#59 倫理観でものを判断しないこと
「ルカ様ぁ……ま、待ってくださいよぉ……!」
「歩幅を小さめにするといいですよ、あとそのあたりは滑るので……」
「きゃあ!?」
「……気を付けてくださいね」
木の根に生えた苔で転んだキアラを、ルカは迎えに戻る。
魔の者捜索を続けて約2時間……相変わらず、手がかりは見つかっていない。
<#59 倫理観でものを判断しないこと>
「ルカ様は魔の者に襲われたのに、森が怖くないんですか……?」
手分けして探そうということで、ドレイクたちと別れて行動しているルカとキアラ。キアラは言われた通り歩幅を小さくして歩いているが、ルカほどすいすい歩けてはいない。
靴だって、装飾性を考えられたルカのものよりずっと歩きやすいはずなのだが……やっぱりルカ様はすごい!とキアラは羨望の目を向けている。
「怖くないか、と言われれば怖いですが……そこにいるかもしれない状況のほうがずっと怖い」
「……おばけとか、信じますか?」
「都合のいいものだけ信じています」
飼い猫の霊とか、と言うルカ。キアラはその肝の座った返答がかっこいいと感じたらしく、今度聞かれたらそう答えるようにしよう、と自分の中で決めている。両手をぐっと握りこんで何か気合を入れており、ルカはそれをちらりと見て知らないふりをする。
「すごいなぁ……ルカ様は強いなぁ……」
「……」
ルカは不思議だった。
キアラが自分に懐いてくれているのは感じるのだが、その理由がいまいちわからない。警戒されたと思えばその次の日には耳やら尻尾やらを出して現れ、あれよあれよという間に自分の世話をひととおりするようになり……
ただ似たような反応を見せた者は過去にもいた。丁度このメイドと同じ背丈ほどの後輩のことである。
ルカに後輩は何人もいるが、その中でも特に山本はルカに懐き、それはもうデレデレベタベタ……独り立ちがいつになるかが心配になるほどだったのを思い出す。
彼女もよくルカに髪型を寄せてみたり、ルカと同じ仕事の仕方をしようと奮闘していたが、どうにも空回ることが多かった。そりゃあそうだ、ルカにはルカの、山本には山本のペースがあるのだから。
同じことをしようとしたって、7年選手のルカと同じ動きができるはずもない。しかしルカはそれ以上に、別人なのだから別のやり方があるだろうとよく山本に言い聞かせていた。
「……キアラ」
「はいっ!」
「私になろうとしなくて良いですよ」
「あっ……え!?」
先程の自分の行動がバレていたことに、キアラは顔をボッと赤らめる。
「あなたは、あなたにできることをしてください」
「……」
言葉自体は冷たいものに聞こえたかもしれない。実際ルカはこういう物言いばかりで、冷たい人間だと烙印を押されることは多々あった。
しかし……
キアラは、ルカの声色に、目線に、言い知れぬ優しさを感じていた。キアラの今後を思っての言葉であることなど、筒抜けだった。
「……はいっ!ルカ様!」
「……すみません、声量は少し抑えていただいて……」
「あっも、申し訳ありません……!」
慌てて口を塞ぐキアラ。前を歩いていくルカの後を置いながら、キアラは嬉しさにくふくふと笑みをこぼすのだった。
・
「よおルカ様!そっちはどうだった?」
「収穫なしです。そちらは?」
「こっちも無しだ。まあ昼間だからな、仕方ねぇか……」
ドレイクたちと合流したルカ、キアラ。それぞれに方向を分けて調べたが、住処らしき場所も、ましてや魔の者自体も見つからず、結局全員がルカの襲われた場所まで手ぶらで戻ってきていた。
「夕刻ですね……活動時間まで少しありますし、1度戻りますか?」
「そうだな。……おい!負傷者はいないか!?」
「問題ありません!」
「それじゃあ……」
ドレイクが帰還を命令しようとした、その時だった。
「!!」
キアラの耳がピンと立ち、どこか一点を見つめ構える。警戒する方向は、夕暮れの光すら通さない暗い森の奥……ドレイクたちもまたそれを見て警戒する。
「なにか見つけたか」
「……死臭が致します。1体ではありません……少なくとも3体。」
「(おお……)」
キアラの赤い目がキラリと輝く。魔力を使う際、ローワンもだがよくその目が輝いていた。キアラもそうなのか、と観察していると、警戒した方向からガサガサとなにかの音がする。
「あれは……」
「……子供!?」
ふらふらとおぼつかない足取りで、ルカたちの方向へ歩いてくる平民の格好をした子供。兵士のひとりが保護のためにと駆け寄ろうと走る。
「大丈夫か!」
「!待て、あれはっ」
ドレイクの鋭い制止の声と同時かそれより早いか、一陣の風と共にミルクティが兵士たちの視界を横切った。
すらりと伸びた足が、兵士と子供の背丈よりも高い位置から振り下ろされる。
パキッと耳を塞ぎたくなるような軽い音。目を見開く兵士の前に、踵を血で汚したルカが降り立つ。
「な……なんてことをするんですか!相手は子供ですよ!?」
「……子供だから用心するんですよ」
ルカが蹴り落とした子供の頭部。それは腐ったリンゴのように潰れ、腐敗臭を周囲に漂わせている。
「子供の魔の者が見当たらない理由、陣形を組む個体の確認……全てが嫌な形で繋がりましたね」
乱れた前髪の奥。黒い双眼が森の奥に潜む夕暮れ色の目を捉える。
「どなたに教わったか存じませんが、言っておいてください
子供を使うなんて趣味がわりぃぞ、と」
ふざけた口調だが、明確に怒りの滲んだ声。ルカに攻撃を仕掛けようと蠢く頭部のない体は、胸元にキラリと金の魔石を輝かせていた。




