに安心感を抱くほどにあの部屋で過ごした時間は長く、体に染み付いている。

 肩凝りさえも愛おしく感じる今、ルカはこの部屋に居続ける理由を正当化する(支配人がルカを一晩荷物と共に過ごさせたという事実を残す)ために説得していたが、その説得はキアラに別の感情を抱かせた。




 狭い場所で過ごすことが安心するような、ひどい環境で暮らしていたなんて!と。




「グスッ……」

「!?」

「ルカ様……わかりました!私、ルカ様の幸せのためにもっと頑張ります!!」

「え……?は、はい、お願いします……」

「失礼します!!」




 部屋を飛び出したキアラはそのまま廊下を走る。

 やはりルカ様には幸せになって貰わなければ!使用人の失敗を咎めることだってできたはずなのに、それをしないどころか受け入れる優しさのある彼女が、あんな扱いで良いわけがない。


 キアラの決心がさらに固くなる。

 しかし取り残されたルカは、夕食に呼ばれるまで結局その部屋で読書を楽しむのだった。



 

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