#60 業務規程を遵守すること
「チッ……総員!戦闘準備!」
ドレイクの声と共に、兵士、バル、グラク、そしてキアラも武器を構えなおす。
「相手は手練だ、動きが活発になる前に戦力を削れ!」
「「はっ!」」
頭の取れた個体と、その後ろから現れた3体ほどの魔の者たち。その奥に光る夕暮れ色の瞳を、ルカは睨みつけた。
〈#60 業務規程を遵守すること〉
魔の者の討伐は、挟み込むように2人で行うのが理想だ。知性がある個体がいるとはいえ、大部分は短絡的な戦闘をする。
「おらぁ!!」
「グルアァァ!!」
ひとりが大袈裟に攻撃を仕掛け、魔の者の注意を引きつける。
「あったか!?」
「……!見つけた!」
その隙に、金の魔石が体外にあるかをもう一方が確認。あればそこを切り離し、魔力の供給を断つ。
「うおおお!!!」
ザシュ、と肉を断つ音が響き、魔石の浮かび上がった肉片がぼとりと地面に落ちる。
「ギュアアアァァ!!」
「いいぞ!」
「やれ!」
最後に頭部を破壊するか、もしくは心臓を突き刺して体の機能を停止させれば……
「うおおおおっ!!」
「ギャ……!」
力なく地面に倒れ込む魔の者。
セドリックとローワンが考案したらしい“魔の者討伐の手引き”通りの戦闘だ。明確な指示ももちろん素晴らしいが、それを実行する兵士の実力もまた……昨日今日で揃えた形だけの兵ではないことがよく分かる。
「ルカ様!頭を下げて!!」
「!」
「グルアァァァ!!」
頭上から聞こえた魔の者の叫び声。
ルカが言われた通り身をかがめれば、ドスッと重たい音の後、魔の者が地面に叩きつけられていた。その上に跨るのはキアラ。いつの間にか鋭い爪が生えた手は、容赦なく魔の者の首を突き刺している。
「ルカ様無事ですか!」
「ええ、それよりトドメを……」
「うおおお!」
ドレイクが、腰から抜いた剣を魔の者の頭部目掛けて振り下ろす。それと共に血しぶきが宙を舞い、彼の身に着けていた甲冑にべったりと茶色いそれがへばりつく。腐敗臭が漂う中、鼻のいいキアラは顔をしかめ、咄嗟に鼻を腕で覆った。
「うえぇっ……!」
「悪い悪い、勢いついちまった」
「うぷっ……気を付けてくださいドレイクさん……!」
どうにか悪臭から逃れようと、血を拭ったりその場から離れてみたりするキアラ。ルカはそれに少し微笑ましさを感じたが、それを邪魔するように森の奥に潜む個体の視線がちらつく。
「……」
「……」
互いに一切隙を見せず、距離を保ちただ互いを観察するルカと魔の者。目を離すことなく、背を向けないその姿は野生動物のけん制のようにも見える。
「あれが……」
「ええ、例の司令塔でしょうね」
目線を動かさないまま、ルカはドレイクと話す。気の抜けない時間がしばらく続いたが……相手が先に身を引いた。闇に溶けるようにしてその司令塔は姿を消す。
「……行ったみたいですね」
「はぁ……」
周囲は数体の魔の者の死体が転がっており、キアラはその腐臭が充満する中でなんとか司令塔の匂いを嗅ぎ分けて脅威が去ったことを知らせる。
それを聞いたルカはようやく頭をもたげ、息を吐いた。緊張でかいた汗を拭えば、思ったよりもじんわりと額が湿っている。
「負傷者はいないか!」
「問題ありません!」
「魔石回収完了しました!」
「よし……それじゃあこのあたりに並べてくれ」
「?」
魔の者を一列に寝かせる兵士たち。ひとところに集めて何をするのかとルカが観察していると、兵士の一人がルカに話しかける。
「ルカ様、近くにいると危ないですから」
「何をするんですか?」
「……送るんです」
「送る……?」
「ふう…………
“聖なる業火、オーデルが慈悲よ、かの者の身を清め魂を救いたまえ”」
「……!」
炎が円を描き、高く上に伸びる。それは業火というには優しく清らかで、魔の者の体を包んでいく。
肉の焼けるような独特な匂いが周囲に広がり、兵士、そしてキアラは黙祷をささげている。
「(荼毘に付しているわけか)」
生命の終わりに対して、魔の者であっても送ってやるというのは大変慈悲深いことだと思う。ドレイクの魔法により立ちのぼる炎は美しい黄色と赤が入り混じっており目が離せない。先ほどまで睨みつけていた禍々しさの残る橙とはまた違う。
ルカは、燃える魔の者をじっと見ていた。
体が燃えて黒く変色し、炭化していくほどの火力……肌にあたる熱は、ルカの固まってしまった情緒的な部分をやけに刺激してくる。
『いいか、現地の生物も我々と同じように老いて死ぬ。だが追悼するな。その者たちもまた、私たちにとっては資源のひとつだ』
「(……感傷に浸るな、他人であれ)」
試験前の訓練で、教官が口酸っぱく言っていた言葉だ。生命もまた資源とはちょっと言いすぎな気もするが……それほど感情移入するという行為は業務の邪魔になる。私たち管理課の使命は、転移者の介入によって起きた資源の異常増減を元に戻す事。自然の摂理に口を出すことも、それを憂うことも私たちのすることではない。してはいけないのだ。
私たちだって異分子のひとつ……転移者予備軍なのだから。
「ルカ様……?」
「……きれいですね」
ルカはただ、その炎を見つめていた。
起きた事象をただ受け入れて。
・
「——さて……バル、グラク。お前たち確かルカ様の護衛として同行したんだよな?」
「は、はい」
「……キアラ」
「はっ!」
「!?」
魔の者を送り、さて帰還しようというところでドレイクが突然バルとグラクに声をかけた。何事かと見ていたルカだったが、突然バルにとびかかったキアラに目を見開く。
それは先ほど魔の者にしかけていた攻撃によく似ており、しかし捕縛のためなのかその手には縄が握られている。
器用にそれを巻き付けたかと思えば、なにやらごそごそとポケットをあさりはじめ……
「ドレイク様、ありました!」
「はあ……またか」
「(また?)」
「護衛という割に随分遠くから眺めてんなと思ってたんだ、バル……
危険な森の護衛だってのに、“盗聴魔法”付の魔石を持ち込むなんざ、ずいぶん肝が据わってんなぁ」
睨みつけ、にやりとその口角をあげるドレイク。
キアラの握る透明度のある魔石が、怪しく月の光を反射した。




