#64 備品管理を怠らないこと
コンコン、とノック音が廊下に響く。
急遽用意された婚約者の部屋は、当主の妻となる女性の部屋とは違い質素なドアをしている。
「はい」
「私だ」
「どうぞ」
誰が入ったってかまわない、というような、淡白な返事が部屋の中から聞こえる。
ローワンはその扉を開け中に入った。
実に数か月ぶりの部屋訪問である。
<#64 備品管理を怠らないこと>
「主、大丈夫でしたか!?お怪我は?寒気は……」
「セドリック落ち着け、問題ない。……待たせてすまなかった、先に夕食にするか?」
「私は問題ありません」
「……そうか」
別にいつだっていい、とルカは言う。
相手を窺うような言い回しに対してその返答はどうなのか、とセドリックは思ったが、言われた本人はさして気にしていない様子。
ただそれ以上にルカの冷たさを感じる態度がローワンは気になるようで、しばしの沈黙の後、ローワンはセドリックに言う。
「バルをドレイクに引き渡してくれ。処遇は追って私が伝える」
「わ、わかりました」
言われた通りに部屋を後にするセドリック。
部屋に残ったのは二人……メイドたちに用意させた頃のままの部屋は、ルカの滞在期間を感じさせない。
紙束とペン、インク。無骨な道具だけが、年季の入ったライティングデスクに置かれている。
「まずあなたに確認したいのだが、グラクたちとはどういう……」
「情報源ですよ、この世界の」
途中で成果を奪われたことへの不満か、ルカは非常にそっけなく、端的に答える。セドリックがいない今、ルカが異世界の人間であることをわかっているローワンしかここにはおらず、ためらいなく目的を話す。
「彼らの諜報活動を黙っている代わりに、この世界の常識を教えてもらっていました」
「……ではあなたは、彼らが諜報員だと知りながら野放しにしていたのか?」
「野放しではありませんよ。新たな諜報員が送られないよう、彼らを留まらせたんです」
ルカの言い分はこうだ。次々送られる諜報員の原因は、発見後すぐにドレイクが処理してしまうからだと。いなくなれば補充し続ける……そんな状況を止めるならば、泳がせるのがベストだと。
「……それは黙っていた理由にはならないだろう」
「その時は私も事情をお話しておりませんでしたので。……実際、彼ら以降怪しい人物は増えていないのではないですか?」
「……」
諜報員やその他各々の都合で空いた穴を、不定期に補充しているアシュフォード家。怪しい人物はセドリックやローワンが弾いているが……一体どうやって諜報員を見分けたのか。そちらの方が不思議である。
何故なら怪しい行動をしている場所を捕らえることでしか、諜報員は炙り出せない。それをこの女は、ドレイクたちよりも先にやってのけた。
「……どうやって見つけた?」
「勘です」
「……は?勘?」
異世界ではそういった曖昧な者を見分ける技術でもあるのかと思われたが、違うらしい。
しかも、勘。
ローワンは怪訝な顔をしている。
「どうやったんだ」
「……おおよそアタリをつけたんですよ。
私に監視を付け始めた頃、ローワン様達から見れば私は完全に警戒対象。しかも武闘派であるドレイクに掴みかかるような人間で、かつ魔法を使い始めたばかり。つまり私は、何をするかわからない爆弾だったと思うんです」
「…………」
だったというか、今もそうというか。ローワンはそれを言うか迷ったが、黙ってルカの言葉に頷く。
「そんな女に大事な、信頼のおける者を置くか?と思ったわけです。一番都合がいいのは、ある程度察しが良く、人を観察する目がある新参者。……諜報員に求められる技能そのものではありませんか?」
「……では勘というのは……」
「私だって完璧な計算はできませんから……あたりを付けたらあとは相手の出方を見ようかと。その結果諜報員だなと感じたので、脅しました」
「……」
なるほど、と一切ならない話である。聞く限り確実な情報はどこにも存在せず、ただ事実としてあるのは、自分の観察に配置された兵士であるということだけ。
そこからどうして諜報員らしいと仮定できるのか。よほどの人間不信でなければ成立しない思考回路である。
「……理解はできないが納得はした。あなたは彼らを情報源として、次の諜報員が来ないようにするためにも泳がせたんだな」
「……そうですね」
ルカは顔を逸らした。
頭にあるのはグラクのまっすぐな青い瞳。自分を責め立てた彼の告白は、ルカの心に小骨を刺していた。
『っじゃあ……じゃあ俺にエルマの実をくれたのは何だったんだよ』
「(何だった、か)」
森でグラクから常識を聞き、怪しまれないようにエルマの実を収穫した。その時、そこにいたから差し出した。それだけだ。
ただそれが、何を目的としての行動だったかと問われると……ルカは言葉に詰まる。
円滑に情報を得るため?いいや、十分相手を脅していたし、グラクはそれをしなくとも口を割る。必要ない。
ならば信頼を得るためか?得て何になる?利害の関係である方が、互いに都合がよかったはずだ。
叱咤は理由をつけられたとしても、ルカのふとした行動はどうにも説明がつかない。それに……
『……好きだ、ルカ』
「……」
「……どうした?」
「いえ、なんでもありません」
ローワンの声に、ルカはそちらを見る。その表情はほとんど先ほどと変わらないが、成果を横取りされ怒りを露わにしていた時とは違い少しもの憂いげだ。自分を見ているようで見ていないその視線が何なのか……ローワンはまた自分の気持ちがざわつくのを感じる。
「ところで……あの氷は魔法ですよね?ローワン様は氷魔法がお得意なんですか?」
「……あ、ああ……いや、得意なのは闇魔法だが……なぜそれを?」
「いえ……特には……」
なにかペースが乱れているような気がする。ルカは話を戻すべく咳ばらいをし、ローワンに向き直った。
「すみません、話がそれました。……それで彼らは結局誰の差し金で送られたんですか」
「……王妃だそうだ。私の監視……いや、あなたが来てからは、あなたの監視を指示されたらしい」
「私の……?」
王妃といえば、パーティで対面した優し気なハンナ王妃のことだろう。あの時が初対面だったにも関わらず、その前から監視させていた。そもそも自分の存在を認識していたとは……一体何が目的なのか。自分の存在を認識されることへの居心地の悪さが、ルカの視線を天蓋へ向けさせる。
「コード入力ができれば……」
「こーど……?」
「ああ、ええと……ちょっと失礼しますね」
ルカは、椅子を動かす。ドレスでないためブーツを脱ぐことに少し手間取ったが、無事その椅子に上り天蓋を支える柱を掴む。
「なっ何をしてるんだ!落ちたら……」
「これぐらい大丈夫ですよ、大袈裟ですね……」
バルコニーから飛び降りた女相手に、何を心配しているのか……。
ルカはゴソゴソと、天蓋裏に手を入れ漁る。
「ローワン様が回収されていたあの物体なんですが、我々異世界管理課が使える特殊な……何と言うか、魔法道具……とは違うな……まあ機器がありまして」
「……何が出来るんだ」
「まあ本当に様々……その世界に存在する言語ぐらいはすぐ頭に入ります」
「……見つからないと思ったら、そんなところに隠していたのか」
「無いと不安なので」
ごそごそと探し続けるが、どうにも見つからない。ルカは奥に押し込んでしまったか?と薄い隙間に目を凝らすが、どうにもそれらしきものが見当たらない。
「そうだ、あの魔の者に埋め込まれた魔石……あの金色がどうもコンソールに使われている物に似ていて……おかしいな、ここにしまったはず……」
話をしながら、だんだんルカの嫌な予感が膨れていく。
無理やりに隙間をこじ開けてみても、中には何もない。しかし埃が無くなっている跡はある。ただ、探しているものは……
「……すみません」
「!?」
ルカはブーツも履かず、クローゼットをバンと開ける。そこには買い揃えられたドレスが所狭しと並んでおり、あの独特の無骨な金属の輝きは見当たらない。
「っ……」
ベッドの下、家具の後ろ、バルコニー、枕の下……とにかく思い当たる場所を探すが、一切その姿は見られず、ルカは顔を青ざめさせ立ち止まる。
「……ルカ?」
ローワンが、立ち尽くすルカに声をかけた。
振り返るルカ。ローワンは目を見開く。
「……コンソールが、ない」
開け放たれたままの窓。
バルコニーから吹いた冷たい風は、ルカの震える手を刺した。
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