#67 訪問は体調を万全にして向かうこと
「……西領からの招待、ですか?」
「ええ。ルカ殿もぜひご一緒にとの事です」
ローワンとルカの朝食が一段落し、さあそれぞれの部屋に戻ろうかというところでセドリックがある手紙を取り出した。
それは西を治めるヴァルモント公爵からのもので、ローワンに宛てられたそれには気さくな彼の人柄を表す文章が綴られている。
“我が親愛なる友 ローワン・アシュフォード公爵
秋の訪れと共に、西領は今収穫祭に向けて盛り上がっている。まあ普段から賑やかではあるが、今年は特に葡萄が豊作でな。新たな品種の開発も調子がいいと聞いた。
そこで、ぜひ婚約者殿と共に我が領へ来てはいかがだろうか。どうせお前のことだ、婚約者を旅行へも連れて行かず仕事に明け暮れているのだろう?俺にはお見通しだぞ!
婚約者殿は酒が好きだと言っていたな。とっておきのワインを用意してお待ちしよう。
気の利く友、コナー・ヴァルモントより”
「……あなたはどうだ?」
「……」
手紙を渡され、目を通すルカ。
「……訪問の準備をしておきます」
キラキラと目を輝かせたキアラ。それを見たセドリックは、悩ましげにその様子を見ていた。
〈#67 訪問は体調を万全にして向かうこと〉
「うまくいきましたね、セドリックさん!」
「はぁ……」
この屋敷の主とその婚約者が退室し、朝食の後片付けをする使用人たち。その部屋の片隅で、セドリックとキアラはヴァルモント公爵からの手紙を手にコソコソと話し始める。
「メイドの皆さんから聞きました、秋の西領は美味しいものがたくさんあって、景色もすごく美しいって……そんな場所にふたりで行けば、仲が深まって仲直りするはず!」
「喧嘩をしていた訳ではないでしょう……」
「してたかもしれないんです!」
「はぁ……」
セドリックはキアラが自分を訪ねてきた前日のことを思い出す。
『セドリックさん!!ルカ様とローワン様が婚約破棄してしまいます!!』
『は!?』
汗をかくほど急いで走って来たキアラ。泣きながら叫ぶ彼女は、セドリックに宛てがわれた執務室の温度を一気に下げる。
婚約破棄?そんな事は一切聞いていないぞ、と自分の記憶をたどるセドリック。
『どうしたらいいですか!?幸せになって欲しいのに゛〜〜〜〜!!』
『お、落ち着きなさいキアラ。まずはゆっくり深呼吸をして……』
『うわ゛〜〜〜〜〜ん!!』
「——そもそも、お二人の仲は元々淡白でしょう。いつ良くなって、いつ悪くなったんですか」
「言ったじゃないですか!グラクたちが捕縛されてからって!」
「ええ聞きましたよ。聞いた上で分からないと言っているんです」
「そんなぁ……あんなに説明したのに……」
悲しげなキアラだが、セドリックが覚えているのは“よそよそしい気がする”という程度の、なんの確証も無い言葉のみ。魔の者と対峙し、生き残ったこの令嬢を警戒してつけたキアラは、随分その御令嬢に懐いてしまったらしい。めそめそと表情豊かに婚約の行く末を憂う姿は、警戒心の強かったはじめの頃とは比べ物にならない。
どうしてこうなったのか……それを解明するよりも先に、スケジュールの調整をしなくては。セドリックは胸元から手帳を取り出し確認する。
西領の収穫祭はおよそ1ヶ月後……東領の辺境に位置するアシュフォード邸から西領までは、馬車で4日ほど。そうなると宿泊場所の確保や荷物の運搬を考慮して……
「……キアラ、あなたはルカ殿の荷物量を確認してください。その上で移動のスケジュールをたてます」
「わかりました!」
やるぞ〜!と燃えるキアラの目。持ち場に戻れとメイド長に怒られた彼女は、猫のように飛び上がり驚いて見せるのだった。
・
「ルカ様!訪問着はどれにしますか?」
ルカの私室にて。
公爵の婚約者にしては少ない訪問用のドレスが並び、部屋をより煌びやかに彩っている。ルカの髪色、肌色と合うようにと誂られたそれらは以前カリーナが連れてきた職人によってつくられたものだ。
「滞在日数次第ですかね……1日1着換算で良いかと」
もし汚れる可能性があるならば、汚れ落ちの良い乗馬服を持っていけば良い。念の為でスカートも用意してあるので農園の訪問をするとなっても対応はできる。移動中は訪問着ほど派手である必要もないし……と、ルカの頭の中は相当業務的だ。
対してキアラの方は、それを聞いてきらりと目を光らせる。
「ではこちらはどうですか!?ルカ様にすごく似合うと思うんです!」
「……?」
かけられていたドレスをハンガーごと手に取り見せるキアラ。それはシルエットこそシンプルだが、レースによって黒から紫のグラデーションが美しい。袖の長さや生地の厚さ、露出の少なさも申し分ない。
「そうですね、ではそれをお願いします」
「あと、西領はここよりも少し寒いと聞きました!なにか羽織るものもご用意して良いですか?」
「え?ええ……特にデザインはこだわりませんので、値の張らないものでしたらなんでも……」
ルカの言葉に何故か鼻息を荒くするキアラ。そして共に控えていたメイドたちも、どこか目が輝いている。
「でしたら先代の奥方が贔屓にされていた店で……」
「そうですね、ルカ様の落ち着いた雰囲気によく似合いますし……」
「お履き物も外出用に用意しましょう!足場が悪い場所でもブーツなら……」
「(どこかで見たことのある空気だな……)」
女子とは他人の身支度であってもこれほど心を躍らせることができるものなのか……。
ヘアアレンジすらまともにしないルカからすると、彼女たちの熱量はあまりなじみが無い。しかし楽しそうならばまあいいか……と、ふと乗馬服に目を向ける。
「……すみません、聞いてもよろしいですか?」
「どうされましたか?」
「訪問の際は馬車で向かいますよね?」
「ええ、お洋服やその他にもお茶用の食器を運ぶので……恐らく2か3台で向かうことになるかと」
「……」
ルカの質問の意図が分からず、メイドたちは首を傾げる。
「……例えば、ですが。
私だけ馬に乗って向かうことは可能なのでしょうか」
魔法制御の訓練や、森へ侵入した際にも使用した乗馬服。折り目すらきれいに保たれたそれに手を添えて言ったルカを、メイドたちはあり得ないものを見るような目で見るのだった。




