#63 目先の情報だけで判断しないこと
「言いたいことはそれだけか、グラク」
グラクの足元をあっという間に囲み、氷漬けにする。
ローワンの声が、グラクの熱のこもった目線を遮った。
<#63 目先の情報だけで判断しないこと>
「……ローワン様……?」
ルカの視線がグラクから外される。そこには切れ長の目をつり上げ、怒りをあらわにするローワンの姿がある。開くために掴まれたドアノブには氷が張り付いており、そこから伸びるようにして部屋全体に薄い氷の膜ができている。
魔法だ。ローワンによって放たれたそれは、三人のかいていた汗を急激に冷やす。
特にグラクは足元が凍ったことで体温を奪われ、痛みに近い冷たさに顔をしかめている。
「っ……何がだよ!」
「言い残すことはそれだけかと聞いているんだ」
踵を鳴らし部屋に入り、グラクに近づくローワン。ルカはその様子にただ困惑している。
「今お前たちは尋問にかけられているんだ。口を割らないならば処理するまで……だというのに、口を開いたと思えば家族の不満と、私の婚約者への告白とは。……よほど余裕があると見える」
「ぐああっ!」
グラクの足元からさらに上へ氷が伸びる。それは腰ほどまでグラクを固定し、その冷たさによって足先はもはや感覚がない。
次第にグラクの顔色は悪くなり、唇は紫に変わっていく。
その様子を見るバルが叫ぶ。
「も、もうおやめください!!すべて、すべてお話しますから!!」
「黙れ。時間は十分に与えた」
「そんなっ」
バルはその顔を絶望に染める。
目の前で息子の命が奪われるのを、ただ見ていることしかできないのかと。なんとか鎖から逃れようと試みるがその抵抗は虚しく、ただ激しい金属音を鳴らすだけ。ローワンはそれを無視したまま、その手をグラクに向ける。
だがそれを、白い手袋に包まれた手が制した。ローワンの腕を掴み、天井に向けるようにして方向を変える。
「おやめ下さい」
「……ルカ」
険しい顔が一転、驚きで目を見開かせたが、ルカの背後にいるグラクの目線に再びローワンの目は鋭くなる。
「なんの真似だ」
「全て話すと言ったんですよ、これ以上の威圧は不要ではありませんか」
ダンスを踊った時と同じほどの距離。身長により多少遠いが、自分を見上げるルカの真っ直ぐな視線にローワンは確実に動きを止めた。
どうしてかこの状況に心が凪いでいる。それが理解できず、ただただ困惑しているのだ。先程までの怒りはどこへ消えたのか、と。
しかし全く消えたわけではない怒りと、野放しにできる訳ではない諜報員たち。ローワンは掴まれた腕をそのままに、バルに睨みをきかせる。
「……では話を聞こう。雇い主、目的も全て」
「!ありがとうございます……!」
「……だがその者は拘束する。お前の態度次第では命も無いと思え」
「はっ……!」
「……ルカ、あなたも一度部屋に戻れ」
「……私ですか?」
尋問を買って出たルカ。その成果によりバルから情報を引き出せそうだといういい所で、まさかの離脱を言い渡される。
これでは成果の横取りではないか。そう言いたげなルカは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。それを真正面から受けるローワンは静かに言う。
「あなたは彼らと繋がりがあったんだろう。……それについて確認がしたい」
「……わかりました」
「セドリック。彼女を部屋へ」
「はい」
セドリックに先導されるまま、すっかり冷たくなった尋問部屋を出るルカ。じんわりと暖かいような気さえする廊下からルカ達の足音が消えた頃……ドレイクは氷から開放されたグラクを別室へ運び、部屋にはローワンとバルの二人が残った。
ルカが座っていた優雅な椅子に座るローワン。一滴も飲まれることのなかった紅茶がティーカップの中で揺れる。
「では聞こう、お前たちが何故送り込まれたのか」
ひとつでも解答を誤れば、氷漬けにされ殺される……そんな恐怖が、バルの体を襲った。
・
「私と愚息は……元々王城へ薬草を届ける仕事をしておりました」
教会によく通っていたバルは、そのツテで仕事をよく引き受けていた。
教会内で浄めの儀式を受けたポーションや薬草を、王国騎士団の元へ運ぶ仕事……平民にしては待遇の良い仕事をしていた彼らは、ある日兵士づてに呼び出しを受ける。
『グラク、お前何がしでかしてねぇだろうな?』
『な、なんもしてねぇよ!』
『……中へ入れ』
一際豪勢な扉まで案内され、中へ入ればそこには……
『待っていましたよ。バル、グラク』
・
「王妃が……!?」
「はい……私達もまさかそんな方に呼ばれるとは思ってもみませんでした」
驚愕するローワンに、バルは話を続ける。
「ハンナ王妃は私たちを呼びつけるなり、金貨を出しました。生活が苦しいのだろうと……」
『あなた方はよく働いてくれていますから、これはほんの気持ちです』
『そんな……恐れ多い!』
『いいじゃねぇか、くれるってんなら』
『馬鹿!口の利き方に気をつけやがれ!』
『うふふっ』
「一度は申し訳ないと断ろうと思いました。ただ、私たちの生活が厳しいことは事実……最終的にはその金貨を頂くことになったんです」
「……無償でか?」
「いいえ。ここからが本題でした——」
・
バルが金貨を受け取り、奇跡だと言わんばかりにそれを喜ぶ様子を見ていたハンナ王妃。手に持っていた扇子を広げて口元を隠すと、思考の読めない目線で彼らを見る。
『ところで……あなた達にお願いしたいことがあるの』
『な、なんでしょうか?』
『これはまだ誰にも相談出来ていないことなのだけれど……』
わざとらしく眉を八の字にして、声を潜め王妃は言う。
『アシュフォード家の当主、ローワン・アシュフォード。彼は私の夫の血縁なの』
『……存じております。先代国王の息子であらせられると……』
『その通り。……そのためなのか、彼とは中々連絡もとれず……私はあの東の森の管理をさせている責任を感じているのです』
悲しげに、しかし、やけにスムーズに話を進めていくハンナ王妃。それにバルもグラクも気づかないまま話にのめり込む。
『……それで、相談というのは……?』
『ああ、ごめんなさいね……あのね、あなた達に、彼のお屋敷へ行ってほしいの』
『え!?』
屋敷へ行く。つまりこの薬草運びの仕事を辞め、東の森を領地とする公爵家の元へ行けという。
そんな危険な場所へ行くなど、考えられない。バルはそう思った。しかし……
『もちろん報酬は出すわ。今手渡したものの2倍、アシュフォード家従者の給金とは別にね』
『2倍……』
今手元に握られた金貨は、到底平民の自分たちには手が届かない代物。実に半年分。毎日せっせと荷物を運んだところで、銀貨1枚稼ぐことすら出来るかどうか……。
『——、親父!』
『!』
『こんな胡散くせぇ話受けんのか!?俺は反対だ!』
『っなんてこと言うんだ!王妃の前で……』
『いいのよ……私も無理なことをお願いしている自覚はあるわ……』
金に目のくらんだバルの肩を、グラクは必死に揺さぶった。危険な森に近づかせ、しかも金貨を2枚も渡すという話……鵜呑みにするには怪しさが残る。
『……その金貨は私のほんの気持ち。もしも今の相談を受けてくれるなら、明日送る兵士についてきてちょうだい』
どこまでも相手に決断を委ねるその言葉は、甘く、それでいて恐ろしい。だが……バルの手の中で光る金色は本物だ。これがあれば今の生活が楽になるどころか、裕福な暮らしも夢では無くなる。幼い頃から働くことを覚えてしまった口の悪い息子にも、楽をさせてやれる……
・
「——話を受ける他ありませんでした。私はグラクを説得し、王妃の部屋を訪れ……そこで指令を受けたのです。アシュフォード家当主の様子を逐一報告せよ、と」
「……」
ローワンは思わぬ雇い主に困惑していた。
彼を疎ましく思う貴族は多くいる……それは希少な資源の豊富な領地を持ちながら、限られた貴族へしか流通を許可しないためだ。
他にも王家の血を受け継ぎながら公爵家に留まっていること、若くして公爵の座を持っていることなど様々だが……ただこの件でわからないのは、相手が王妃であるということ。直接の接点はほとんど無いはずだ。
「(魔石の大きさを見るに、公爵か、もしくは多くの貴族で出資しあってのものかと思ったが……)」
考え込むローワン。そんな思考を、バルの一言が止める。
「ですが、ルカ様と婚約されてからは……ルカ様についての報告をせよと指令を受けました」
「……何だと?」
「り、理由はわかりません。ただ……婚約者と是非仲良くしていてほしいのだとだけ……」
氷の膜が解け、少しずつ室温が上がりつつある尋問部屋。
ローワンの脳裏に、黒い瞳を持つ女性が映った。




