#61 逆算してスケジュールすること
「……そうか、またあの個体が……」
ローワンとセドリックが待つ執務室へと赴いたルカ、そしてドレイク。
報告を受けたローワンは、椅子に座ったままちらりとドレイクたちの前に跪く男たちを見る。
「それで、そいつらは?」
「諜報員が見つかったんで、処分を聞きに来ました」
「……」
ぐっとローワンの眉間のしわが深くなる。
縛られたままのバルとグラクが、その顔色を悪くさせた。
<#61 逆算してスケジュールすること>
「(案外早かったな、バレるの)」
元々ルカは彼らを“使い勝手の良い情報源”として扱っていたが、ローワンに自分の素性を打ち明けた今、わざわざこの二人に聞かずとも完結する環境ができてしまった。
そのうえ、バルとグラクは元々平民で、諜報活動に慣れていないこともあってなのか少々仕事に対して不真面目……いや、責任感が薄い面がある。まあ探せば使い道はあるだろうが、アシュフォード家当主の目前で晒し上げられてしまっては大手を振って手助けをすることもできない。
そのため、ルカはこの状況を見ていることしかできなかった。
「誰の手引きだ」
「……」
「いっちょまえに口は割らねぇんですよ」
ドレイクの冷たい声に、バルは身を固くする。取り上げられた魔石は光を失い、ただの美しい透明な石としてローワンの執務机に置かれた。ゴト、と質量のある音が響く。
「この大きさの魔石を手に入れられる時点で、おおよそ雇い主は絞ることができる。……私にはむしろ、口を割ることを前提に送り込まれているように見えるが?」
「!」
目を見開くバル。しかしグラクはキッと目を吊り上げる。
「その手には乗らねぇ!俺たちだって生活がかかってんだ……あんな端金で言うこと聞くと思うなよ!」
「……つまり、アシュフォード邸の給金が端金に見えるほどの金を払える財力があるわけですね」
「!!」
やってしまったと言わんばかりに目を見開いて、その後ルカを睨みつけるグラク。ルカが言わずともバレていたことだと思うが……しかしローワンは意外そうにルカ達を見る。
「……庇わないのか」
「何がですか?」
「あなたは……その者と親密だっただろう」
「……」
グラクたちと親密……?キアラが何か報告でもしたのだろうか?確かに口調が砕けても気にすることなく接してはいたが、それで親密ということに……なるのか?
久しぶりに貴族との感覚の違いを感じ、ルカは首を傾げる。
「従者の一人として接しておりますが……」
「……」
「(なんで機嫌悪そうなんだよ)」
もしや私が怪しいと疑っているのか?バカ言うな、私が持ってる金はお前から給金として貰ってる分だけだぞ。額だって使用人たちと同じぐらいにしてもらってるんだから、雇えるわけないだろ。……と、ルカは金額交渉で“少なすぎる”とゴネられたことを思い出し遠い目をしている。
「ともかく……その者たちをこのまま働かせるわけにはいきません。ドレイク、あとの処理は頼みましたよ」
「おう」
「離せよ!!おい!」
「っ……」
無理やりに立ち上がらせるドレイク。男二人を簡単に制してしまうほどの力は、流石竜の力を持つ亜人である。
ただそれをじっと見つめる黒い瞳。ルカは手袋をした手をわざとらしく頬に添える。
「……もったいない」
「……もったいない……?」
「いえ……ただ、雇い主も、持ち出そうとした情報もわからないまま処理するのはもったいないなぁ、と」
その言葉はバルとグラクを困惑させた。歪な形ではあるが自分たちが仕えた人間だ、助けを乞いたい気持ちが多少その目線に現れる。
「それはドレイクに事情聴取を……」
「ドレイクの腕が立つことは存じておりますが、今までそうやって何人の諜報員を無駄にしてきたのですか?」
「っ……」
「痛いとこ突くな、ルカ様よ……」
乱暴に頭を掻くドレイクに、ルカは首を振る。
「いえ、これは有能無能という話ではなく、適材適所なのです。大勢を指揮するあなたが、一つの情報を出すまでねちねちと相手を追い詰める尋問に向いているとは思えない」
そう言って、バルに近づきグイッと顎を上げるルカ。縛られたままのバルは困惑した顔でルカを見上げている。
「私にやらせてください。この屋敷で、私が恐らく一番向いています」
それは救いの手か、はたまた地獄の鬼の手か。
バルは自分を見下ろす恐ろしい女の目線に、冷や汗が伝うのを感じた。
・
「(なんだ……ちゃんと部屋はそれらしいじゃないか)」
よく諜報員を処理しているという部屋へ案内されたルカ。そして、バルとグラク。二人は縄から鎖に拘束具を変えられ、首は壁から伸びた鎖に繋げられている。
薄暗い室内の壁は石レンガが積まれた簡易的なもので、湿気がそのまま肌にまとわりつく。そしてそんな一室を監視するように設置された小窓……そこは通常の、壁紙が張られた部屋が設置されていた。窓からはローワン、セドリック、そしてドレイクがこちらの様子を見ている。
「(まあマジックミラーまでは無いか、流石に)」
緊張感ある空間で、緊張感のない考え事。尋問の様子を見られるのは少し落ち着かない上、この部屋の会話はある程度ローワンたちの部屋にも聞こえるように特殊な魔石が置かれている。よほどの小声以外は筒抜けだ。
「っ……俺たちは絶対口なんて割らねぇからな」
「……疑問なのですが、あなた方はどうしてそこまで必死なんですか?名前を言ったら自爆する魔法でもかけられているんですか?」
ルカは常々不思議に思っていたことを尋ねる。それに対し目を見開くバルとグラク。
「あなた方と接して気になったのは、仕事の粗さよりも仕える者としての忠誠心の薄さです。
あなた達、貴族がお嫌いでしょう」
「「!!」」
この国の貧富の差、平民から貴族への不平不満については以前セドリックから聞いた通り。
しかし仮にも仕えている人物に面と向かって“嫌いだろう”と言われれば動揺もする。もちろんその動揺はローワンたちもだ。
「ただ、ここで問題がまた浮上するわけです。わざわざ嫌いな貴族に仕える理由は何なのか。しかも諜報員なんて役割……忠誠心が一番試される仕事だというのに、グラクは口が軽い上、バルはそれを野放しにしている。……不思議ですよね」
「ばっ……バカにしてんのかよ!」
「……なるほど、やはり雇い主は貴族でしたか」
「!!……このアマ……ッ!!」
揚げ足を取られ動揺したグラクが動くのに合わせ、鎖が激しく金属音を鳴らす。すぐ目の前に憎たらしい無表情の女がいるというのに、手を出せないことへの苛立ちがグラクの奥歯をギリ、ときしませた。
バルはじっと、しかし余裕のない顔でルカを見ていたが……それも一瞬で崩れる。
バキ、と耳をふさぎたくなる音がグラクの顎から鳴った。バルの目が見開かれ、グラクは揺れる視界に動揺する。
美しい弧を描いて放たれたルカの足。先ほど魔の者を蹴落としたものよりも余裕のあるその動きは、この部屋での上下関係をそのまま表すように優雅に地面に戻される。
「まあ落ち着いてください。時間はたっぷりあるんです」
ルカはその黒い目をスッと細め、バルとグラクを見下ろす。
「ゆっくりお話ししましょうか、バル。グラク。」
拘束されたバルの両手が白く変色するほど強く握られる。
挑発するような抑揚のない声は、口角の一つも上がらない紅の塗られた口から冷たく放たれた。




