#65 身の程を弁えること
コンソールの喪失は、ルカをいとも簡単に追い込む。
今までの自分の行動、最後にコンソールに触れたタイミング、この部屋に出入りする人物……ルカの頭を様々な情報が駆け巡る。
「……っ」
拳を握り、切羽詰まった顔で虚空を見つめるルカ。
ローワンはそんな彼女の様子を見ながら、部屋の中を見回すのだった。
<#65 身の程を弁えること>
「……この部屋からは出していないのか?」
ローワンがルカに問う。当の本人はその言葉にびくりと肩を揺らし、弱々しい声で、はい、と答えた。
「一時期は足に巻いていましたが、隠し通すのが困難だと思ったので……天蓋裏へ……」
「最後に触ったのはいつだ」
「……二週間ほど前かと」
ルカは自分でそう言って驚いていた。自分にとって無くてはならない物を、二週間も触れていなかったとは。そんな状態で紛失したなど、自分の過失によるものと責められても文句は言えない。
半年以上、異世界で寝食を繰り返した結果、それが気のゆるみとなりコンソールの紛失につながった。言い逃れは一切できない。
「……まずは座れ。無闇に盗難を考える者が漁る場所ではない、恐らくあなたがそのコンソールを持っている事を知っている者による犯行だろう。だとすれば気安い扱い方はしないはずだ」
「……」
ベッドを手で指せば、ルカはおとなしくそこへ座る。ローワンの言葉に多少納得したのか、不安げではあるものの思いつめた表情は緩和されている。
ローワンはそんなルカの隣に座り、その手袋を脱いだ。そこにはルカと誓いを交わした魔法陣が刻まれている。
「コンソールについて教えてくれないか?私も、持ち出した者の目的を考える」
「……」
差し出された手のひらは大きい。しかしルカは躊躇した。年下相手に、自分は何を弱気になっているのかと。
「……いいえ、これ以上知る必要はありません。あなたはこの世界の住人です、知識は時にあなたの首を絞めますよ」
「……」
余裕が出てきたことの表れか……ルカの言葉は納得できるものだったが、ローワンはそれが気に食わない。どうしてこんなに弱っているのに、まだそんなことを言えるのかと。
余裕が無いんじゃないのか?ルカの言葉の奥に見え隠れする自分の立ち位置を、ローワンは不快に感じている。
「……仕事は人海戦術なんだろう」
「無闇に危険に晒せないと言っているんですよ」
「もう秘密は打ち明けただろう、一度も二度も変わらないはずだ」
「いいえ大違いです。正体は知ったところで周囲が信じるかどうかに左右されますが、コンソールについては話が違います。あんなものを知られたら、任務が終わった後にも影響が……」
「……任務とは」
「!」
ベッドが軋む。ルカは思わず仰け反った。ローワンの顔が思った以上に近くにあり、無意識に息を飲んだ。黒く長いまつ毛で縁取られた薄紫の目が、自分を映している。
「任務とは、“この世界の魔素量を正常に戻すこと”か」
「、そう、ですが」
「終わったらどうなる」
「……終わったら、そりゃあ……」
どうなるんだ、私は。
壊れ、紛失したコンソール。現地住民に名前を覚えられ、一部には自分の素性すら知られている。
挙句この世界には元管理官すら存在しており、転移者のヴァレリー……沢下ユイはその人物と密接に関わっている。
この事態を解決することも困難だが、それ以上に解決した後、自分の処遇はどうなる?
不変であることは、たったのひとつ。
「……帰りますよ、元の世界へ。これ以上この世界の数値に影響を与えるわけにはいきません」
「…………」
ローワンの体が離れる。素手をしまい込むように手袋をつけ、立ち上がったローワンはドアの方へ歩いていく。
「……コンソールは、私も探そう。案ずるな、他言はしない」
「え?……あ……ありがとう、ございます」
パタン、と静かに扉が閉まる。
部屋にはほんのわずかに、ミュゲの香りが残っていた。
・
「……もう全部喋ったのかよ」
「ああ……」
薄暗い牢屋の中、檻と石壁に覆われたそこにはバルとグラクが座っている。
「……悪かった」
「……なんだよ急に」
「お前を、巻き込んじまった」
バルはただ、静かに謝罪した。それを皮切りに、思いを吐露するようにバルは続ける。
「お前に少しでも楽をさせてやりたかった。だから欲をかいちまった……俺が、悪いんだ」
「親父……」
グラクも見たことがないほど落ち込む父親の姿は、彼の目に新鮮に映った。いつもは文句を言うなとしか言わないのに……。それを言わせた理由がなんであれ、グラクの返事は変わらない。
「……ケッ、今更何言ってんだよ」
「グラク……?」
「俺のためとか、気色悪ぃこと言ってんじゃねぇよ。俺たちが楽するために仕事受けたんだろ」
「!」
バルは、ニヤリと笑う息子に目を見開き、笑った。
親の心子知らずとは言うが、自分もまた、息子の成長を知ることになろうとは……。
「……何カッコつけてんだ、ルカ様に言われたこと気にしてんのか?」
「ばっ……ちげーよ!そんなんじゃねぇ!俺は……」
「だけどなぁ、流石に人の婚約者に告白はなぁ」
「う、うるせぇよ!親父だって教会でシスター口説いてたの知ってんだからな!」
「んなっお前なんでそれを!」
捕えられているとは思えないほどの声量で騒ぐ二人。しかし二人以外に牢屋へ入れられた者はおらず、グラクたちの声が止むのと同時に
静寂が訪れる。
「はぁ……あーあ、いつになったら出られるんだろうな」
「さあな……このまま一生ここで暮らすことになるかもしれん」
「うげぇ」
嫌がるグラク。バルはそれを見て笑っている。
「……ルカ様とローワン様が婚約者だってのはわかってんだけどよ、なんでかあの二人婚約者に見えねぇんだよ」
「なんだ、負け惜しみか?」
「ちげぇし!俺だってまだ金持ちになればチャンスの一つや二つ……」
「諦めてねぇのかよ……」
果たしてグラクの野望が叶う日は来るのか……。
夕日も沈み、月が色づいた頃。月明かりが優しく地面に咲く花を照らしていた。




