#57 期限を設けて仕事をすること
「あん?なんでお嬢様がここにいんだ?」
「仕事です」
いつしか見た、無理やりウエストを絞ったスラックスではなく、ルカの体型に合わせて作られたライディングハビットを着たルカ。相変わらずパンツスタイルで平然と立っているが、ここはホワイト王国であり、しかも東の森の目の前。
調査隊が森に入ると聞いてやってきたルカは、ミルクティの髪を束ね、入る気満々であった。
〈#57 期限を設けて仕事をすること〉
「あのなぁお嬢様よ、またこっぴどく叱られても知らねぇぞ」
「問題ありません、許可はとってきました」
ほらここに、と1枚の羊皮紙を見せるルカ。そこには森へ入ることを許可するローワンのサインがあり、ドレイクは目を見開く。
「よく許可されたな!?」
「議論を交わした結果、ご納得いただけましたので」
ふふん、なんて自慢げに言うルカだが、議論は相当長丁場であった。
『なぜ性懲りも無くあなたは森に入ろうとするんだ!調査はドレイクたちに任せればいいだろう!』
『いいえローワン様、魔の者について知りたいのは私も同じです。それに別の者が介入することで新たな発見があるかもしれないじゃないですか』
『危険だ、許可できない』
『すぐ対応できるようにと仕事を減らしたじゃないですか』
『何か起きてからでは遅い』
『あなたの仕事は何か起きた時の決裁でしょう』
『『……』』
「——まあ、最後は折れていただきましたが」
「はぁ〜……あのローワン様に粘り勝ちたぁ恐れ入ったぜ……」
驚くドレイク。しかしルカはそれよりも気になることがあるらしく……
「……ところでお嬢様、というのはなんなんですか?皮肉ですか?」
「え?……ああいや、そんなつもりはねえけど……」
「はぁ……そういう柄でも年齢でもありませんし、その呼び方だけはやめていただけませんか」
「お、おう。わかった」
呼び方に文句があったとは知らなかったドレイク。ただ意外に思ったこともあったようで……
「でもよ、そういうの気にするんだな、アンタ」
「何がですか?」
「なんつーか、呼ばれ方もそうだが……許可なんて気にしない奴だと思ってたぜ」
「……」
案外いいやつなのかもと、ドレイクは笑う。それを言われ少し考えるルカ。
「……だって」
「ん?」
「1度でも許可させておけば、勝手に入っても文句言えないじゃないですか」
「……なるほどな」
良い奴、ではなく悪ガキだったらしい。ドレイクは、そっちの方が余程良いと、鋭い牙の生え揃った口を大きく開けて笑った。
・
「——では手紙を出して参ります」
「ああ、頼んだ」
セドリックが部屋を出るのを見送り、ローワンは大きくため息をついた。
1週間前……ルカと噤黙の誓いをたてた彼。聞いた内容はあまりにも突飛で、しかしルカのこれまでの言動を考えれば多少納得できるものでもあった。
世界を管理する管理官。組織だてられたそこに所属するルカは、恐らく中堅……もしくは上の立場にいたのだろう。男爵令嬢らしからぬ威厳と度胸、そして判断力は、そこで築かれたものだとわかる。
しかし……
『婚約者のせいにすれば良いと思うんですよ』
『……お忘れかもしれませんが、あなた方にとって私は警戒対象なんですよ』
「(この釈然としない心地は何なんだ)」
彼女の言うことはほとんど正しい。正体が分かったとはいえ脅威で無い根拠にはならないし、そもそも突飛な話だ。信じるにも信じ切れない部分があるのは確かである。
それにこの婚約関係は契約だ。互いに利があるということで結ばれたそれは、今もローワンの机の奥底で書面として残っている。
その書類を取り出すローワン。つらつらと書かれている内容は自分も同意したもので、手袋越しの指でなぞれば、ある場所で手が止まる。
“この契約は、婚約者が見つかるまで有効である”
「……」
どこまでも、自分のことを切り離そうとするルカ。そこに何の感情があるのか、思惑があるのか。わからないが不快だと思う。
さんざん自分や従者と関わっておきながら、いつの日かさっさとどこかへ消えることを予見しているようなその動き……。
ぐしゃりと音を立てて、契約書にしわがつく。
「……あなたは、何を考えているんだ」
苦し気な目線は、整然としたサインを残した婚約者がいるであろう森へ向けられた。
・
「ドレイク様、お待たせしまし……るっるるるルカ様!?」
「キアラ?」
どうしてここに!と驚いた様子のキアラ。いつものメイド服ではなく、ある程度動きやすさを重視した服装だ。……しかしどこかで見たような格好である。ズボンにワイシャツ、一本に束ねた髪の毛……
「こいつも調査に入ってもらってんだ。ヘルハウンドとの混血なだけあって鼻もいいし動きもいい。なあ……いつまでメイドやってんだ?調査兵になっちまえばいいじゃねえか」
「……ドレイク様はいつもそればかりですね。私はルカ様のメイドなんです!それをやめるつもりはありません!」
「ちぇ、そうかよ」
「(確かに……)」
まくられた腕を見れば、細いながらも筋肉がついており動けることがわかる。慌てて走ってきたにも関わらずその息は早々に整っており、ドレイクが惜しがる気持ちもわかる気がした。
「あれ、ドレイクさん?そちらは……」
「ああ。主の婚約者のルカ様だ。一緒に調査に出たいんだと」
「ええ!?」
キアラを追うようにして来た兵士たち。バルやグラクとは少し違う、育ちのよさそうな、しかし忠誠心はありそうな男たちである。
「昼間の調査ってだけでも異例なのに……いいんですかドレイクさん」
「まあ大丈夫だろ。こいつもいることだしな」
「ちょっと!髪の毛が乱れる!」
「あ?いつも気にしねぇじゃねえか」
キアラの頭を撫でるが拒否をされ、なんだ今更、と怪訝な顔をするドレイク。キアラが何かを言いかけた時、別の方向から噂の二人が姿を現す。
「俺たちも同行する」
「バル、グラク」
「お前たちはたしか……ああ、ルカ様の護衛だったか」
「うっす」
「グラクさん……あなたルカ様の護衛の自覚が無いんですか!品位のある態度を取ってください!」
「んだと?ぼさぼさ髪の犬っころに言われたかねぇよ」
「んぎぎぎぎっ」
「まあ二人とも落ち着いて……」
にぎやかになってきた調査隊。
もう疲れたような気がしてきたルカは、先行きが少し不安になるのだった。
261011 一部行動の整合性のためセリフを増やしました




